技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

技術でチャレンジするDX

データ活用ゴールモデリング及びデータ利活用コンサルとの共創活動

AI、IoT、ビッグデータに関連する技術革新やハードウェア性能の向上に伴い、これまでは研究としての題材であった各種AI技術が、社会実装という言葉とともにAI・データ分析の「実案件」として実際のフィールドで応用される機会が増大している。これらAI・データ分析の領域は、技術単体だけで成立するものではなく、それぞれの分野に応じた膨大なデータを蓄積、活用することによって実現されることも忘れてはならない。

本稿では、AI・データ分析案件を遂行するにあたり必要な要素であるAI技術やデータを統一的に整理することで効率的に案件を実施するためのOKI独自の方法論、データ活用ゴールモデリング(参考文献1)について述べる。さらに実案件での応用として、データ利活用コンサルティングを事業とする企業、株式会社日本データ取引所®(注1)(Japan Data Exchange Inc.、通称:Jdex)殿との共創活動(参考文献2)について述べ、コンサルティングの実案件で利用を経験した上でのデータ活用ゴールモデリングの効果をまとめる。

AI・データ分析案件対応の課題

著者が所属するイノベーション推進センターAI技術研究開発部では、AI・データ分析案件への対応として、社外顧客だけでなく社内各部門のデータ活用を目指した取組みや支援も実施している。AI・データ分析案件で、実際にデータ分析を経験した際に感じた課題を挙げる。第一に、各ステークホルダーそれぞれが独自にデータ基盤、KPI(Key Performance Indicator)を採用していることである。たとえば同一企業の複数部門がAI・データ分析案件に対応する場合、企業全体では同一の製品、サービスを扱っているのにも関わらず、それぞれの工程間のやり取りは希薄であり、取得されたデータはそれぞれの部門で独自の基盤を使って運用されていることが多い。また部門ごとに設定された目標やそのKPIが異なるため、他部門の状況に興味を示すことなく自部門の取組みに集中してしまう。第二に分析作業の観点での非効率さが挙げられる。著者の過去の取組みでは、時系列予測や異常検知といったAI技術を用いてAI・データ分析案件に対応していたが、対象とするステークホルダーが異なるとその顧客に応じたデータ取得から再検討する必要があり、肝要なデータ分析プロセスやAIモデル構築プロセスの前段階であるデータ準備で作業の手戻りが発生してしまう。

そこで本稿では、これらステークホルダーごとに個別管理されたデータと目標、そして適用するAI技術を統一的に整理することで、分析作業を効率的に取り組むことを目指す。そのためにOKIが考案した方法論、データ活用ゴールモデリングについて説明する。

データ活用ゴールモデリングの概要

データ活用ゴールモデリングでは、まずゴール指向要求分析のフレームワークに従って現状(as-is)とあるべき姿(to-be)をモデル化する。次にそれらモデルから効率化できる要素をデザインパターンに従って発見する。ここではゴール指向要求分析とデザインパターンによるユースケースに基づいてデータ活用ゴールモデリングの概要を述べる。

(1)ゴール指向要求分析

ゴール指向要求分析とは、システムに求められる要求を抽出するための方法論である(参考文献3)。データ活用ゴールモデリングでは、一般的なゴール指向要求分析にみられる要求を中心としたモデリング(参考文献4)にこだわらず、モデルの構成要素である資源とタスクをそれぞれ、AI・データ分析案件で必要な要素であるデータとAI技術に対応付ける。

データ活用ゴールモデリングでは、初期状態によってモデル化された現状(as-is)に対し、効率化が期待できる要素について次で記すデザインパターン導入を検討する。それによってあるべき姿(to-be)をモデル化し、AI・データ分析案件の効率化を表現する。

(2)デザインパターン導入ユースケース

ゴール指向要求分析に従って表現されたモデルに対し、デザインパターンを導入する。一般にデザインパターンとは、過去に創出されたノウハウを蓄積し、名前をつけ、カタログ化したものである。デザインパターンを活用することによってノウハウを効率よく再利用することができる。データ活用ゴールモデリングではデザインパターンをゴール指向要求分析で表現されたモデルに応用することで、AI・データ分析作業の効率化を目指す。ここでは一例として、ソフトウェア開発で有名なデザインパターンであるGoFデザインパターン(参考文献5)の一つであるMediatorパターンの適用例を示す(図1)。従来のソフトウェア開発でのMediatorパターンは、二つのオブジェクト間でリソースの授受を円滑にするという目的で、仲介役のオブジェクトを配置している。図1では図中央にある分析部門が仲介役となり、各部門の保有するリソースを他者に受け渡すことで、相互の要求を実現するための役割を担っていることを表している。一方、分析部門の視点では、本来時系列分析や記述統計といった技術を適用するために、データ取得プロセスが必要不可欠であったが、他部門が取得した既存データを流用することでそのプロセスを短縮するという効果が期待できる。


図1 デザインパターン適用例

データ活用ゴールモデリングの適用例

データ活用ゴールモデリングの適用例として、製造サプライチェーンでの設計部門のモデルを提示し、デザインパターン導入によるサプライチェーン間の連携の一例を示す。

まず設計部門の現状(as-is)を模式化したものを、図2のように表現する。所望する状態を表す上位の目標は、定量化困難な目標(ソフトゴール)から定量化可能な目標(ハードゴール)へとブレイクダウンされ、部門で実行されたタスクに付随して得られたデータがその部門内で完結している。データ活用ゴールモデリングでは、この部門内にとどまっているデータを部門間で連携し、活用することが望ましい状態であると考える。


図2 設計部門のゴールモデル

そこでデザインパターンの一つ、Mediatorパターンを導入することにより、AI技術を仲介とした部門間連携をあるべき姿(to-be)としてモデル化する。設計部門と保守部門のデータ連携を簡略化して表現したものが前節の図1である。この連携での各部門の現状(as-is)とあるべき姿(tobe)をイメージ図にしたものを図3に示す。図3左の現状(as-is)では、設計部門と保守部門が各々の目標に対して独立して活動していることを示している。つまり、設計部門は自部門の目標「壊れない設計をしたい」に対し、自部門でフィールドの再現を耐久試験やシミュレーションによって実施する必要がある。また保守部門は「止まらない運用をしたい」という目標に対し、実運用時間に基づく時間ベースのメンテナンス計画を実施している。それに対して図3右のあるべき姿(to-be)では、保守部門が保有する実際の現場で取得したメンテナンスデータを設計部門に提供している。これにより設計部門は実際のフィールドデータに基づいた設計ができる。同様に、設計部門が保有する部品ごとの寿命データを保守部門に提供することで、保守部門は部品の状態ベースの細やかなメンテナンス計画が実現できる。図1では図3のデータ連携の仲介役としてAI技術である時系列予測技術と記述統計技術が作用することによって双方の目標ゴールが適切に解決できることを示している。

このようにデータ活用ゴールモデリングによってステークホルダーの状態をモデル化して俯瞰(ふかん)することにより、現状の課題を発見できる。さらに、複数のステークホルダーでお互いの保有しているデータを受け渡すことにより相互の目標を実現するという、多方面の利益の享受が期待できる。さらにAI・データ分析を実施する分析部門でも、モデル化してステークホルダーの要求や保有データを抽出して整理することで、抜け漏れなく案件の遂行に取り組むことができる。またデザインパターン導入により、データ取得の工数削減、共通技術の流用化といった効果により、迅速に効果検証を実施することができる。本稿ではデザインパターンのうち、Mediatorパターンの説明と効果を示したが、他のパターン適用も検討し、いずれも案件遂行の効率化が期待できる。詳細は既発表参考文献1を参照されたい。


図3 設計部門と保守部門のデータ連携イメージ

日本データ取引所との共創活動

データ活用ゴールモデリングの実案件での応用について、株式会社日本データ取引所(Jdex)殿との共創活動として、Jdexのコンサルティング顧客への提案を実施した。ここではJdexの会社概要を述べた後、OKIとJdexとの共創活動について述べる。

Jdexは2016年創業の比較的新しいベンチャー企業であり、「日本のデータを民主化する」をビジョンに掲げデータ利活用に関するコンサルティングを主な事業としている(参考文献6)。過去のデータ利活用コンサルティング実績としては、企業、学術機関、行政府、自治体に向けた戦略策定、企画立案、組織開発支援だけでなく、データ流通に関するガイドライン策定、標準化活動や、大規模データ処理、機械学習に関する研究といったデータ活用全般で幅広い取組みの経験をもっている。

一方、データ利活用コンサルティングと並行して、公正性・安全性・信頼性を備えたデータ取引市場の提供、データ売買の仲介事業も実施し、データ流通のためのプラットフォーム、データマーケットプレイスJDEXも運営している(参考文献7)。データマーケットプレイスJDEXの主な機能として、プラットフォーム上に蓄積されたデータの検索、蓄積されていないデータに対するリクエスト、料金や利用許諾などの条件を細かく設定可能なデータの出品、出品されたデータの購入といったデータ売買に必要な機能を備え、匿名参加やデータの一部秘匿などセキュリティ、プライバシーを考慮した安全なデータ管理を保証している。

Jdexはデータ利活用コンサルティング活動で顧客に応じた細やかなデータ活用をサポートしつつ、データマーケットプレイスJDEXによる大規模かつ複数の企業間でのデータ売買を管理することで、多くのステークホルダーのデータ有効活用促進を目指している。

OKIは2020年度からJdexとの共創を検討している(参考文献2)。2021年度からは共創活動の一環として、著者自身がJdexのデータ利活用コンサルティング活動に参画し、データ活用ゴールモデリングを用いてコンサルティング顧客へAI・データ分析に関する企画を直接起案し、実証実験を牽引(けんいん)する活動を実践している。

コンサルティング活動でのデータ活用ゴールモデリング効果

ここではJdexのデータ利活用コンサルティング活動に、データ活用ゴールモデリングを利用したときの効果について述べる。なお、コンサルティング活動では守秘義務上の観点からその詳細は述べず、経験から得られた効果を一般化したものについて言及する。

(1)顧客の目標へ適切にマッチ

一般的に、AI・データ分析実案件では今このようなデータがあるから、若しくはこのようなAI技術が使えるからといった理由で、顧客の達成したい目標のすり合わせが十分にできていない状態でプロジェクトが進行してしまうことがある。そのような場合、ある程度状況が進行した後、顧客要望を満たしていないとしてプロジェクトの手戻りが発生してしまうことがある。一方、データ活用ゴールモデリングはゴール指向要求分析を基にしている。そのため、ステークホルダーの優先度が高い重要な目標ほどモデルの上位に設定することになり、自ずとそれを起点とする案件遂行が実現されるため、プロジェクトの手戻りの発生確度を低くすることができる。

(2)確実な案件遂行と評価

図2で示したように、データ活用ゴールモデリングでは、上位に位置する定量化困難なソフトゴールを、定量化可能なハードゴールにブレイクダウンしてモデルを作成していく。そのため、上位目標には実行方針策定や、案件達成の評価が難しくとも、より下位のゴールに細分化することで実施すべきタスクが明確になり、結果として上位目標に寄与することができる。

(3)顧客との案件共有

データ活用ゴールモデリングによって作成されたモデルは、案件遂行のための設計図として機能する。その設計図はコンサルティングを実施する立場では前述(1)、(2)のような効率化の効果が得られるが、コンサルティングを受ける顧客の立場でも、自分の目標に対してAI・データ分析案件はどういう関連があるかを把握する助けになるため、顧客との円滑なコミュニケーションできる。

(4)組織全体のエコシステム推進

データ活用ゴールモデリングによってステークホルダーの状態を俯瞰する効果として、蓄積されるデータを整理することが挙げられる。すなわち組織全体で大規模な共通のデータ基盤を用意することなく、部門ごとに得られるデータが整理されるため、そのデータを必要とする別の部門に受け渡すといったデータ活用のエコシステム化を比較的容易に実現することができる。

今後の展望

本稿では、AI・データ分析案件を効率的に実施するための方法論、データ活用ゴールモデリングについて説明し、Jdexとの共創活動としてデータ利活用コンサルティングにデータ活用ゴールモデリングを応用した経験を踏まえ、その効果をまとめた。

著者はデータ活用ゴールモデリングがデータ利活用コンサルティングにのみ有効な方法論ではなく、データを利活用する場面、すなわち広くDXの推進に寄与可能な方法論であると考える。たとえばサプライチェーン全体にデータ活用ゴールモデリングを適用すれば、組織間で無駄のないデータ利活用が実現され、ひいては業務プロセスの効率化が期待できる。また、データ活用ゴールモデリングに基づきOKIの既存製品群で取得、蓄積されるデータとJdexの保有するデータマーケットプレイスJDEXのようなプラットフォームを連携させることができれば、既存製品の競争力強化に役立つことが期待できる。そのような幅広いデータ利活用の応用を具体化、実現させていくことを、データ活用ゴールモデリングの今後の検討としたい。

参考文献

(参考文献1)奥谷大介、伊加田恵志、中川博之:ゴール指向要求分析に基づくAI・データ分析案件業務の効率化、電子情報通信学会知能ソフトウェア工学研究会IEICE-KBSE2019-49、pp.19-25、2019年
(参考文献2)OKIプレスリリース、株式会社日本データ取引所とデータ活用の高度化に向けた共創を開始、2021年12月1日
https://www.oki.com/jp/press/2021/12/z21062.html
(参考文献3)山本修一郎:ゴール指向によるシステム要求管理技法、初版、pp.115-162、2007年、ソフトリサーチセンター
(参考文献4)Paulo Bresciani, and Anna Perini, et al.: ”Tropos:An Agent-Oriented Software Development Methodology”, Autonomous Agents and Multi-Agent Systems, pp.203-236, 2004.
(参考文献5)結城浩:増補改訂版 Java言語で学ぶデザインパターン入門、初版、pp.237-254、2004年、ソフトバンククリエイティブ
(参考文献6)株式会社日本データ取引所
https://j-dex.co.jp/(外部サイト)
(参考文献7)データマーケットプレイスJDEX
https://www.service.jdex.jp/(外部サイト)

筆者紹介

奥谷大介:Daisuke Okuya. イノベーション推進センター AI技術研究開発部






  • (注1)会社名「株式会社日本データ取引所」は株式会社日本データ取引所の登録商標です。
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