近年、装置の小型化・高性能化・多機能化の要求に伴い、消費電力の増加によって発生した熱を放熱することが必要である。通常、基板上の発熱部品に放熱板を取り付けて放熱対策をしているが、基板上の部品や配線から発生したノイズが放熱板を伝導して放射され、EMI(Electromagnetic Interference)が悪化する場合がある。このEMI対策について、各開発工程に対する効果とコストの関係を図1に示す。開発工程初期の基板設計段階では、EMI対策自由度と効果は大きく、対策コストを抑制できる。しかし現状では、放熱板からのノイズ放射を基板設計段階で予測することが難しいため、試作評価段階以降に対策部材の追加や外部機関で複数回EMI測定を行うことがあった。そのため、コストアップに加え、基板再設計に伴う開発期間の長期化など問題があった。
そこで、このような課題を解決するために、現在保有している電磁界解析ツールを活用し、試作評価前の基板設計段階で実施可能な、放熱板を取り付けた基板の電磁界解析手法確立に取り組んだので紹介する。
図1 EMI対策の効果とコスト
保有している電磁界解析ツールは基板解析に特化し、基板データから各信号配線層や電源・アース層の配線情報を取り込み、主要部品に接続される信号配線などをノイズ源として設定して解析する。放熱板を取り付けた基板を解析するためには、解析ツール上で2.5次元に模擬した放熱板形状を基板データ上で作成する必要がある。
放熱板モデルを精緻化するために、2段階の手順で検証した。手順1では、放熱板を取り付けない状態の基板で、事前に測定した実機基板の近傍磁界測定結果と電磁界解析結果が一致するように、解析ツール上でノイズ源の場所や強度などを設定した。手順2では、放熱板を解析ツール上で模擬して基板データに追加し、手順1の設定条件で解析した。解析結果と、放熱板を取り付けた実機基板の近傍磁界測定結果を比較・検証した。
(1)手順1の検証結果
放熱板を取り付けない基板の近傍磁界測定結果と、電磁界解析結果を図2に示す。なお、今回検証に使用した基板の図は、製品・部品情報の秘匿のため、ノイズの強弱を色で示すコンタ―図(等値線図)上に主要部品外形を描画したものを掲載する。
図2の近傍磁界結果より、500MHz・700MHz・900MHzの三つの周波数に共通して、主要部品であるICとCPUを繋ぐ配線やCPU直下からノイズが主に広がっていることが確認できた。この近傍磁界測定結果と解析を一致させるために、ノイズ源となり得る配線を複数選定しノイズ源として解析した。その中で、近傍磁界測定結果に最も一致した解析結果が、図2の電磁界解析結果である。電磁界解析結果では、IC-CPU間の配線やCPU直下からノイズが発生していることが確認できた。なお、900MHz帯でノイズの発生箇所に測定結果と差分があった(図2 点線丸部)が、解析の目的はノイズ発生箇所を把握することであり、また、該当箇所は電源回路部で、実際の動作や負荷条件の差分による影響が原因と推定されるため、設定条件は変更せずに手順2へ進んだ。
図2 放熱板を取り付けない基板の結果
(2)手順2の検証結果
次に、放熱板を含む基板の解析ツール上での層構成モデルを図3に示す。実機の放熱板は逆ハット型に折り曲げられた1枚の板金でできているが、保有している解析ツールではこのような3次元構造物の解析ができない。そこで、放熱板を解析ツール上で放熱板上層と放熱板下層という2層の平板として基板上に追加し、これらの層間をビアで接続することで、放熱板を模擬した。
図3 放熱板を取り付けた基板の層構成モデル
また、放熱板は安価な構造で基板と固定するため、スリットを設けている。基板上で発生したノイズはスリットから放出される場合が多いため、解析ツール上でもスリット形状を反映している。
放熱板を含む基板の近傍磁界測定結果と、電磁界解析結果を図4に示す。近傍磁界測定結果より、500MHz、700MHzでは、ノイズがほとんど確認できないが、900MHzでは放熱板のスリット(図4 点線部)でノイズが確認できた。
図4 放熱板を取り付けた基板の結果
(放熱板形状一部加工)
一方、電磁界解析結果では500MHz、700MHz、900MHzのすべてでノイズが確認できなかった。ただし、ノイズ強度の表示感度を手順1から調整して狭めることで、図5に示すように900MHzでノイズが確認できたため、電磁界解析でも近傍磁界測定と同様に放熱板にノイズが伝搬していることが分かった。
図5 放熱板を取り付けた基板の結果(表示感度調整)
また、今回検証した基板で放熱板の一部を基板GNDに接続させた場合、図6に示すように、900MHzで発生していたノイズが500MHzに遷移することが近傍磁界測定で確認できた。電磁界解析でも同様に、放熱板の一部を基板GNDに接続したが、図7に示すように、500MHzへの遷移は確認できなかった。図3の層構成モデルでは基板-放熱板間に空気層(誘電率:1.0)を設定していたが、実機では基板と放熱板の間にTIM(Thermal Interface Material)と呼ばれる熱伝導材料を挟んでいたため、実機に合わせて層構成モデルの基板-放熱板間をTIM相当の誘電率に修正して再度解析した。その結果、ノイズ強度の表示感度調整が必要であるが、図8に示すように、ノイズの周波数遷移を電磁界解析でも確認できた。
図6 放熱板GND接続時のノイズ遷移(近傍磁界測定)
図7 放熱板GND接続時のノイズ遷移
(電磁界解析_誘電率:1.0)
図8 放熱板GND接続時のノイズ遷移
(電磁界解析_誘電率:3.3(使用したTIMの一例))
以上の結果から、電磁界解析により、基板から放熱板にノイズが伝搬する位置や、放熱板の一部をGNDに接続することによるノイズ周波数の遷移が確認できた。これにより、基板設計段階でEMIリスクのある主要箇所を予測できる見通しを得た。
基板設計段階で、放熱板を取り付けた基板のEMI対策を可能とするために、主要デバイスのノイズ源や電源回路の実際の動作、負荷条件を考慮した設定方法、最適な表示感度を見極め、今後も解析・実測データを蓄積し精度向上を図る。
今回は近傍磁界測定により、ノイズが発生する周波数帯域を解析前に把握できたが、本来の装置開発では、電磁界解析を基板設計段階で行うため、実機による近傍磁界測定ができない。そのため、各主要部品に対する動作周波数の全帯域を解析する必要があり、莫大な時間がかかる。今後は、共振解析によって得られる共振周波数と、各主要部品に対する動作周波数の逓倍が重なる帯域に絞って解析することで、解析時間の短縮を図り、効率的な設計プロセスへのインライン化を目指していく。
大久保仁智:Hitoshi Okubo. 技術本部 先行開発センター ハードウェア基盤技術部
齋藤賢一:Kenichi Saitou. 技術本部 先行開発センター ハードウェア基盤技術部
北井敦:Atsushi Kitai. 技術本部 先行開発センター ハードウェア基盤技術部
沖野正裕:Masahiro Okino. 技術本部 先行開発センター ハードウェア基盤技術部
齋藤久志:Hisashi Saitou. 技術本部 先行開発センター ハードウェア基盤技術部