従来の開発手法では十分なROIが見込めないお客様企業コンタクトセンターの業務シナリオを、ノーコード・ローコード製品(以降、NCLCと表記)で素早くシステム化した事例とともに、DXを取り巻く環境の変化のなかでのNCLCの将来性を紹介する。
経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」(参考文献1)では、「複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した結果、レガシーシステムの維持管理費の高騰や、IT人材不足が進み、ITシステムの運用・保守の担い手が不在になる」など、多くの技術的負債を抱えることになると指摘されている。
エンドユーザー企業内のIT人材不足と言われる状況から、これらの状況や課題を解決する一つの手段としてNCLCがあり、ベンダー各社より少ないコードや設定で開発可能な製品が提供され、Web上でもその有効性が記事やSNSでにぎわっている。
NCLCは、万人が開発可能となり、エンドユーザー企業のIT人材不足と言う「狼男」の息の根を完全に止める「銀の弾丸」なのか?
フレデリック・ブルックスが1986年に著した、『銀の弾などない̶ソフトウェアエンジニアリングの本質と偶有的事項』(参考文献2)時代から見ると現時点では、銀の弾丸に近づいた製品・手法・サービスなどが多数出現しているが、NCLCも、作成可能なソフトウェアには制約・限界があり、やはり銀の弾丸ではない。
しかし、NCLCは、エンドユーザー企業、ソフトウェアベンダーにとって、狼男と向い合うための有効な武器であり、特にソフトウェアベンダーにとっては、NCLCの練度を上げ、既に保有しているソフトウェア開発技術などの武器との組み合せることで、狼男(ユーザー要求、コスト、納期、社内要員)に向き合うことは十分可能である。
OKIソフトウェアでは、1998年よりコンタクトセンター向け顧客管理ソリューションenjoy.CRM©(注1)シリーズを販売開始以来100社以上に提供してきた。
enjoy.CRMⅠはゼロの状態から開発した製品であったが、クラウドが主流となり、enjoy.CRMⅢでは、Microsoft社が提供するAzure(注2)上で動作するWebアプリケーションとして、Dynamics 365(注3)と連携してCRM機能を提供している(図1)。
近年、お客様企業のDX化対象範囲はenjoy.CRMⅢが導入されるコンタクトセンター部門だけではなく、お客様企業全体を対象としたものとなり、コンタクトセンターと他の部門との連携に関連するDX化の要求が急増している。
enjoy.CRMⅢでMicrosoft社のNCLCであるPower Platform(注4)を活用する以前は、この部門間連携を実現する場合、コーディングによる追加開発や連携を得意とする他社ソリューションの導入などを提案することが多かったが、その分の費用追加が発生し、全体コスト・納期が一致せず該当する要求のDX化を見送ることも多かった。
図1 enjoy.CRMⅢ 概要
NCLCとして提供されている製品は、コーディングは最小限とし、製品側で提供されている部品をビジュアル的な設定ベースで配置してアプリケーションやシステムの作成を支援するツール全般が対象となるが、近年、新規開発されたNCLC以外に、既存製品をNCLCと表現している製品も含まれている。
図2は、近年提供されているNCLCを難易度、利用ターゲットの分布イメージと従来からのスクラッチ開発の位置付けをイメージ化したものである。
図2 NCLC製品のイメージ
難易度高/全社ターゲットの位置には、業務プロセスを分析し最適化を行うBPM(Business Process Management)を対象とした製品も存在し、スイムレーン(Swimlane)への機能配置をDrag&Dropで定義する方法が採用されているものもある。
これらの製品紹介にもNCLCによる開発が可能とされているが、社内全体の業務プロセス理解や、利用中のシステム特性理解が作成者に必要となる場合が多い。
NCLCを適用する目的と採用するNCLCの特性を十分理解したうえで利用する必要がある。
IT人材不足への対策を目的とするNCLCとして現在提供されている製品は、市民開発者を意識しているものが多い。
enjoy.CRMⅢがNCLCとして利用しているMicrosoft Power Platformの「対象領域/対象開発者」は、「個人利用/市民開発者」から「全社ターゲット/プロ開発者」をカバー可能である。
また、Microsoft社は、Power Platformについて顧客企業側の市民開発者とOKIソフトウェアのようなプロ開発者が協調するスタイルを「フュージョン開発」として提唱している(参考文献3)。
フュージョン開発とは、図3に示したように、
例:コンタクトセンター従業員などの顧客企業実務者
例:顧客企業のIT部門メンバー
例:OKIソフトウェアの開発者
による協調作業を行うことである。
図3 フュージョン開発
enjoy.CRMⅢでは、コンタクトセンターで蓄積した応対履歴情報とPower Platformを利用することで、業務を拡張している。
本章ではPower Platformを利用した事例を紹介する。
●事例enjoy.CRMⅢとPower Platformを活用した例
enjoy.CRMⅢは、コンタクトセンターに従事するオペレーターやスーパーバイザーの応対を思考中断なく行うことを可能とする目的で人間工学的アプローチからUIを検討して提供してきた。
しかし、蓄積した応対内容を客先で参照する営業、保守員が利用するUIは存在せず、度々、お客様から機能追加の要望を受けていた。
Power Platformのアプリ開発用のNCLCであるPower Apps©(注5)では、パソコン以外にスマートフォン、タブレットを対象としてアプリ作成が可能であり、図4の保守員向けスマートフォンアプリを作成した。
この保守員向けアプリ全体で記述したステップ数は、約20ステップ、作成開始から、利用開始まで2日間程度で完成している。
図4 Power Appsでのスマートフォンアプリ作成例
アプリの動作内容としては、お客様からの修理・保守依頼をコンタクトセンターで受けた際に、
を、行っている。
初期版を作成したのち、保守対象機器の製造番号をQRコード(注8)やNFC(Near Field Communication)からの読み取りを試験的に追加実装したが、この際も数ステップの追加、動作確認を含めて1時間程度で実装が完了している。
事例で作成した範囲をスクラッチ開発した場合、1~2人月程度の作業となり、NCLCの生産性の高さで大きな効果を上げていると考えられる。
作業中はクラウドベースのNCLCのメリットを活かし、対面での打ち合わせは行わず、ビデオ会議による要件確認、へいしゃとエンドユーザー双方での動作確認で作業完了し、文字通りの「共創」を短期間に実現可能であった。
前述の例は、保守作業の一環でお客様の要望があり、タイミングが一致して作業実施したものであるが、ソフトウェアベンダーとしてNCLCをどのような考え方で導入し、今後どのように活用していくかを検討する必要があった。
その検討の過程で認識した下記三つのポイントを理解したうえで、NCLCを活用する必要があると考えている。
①NCLCはお客様との共創を可能とするもの
②NCLCはソフトウェア技術者の新しい武器
③NCLCの用法・用量と作用を適正に
①NCLCはお客様との共創を可能とするもの
D.I.Y(日曜大工)で子供用のおもちゃ箱を作る場合、素人でもホームセンターで販売している部材で、おもちゃを収納する箱はなんとか完成させることは可能である。
同じホームセンターで販売している部材を利用して、大工さんがおもちゃ箱を作る場合、安全性・耐久性・操作性・デザインをプロの視点で設計・実装する。
市民開発者も対象とした、NCLCだが、ソフトウェア開発を熟知したソフトウェア技術者が同じツール(製品)を利用して完成するアプリケーションも大工さんが作るものと同様に高品質なものができ上がる。
従来の請負契約、準委任契約での作業とは異なる、「お客様との共創スタイル」も、提案の一つとしてとらえる。
また、市民開発者のNCLC活用が増えてくると、「野良アプリ」の増加や効率の悪い利用方法が広がり、想定していた効果をえられない場合がでてくる。
この問題と回避する手段として、「企業内でツール・製品適用を推進していくために仕組みを整え広めていく専門チーム」であるCoE(Center of Excellence)の設置がある。
②NCLCツールはソフトウェア技術者の新しい武器
ユーザー要求を実現するにあたり、NCLCを部分的に利用するメリットは十分にある。
具体的な例として、お客様側既存システムとenjoy.CRMⅢでデータの連携が必要となった際、従来は連携受信処理部と受領データの解析処理をスクラッチで開発していたが、NCLCが提供するコンポーネントを利用することにより、従来のスクラッチ開発では1人月程度の作業量が想定されるものが、数日で実装することができた。
特に、顧客要求をどのようなGUIで実装するかの確認では、打ち合わせ中に操作イメージを組み込むことができ、スクラッチ開発の完成時に発生しやすい「ちょっとイメージが違った」という問題を回避でき、また、完成以後の調整もお客様側で実施することが可能となる。
「NCLCは、ソフトウェア技術者の仕事を奪うもの」、「所詮、素人が利用するオモチャ」と決めつけて、情報ウォッチを怠ってはならない。
③NCLCの用法・用量と作用を適正に
市民開発者をターゲットとしたNCLCは、提供されている機能範囲内で素早く作成し、作成した後も市民開発者が継続した改善を可能とすることを目指したものである。
従って、NCLCで提供されている機能範囲を超えた巨大な業務アプリやリアルタイム性、無停止を期待するアプリケーションには不向きと考えている。
このことは、NCLCを利用する顧客、提供ベンダーも十二分に理解したうえで適用する必要がある。
特に、『NCLCは、仕様書不要ですぐに作成開始~作成直後からすぐに利用開始可能である。』が、業務アプリケーションの場合は誤りであることを認識することは重要である。NCLCで作成するアプリも、業務で利用する業務アプリケーションであるなら、
は、開発者が市民開発者であってもソフトウェア技術者であっても、検討・考慮が必要な項目である。
現在のNCLCは、銀の弾丸レベルに到達していないが、自分達の取組み次第で狼男に重傷を負わせることが可能だと考えている。
今後、お客様企業のDX推進に貢献するため、NCLC活用による「共創」の可能性を広げる取組みを進めていきたい。
(参考文献1)経済産業省:DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(本文)、平成30年9月7日
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf [4.8MB](外部リンク)
(参考文献2)Essence and accidents of software engineering FP Brooks, NS Bullet - IEEE computer, 1987
http://worrydream.com/refs/Brooks-NoSilverBullet.pdf [260KB](外部リンク)
(参考文献3)Microsoft:Power Platformでのフュージョン開発、2022年6月20日
https://docs.microsoft.com/ja-jp/power-platform/developer/fusion-development(外部リンク)
池田一彦:Kazuhiko Ikeda. 株式会社OKIソフトウェア DXビジネス推進本部 新事業推進統括部