鉄道事業者の踏切道での事故件数は、直近10年で下げ止まっている状況であり、事故防止に向けた対策が求められている。この課題に対して、OKIはDX新戦略(参考文献1)の第1象限であるAIエッジ戦略に沿って、ソリューションの開発に取り組んできた。
本稿では、AIエッジコンピューター(以下、AE2100)を活用し踏切道に歩行者や車両の滞留を検知・通知することで、事故防止に繋げる踏切滞留検知ソリューションを紹介する。
内閣府の令和4年度版交通安全白書(参考文献2)によると、踏切事故の件数は長期的には減少傾向にあるものの、減少ペースは年々鈍化している。令和3年は225件の踏切事故が発生し、これは2日に1件以上のペースである。また、踏切事故による死者数は令和3年で94人となり、約4日に1人死亡している状況である(図1)。
図1 踏切事故件数と死傷者数の推移(参考文献2)
発生した事故の衝撃物別発生件数を見ると、令和3年の踏切事故225件のうち、最も多いのが歩行者で96件に上る。踏切事故を防止する観点から、歩行者の事故を減らすことが対策となることが分かる(図2)。
図2 衝撃物別踏切事故発生件数(令和3年)(参考文献2)
踏切道での交通安全対策には、大きく2種類、踏切道そのものを無くす方法と踏切道の安全度を向上する方法がある。踏切道そのものを無くす方法は立体交差化であり、交通安全白書(参考文献2)によれば1年間に20~30箇所のペースで対策が進んでいるようである(図3)。しかし、3万箇所を超える踏切道数と比較するとこの対策には限界があり、そもそも鉄道事業者が単独で実行することができない。一方、踏切道の安全度を向上する方法として、主に自動車交通量の多い踏切道には障害物検知装置(以下、障検装置)のような事故防止効果の高い設備を導入する。障検装置は、装置からレーザー光を照射して物に反射して装置に返ってくるまでの時間で障害物の有無を検知する。障検装置は鉄道事業者の判断で導入できるため、各鉄道会社は事故防止のために障検装置を導入している。
図3 平成28~令和2年度の踏切道整備実績(参考文献2)
障検装置には次のような二つの課題がある。一つはとても高価であるという点で、高価なため導入対象は大きな踏切道などに限られてしまう。交通安全白書(参考文献2)によれば、遮断機も警報機も設置されていないような踏切道(図4中の第4種踏切道)でも事故は発生しているので、大きな踏切道への対策だけでは不十分と考えられる。
図4 踏切道種別の踏切事故発生件数(令和3年)(参考文献2)
もう一つの課題は、もともと障検装置が主に踏切道内に取り残された自動車を検知する設備であるため、歩行者の検知には向かないことである。(ただし、最近の高機能化された障検装置では転倒した人も検知できる(参考文献3))これが理由で障検装置は主に自動車が通る踏切道に設置される。しかし、踏切事故の中で歩行者の事故が最も多いため、踏切道内に取り残された歩行者を検知でき、自動車が通らない人道踏切に設置できるような設備が望まれる。
OKIは、前章で述べた課題に対して、歩行者の検知ができて安価に導入ができる踏切滞留検知ソリューション(以下、本ソリューション)を開発した。歩行者の検知にはカメラとAI画像センシングを用いる方式を採用し、複数のAIアルゴリズムを組み合わせることで高精度な検知を実現している。また、使用するカメラなどの機器は市販品を選定することで安価な導入を可能としている。
本ソリューションは、夜間での鮮明な映像を撮ることができる低照度カメラとAE2100を踏切道に設置し、AE2100でAI解析を行う。AI解析の結果、踏切道内に取り残された人を検知した際は、AE2100から踏切制御盤に対して接点信号を連携する。これにより、線路上の踏切道手前に設置されている特殊信号発光機が動作し、列車の運転士に知らせる仕組みである。特殊信号発光機の動作を確認した運転士が列車を踏切道手前で停止させることで事故を防止することができる。
図5 システム構成図
検知結果はLTE網を通じてクラウドへも通知され、指令所内のPCから確認することができる。
本ソリューションの特長として、安価に導入できること以外に「エッジでの検知」「監視カメラとしての活用」が挙げられる。以下にそれぞれの特長を説明する。
(1)エッジでの検知
本ソリューションではAI解析を踏切道に設置したAE2100で行うため、クラウドでAI解析を行う方法と比較して、よりリアルタイムな検知及び運転士への通知ができる。これは走行中の列車が急に停止することができないことから、重要な特長となる。
また、エッジ側で特殊信号発光機を動作させるため、LTE網に通信障害が発生した場合でも影響を受けることなく、リアルタイムな検知や通知できる。この点もエッジで実現しているからこその特長といえる。
(2)監視カメラとしての活用
本ソリューションの低照度カメラは、監視カメラとしても活用することができる。万が一、事故が発生した際や、災害時に指令所から即時に目視確認ができる。また、録画した映像を「事故証跡」などに活用もできる。
障検装置はレーザーを使用しているため、現場の状況を確認するには別に監視カメラが必要となるが、本ソリューションでは機器の追加無しに現場の状況を確認できる。もとからカメラを使用していることの強みである。
なお、本ソリューションは主に歩行者の検知を念頭に開発を進めていたが、AI画像解析により自動車、バス、トラック、バイクといった車両も検知できる。
本ソリューションの有効性確認のため、実際の踏切道に本ソリューションを設置し試験を実施した。以下に試験の内容を説明する。
(1)試験概要
2022年3月に実際の踏切道で、本ソリューションが具備する基本的な機能確認及び、AIの検知精度を確認する非機能試験を実施した。検知精度は、踏切道に設置された監視カメラ映像から、24時間内に通過する車両と歩行者を対象に目視で計測した数とAIが検知した数を比較することで精度を算出した。以下に試験項目を示す(表1)。なお天候は晴天、夜間は踏切道に設置された既設の照明下で試験を実施している。
表1 試験項目
(2)システム構成
本試験実施時のシステム構成を以下に示す(図6)。
図6 試験システム構成図
(3)試験結果
試験結果は全項目で良好な結果となった(表2)。
表2 試験結果
今回試験を実施した踏切道では、車両や歩行者を問題なく検知できることが確認できた。また、検知時に列車の徐行運転や停止させて安全を確保するため、クラウドへの通知と踏切制御盤(特殊信号発光機)に接点で通知する機能を具備しているが、こちらも問題なく動作することが確認できた。
検知精度は、AIの能力値としての検知精度を算出するため、踏切道に滞留した車両や歩行者ではなく、24時間内に通過する車両と歩行者を対象にAIが検知した件数を確認した。車両は、通過総数1,914件に対し、AIが検知したのは1,914件で、検知精度100%の結果となった。歩行者は、通過総数3,630件に対し、AIが検知したのは3,605件で、検知精度99.3%の結果となった。
歩行者検知で、25件検知不可となった主な要因は、夜間で歩行者が黒い服装であることから、背景と歩行者のコントラストが取れずに検知できない事象が多い結果となった。実運用には、照明位置の調整や照明の増設などが課題となる。
このように実際の踏切道での試験では、一定の精度が出ることが実証できた。背景と歩行者のコントラストが取れずに検知できない事象以外にも、いくつか課題が見つかり、ここでは課題と対策の具体例を二つ紹介する。
(1)雨や雪の日に傘を差す人の見逃し
雨や雪の日に傘を差す人に対して、安定した検知ができない場合があった。これは、傘を深く差すなど、傘の角度によっては人と判断できない状況がありうるためである。
この対策として、傘そのものを検知できるようにし、傘の検知も歩行者を検知したことと見なすようにした。その結果、傘を差す人に対する検知率に向上が見られた。夜間は、黒い傘に対して背景とコントラストが取れない場合に検知できない事例があったが、これは歩行者同様に照明の位置調整や増設によって対策できると考える。
(2)転倒した歩行者の検知
踏切道内で転倒した歩行者に対して、安定した検知ができない場合があった。通常、歩行者は頭が上部にあり、身体がその下にある。しかし、転倒時は頭と体の位置関係が崩れることで、人と認識しにくくなる。
この対策として、転倒の動作をAIに学習させて、転倒動作の検知も歩行者を検知したことと見なすようにした。これにより、安定した検知ができなかったような転倒状態に対して、検知を継続できるようになった。
本稿では、踏切道の安全性向上を実現するソリューションとして、踏切滞留検知ソリューションを紹介した。OKIは本ソリューションを、2023年3月末を目途にリリースしていく計画で検討を進めている。
また本ソリューションで提供するのはカメラの画像から特定エリアの人やモノを検知することであり、踏切道以外に適用範囲を広げ、沿線上への人の立入りや障害物の検知に利用することができる。将来的な列車自動運行の実現を目指したとき、本ソリューションはその確認をするための手段として利用することも考えられる。
今後も社会的な課題に取り組む中で、OKIの豊富な実績と最新の技術を活用し、お客様との共創を通じて、さまざまな市場の業務課題を解決するソリューションを開発していく。
(参考文献1)OKIプレスリリース、4象限で「社会の大丈夫をつくっていく。」DX新戦略を策定、2022年6月21日
https://www.oki.com/jp/press/2022/06/z22017.html
(参考文献2)内閣府:令和4年度版交通安全白書、第2部 鉄道交通
(参考文献3)IHI:JR東日本と共同開発の高機能化版踏切障害物検知装置を販売開始 ~多数の運用実績による知見を元に安全性,検知機能・能力を大幅に向上~
土屋陽一:Yoichi Tsuchiya. ソリューションシステム事業本部 金融・法人ソリューション事業部 運輸流通システム部
高橋裕之:Hiroyuki Takahashi. ソリューションシステム事業本部 金融・法人ソリューション事業部 運輸流通システム部
岩倉隆之:Takayuki Iwakura. ソリューションシステム事業本部 金融・法人ソリューション事業部 運輸流通システム部
高橋秀也:Shuya Takahashi. ソリューションシステム事業本部 DX事業推進センター