橋梁(りょう)などのインフラ構造物老朽化が進む中、適切な点検や修繕が不可欠であるが、人手による点検にかかる維持管理費用の増大や技術者不足が課題となっている。このため、センサーや無線ネットワークを用いて、インフラ健全度を遠隔で監視するモニタリング技術の活用が重要となっている。
OKIでは、電池駆動で設置容易な無線加速度センサーを開発し、これまで橋梁や斜面など、さまざまなインフラの監視に適用している。本稿では、無線加速度センサーを用いた具体例として、橋梁用ケーブルの張力モニタリング技術を解説し、斜張橋の斜材ケーブルに適用した際の管理基準や運用方法を紹介する。
斜張橋の斜材ケーブルは重要な構造部材であるが、ケーブルは保護管に覆われ、通常の近接目視点検では保護管内部の破断や腐食などの進行を確認することが難しい。このため、ケーブルの健全度を適切に把握するためのモニタリング技術が望まれている。
参考文献1などによれば、斜材ケーブルの断面欠損と張力の関係は解析的に確認され、残存する断面積に概ね比例して張力が減少する。このため、斜材ケーブルの張力変化をモニタリングする技術を活用すれば、破断や腐食の可能性を検出することができる。また、遠隔から常時監視することにより、管理者が必ずしも現場に行かなくても、長期的な経年変化や点検で異常が発見されたケーブルの変状の進行などを自動的かつ迅速に把握できる。このため、OKIは、無線加速度センサーによる橋梁用ケーブルの張力モニタリング技術を開発し、橋梁の維持管理業務への活用を提案している。
張力モニタリング技術を適用したシステム(張力モニタリングシステム、以下本システム)の構成例を図1に示す。本システムは、無線加速度センサー、ゼロエナジーゲートウェイ、及びサーバー上のアプリケーションで構成される。橋梁用ケーブルに設置した無線加速度センサーは、ケーブルにかかる加速度の計測データから固有振動数を算出し、無線で送信する。計測員が現地に赴いて手動でデータを収集することなく、遠隔から固有振動数データをサーバーに自動的に収集・蓄積できる。サーバー上のアプリケーションは固有振動数データから張力を推定し、その推移を可視化することができる。また、張力の計測結果が管理基準値を超えた場合にメールなどで管理者へ通知できる。
図1 張力モニタリングシステムの構成
OKIが開発した無線加速度センサーは、高度なスリープ制御と省電力の920MHzマルチホップ無線技術に対応した無線モジュールを採用したことにより、長期間の電池駆動できるあるため、設置が容易で、また、電池交換などのメンテナンスの手間が少ない。無線加速度センサーの外観を写真1に、諸元を表1に示す。
写真1 無線加速度センサー 外観
表1 無線加速度センサー 諸元
無線加速度センサーは、装置内のエッジ分析処理により、計測した加速度データを周波数スペクトルに変換し、強さがピークとなる周波数(固有振動数)を自動で抽出できる。これにより、計測した加速度データをそのままサーバーに送信する場合に比べて、送信するデータ量を大幅に削減できる。固有振動数の算出に用いる5分間の加速度生データは約590Kバイトであるのに対して、ここから算出した固有振動数のデータは約830バイトとなるため、送信するデータ量は700分の1以下に削減できる。このエッジ分析処理によって、データ送信にかかる消費電力を抑えることができ、1日に4回、固有振動数計測をした場合で電池寿命が5年となる。また、無線ネットワークの負荷も軽減されるため、1台のゲートウェイに20台のセンサーを収容でき、柔軟にネットワークを構築できる。
無線加速度センサーの親機には、「ゼロエナジーゲートウェイ」(以下、ZE-GW)を利用する。ZE-GWは、920MHz帯マルチホップ無線「SmartHop®」と4Gによる無線通信機能を備え、ソーラー発電駆動に対応することにより、屋外の外部電源が無い環境でも電源配線が不要である。高度なスリープ制御による省電力化により、天気の悪い日が9日間続いても動作可能とし、長期の安定運用に適した性能となっている。ZE-GWの外観を写真2に、諸元を表2に示す。
写真2 ゼロエナジーゲートウェイ 外観
表2 ゼロエナジーゲートウェイ 諸元
本システムでは、橋梁用ケーブルに設置した無線加速度センサーの計測データからケーブルの張力を算出する。
張力算出の方法は、無線加速度センサーで計測した加速度データをエッジ分析処理により、周波数スペクトルに変換し、低次から高次までの固有振動数を抽出する。次に、参考文献2で示されている張力算出式を用いて、固有振動数から張力を算出する。張力算出式は、ケーブルの低次から高次までの固有振動数と次数の関係式である。この関係式と計測データから得られた複数の固有振動数を用いた最小二乗法により、係数を同定し、この係数に含まれる張力値を算出する。
本システムでは、毎日定刻(例:0:00、6:00、12:00、18:00の1日4回)にケーブルにかかる加速度を5分間計測し、計測のたびに低次から高次までの固有振動数を算出し、張力を算出する。張力算出の流れを図2に示す。図2の一番下の張力グラフでは、灰色の点は計測ごとの張力算出結果であり、車両通行量などの外部条件の変化によるバラツキを生じる。このため、張力算出結果の1週間移動平均をとることにより、誤差を抑える。図2の張力グラフでは、実線が1週間移動平均である。また、張力グラフの上下に引かれた線は、初期値の±5%にあたる管理基準であり、これを超えた場合には、管理者に警報を電子メールなどで発報することができる。
図2 張力算出の流れ
本システムの管理基準は、参考文献1に示されている。斜材ケーブルの張力異常は、ケーブルの破断や腐食よる変化、全体形状や荷重分担の変化などにより、張力が基準を超えた状態である。異常判定の基準値は、初期値に比べて張力が±5%以上変化している状態とし、これを管理基準としている。初期値は、最初に張力を計測したときの結果とし、健全な状態で張力を把握しおくことが望ましい。ただし、腐食や破断などが見られた後にモニタリングする場合には、無線加速度センサーを設置したときの計測結果を初期値とする。昼夜や交通量の違いによる張力の変動があるため、1週間以上のデータ収集を行った上で初期値を定める。初期値から5%以上変化している場合は、早期に措置が必要な状態、または、適切な時期に措置することが望ましい状態と判定し、詳細調査などを行う。判定区分の例を表3に示す。
表3 斜材ケーブル判定区分の例
無線加速度センサーを斜材ケーブルに設置する方法の例を図3に示す。電池駆動のため配線は無く、装置を結束バンドで斜材ケーブルに固定する。この際、斜材ケーブルに傷が付かないようにゴムシートで覆った上に結束バンドを巻く。また、落下防止のため、装置と斜材ケーブルをワイヤーで接続する。
図3 無線加速度センサーの設置例
張力モニタリングシステムは、設置が容易な無線加速度センサーにより、ケーブルの変状を継続的に評価できる。このため、健全度の高い期間には、現状の点検補助として、近接目視点検だけでは発見が難しい異常個所の把握や健全性の把握を目的とすることができる。健全度が低下している期間には、点検の補助に加えて、予防保全や補修・補強の効果確認、緊急時対応の補助などを目的とすることができ、維持管理業務に幅広く活用できる可能性がある。図4に参考文献1にも掲載されている張力モニタリングシステムの役割を示す。
図4 張力モニタリングシステムの役割
出典:(一社)土木研究所資料(参考文献1)
無線加速度センサーによる橋梁用ケーブルの張力モニタリング技術を、斜張橋の斜材ケーブルに適用した事例や管理基準などの運用方法を解説した。本技術は、国土交通省殿の点検支援技術性能カタログ(参考文献3)にも掲載され、実用的なモニタリングシステムとしてインフラの維持管理業務への適用を拡大する。
OKIでは、張力モニタリング以外のセンシング機能を持った製品も開発し、今後、橋梁のケーブル以外の重要部材や橋梁以外のインフラ構造物にもモニタリングシステムの活用範囲を拡大する。
(参考文献1)石田雅博、廣江亜紀子、藤木裕二:土木構造物のためのモニタリング活用ガイドライン、土木研究所資料第4408号、2020年12月
(参考文献2)若林大、服部雅史、野島昭二、立松秀之:斜張橋における斜ケーブルの高次振動法による張力推定と健全度評価、土木学会第73回年次学術講演会、Ⅰ-070、pp.139-140、2018年
(参考文献3)無線加速度センサーによる斜張橋の斜材張力モニタリング、国土交通省点検支援技術 性能カタログBR030033-V0122
橋爪洋:Hiroshi Hashizume. ソリューションシステム事業本部 IoTプラットフォーム事業部 スマートコミュニケーションシステム部