1970年に室温連続発振に成功した半導体レーザーは、光通信分野に革新をもたらし、変調器や受光器、波長フィルターなどを組み合わせることにより、今日のインターネット社会の興隆を支えてきた。一方、電子デバイスは、トランジスタやダイオードを数百億個規模で組み合わせた高密度半導体集積回路まで発展し、今後10年で1兆個のトランジスタ集積を行うことを目標(参考文献1)とするなど、集積度の観点では、電子デバイスと光デバイスとの間に歴然たる差が存在する。半導体レーザーや変調器、受光器などを一つの基板上に集積化する手法として、石英ガラスを利用したPlanar Lightwave Circuit(PLC)などが実用化されているが、単体部品の域を出ず、電子デバイスの集積規模には遠く及ばないのが実情である。
2000年代に入ると、大規模集積電子デバイスと同様の着想で、シリコンを光導波路層、すなわち光配線に用いるシリコンフォトニクスが脚光を浴びるようになり、大規模光集積回路の実現に向けた研究開発が活発に行われるようになった。現在では、データセンター向けの通信モジュール規格であるQuad Small Form Factor Pluggable Double Density(QSFP-DD)で規定されたモジュールサイズを、シリコンフォトニクスによる光集積回路で実現するなど、光デバイスの小型化・高密度集積化を強力に推進する中核技術となっている。本稿では、シリコンフォトニクスの基本を簡単に紹介したのち、光集積プラットフォーム上に実現した、さまざまな機能をもつ光集積回路の概要を報告する。
シリコンフォトニクスは、シリコンを導波路層として構成される光集積回路技術の総称であり、光変調器や受光器、光フィルターなどの各種光デバイスとそれらを接続する光導波路を数mm角のシリコンチップに集約することが可能な技術である。図1にシリコンフォトニクス光集積回路の断面概略図を示す。Silicon On Insulator(SOI)基板を用い、光導波路層は220nm前後の厚み、BOX層と呼ばれるInsulator層は2-3µmの厚みのものが多い。ベースとなる基板サイズは、200mm又は300mmと一般的に電子回路で用いられるウェハーサイズと同様である。光導波路層の一部にイオン注入や、ゲルマニウムを堆積して電気配線をすることにより、変調器、受光器なども実現することができる。
図1 シリコンフォトニクス光集積回路断面概略図
このように、一般的な半導体プロセスを利用することができることから、実現される光集積デバイスでは安定した性能、生産性を実現している。また、シリコンフォトニクスの製造ラインではさまざまなProcess Design Kit(PDK)と呼ばれる標準的なパッシブ素子や変調器、受光器などが提供される。このPDKを用いることで、ユーザーは必要な機能を集積化した光集積プラットフォームを比較的簡易に設計できる環境となっている。一方で、標準的な用途から異なる素子の場合には、PDKで網羅されているわけではなく独自の光素子設計が必要となる。
我々が開発をしているシリコンフォトニクスを利用した光集積デバイスの一つとして、アクセスネットワーク向け光通信モジュールがある。アクセスネットワークでは、一つの収容局(OLT)に、多分岐した光ファイバーで複数の加入者(ONU)を収容する、Passive Optical Network(PON)が普及しているが、局側および加入者側の端末は一本の光ファイバーで繋ぎ、上り/下り信号で共有するため、一心双方向通信(図2)が基本となる。
図2 アクセスネットワークの構成
一心双方向を実現するためには、上り/下り信号を的確に分離する波長フィルタリング機能が重要となる。ここではTime and Wavelength Division Multiplexing-PON(TWDM-PON)を例に挙げて説明する。TWDM-PONは、ITU-T G.989で規格が定められ、上り/下りそれぞれの信号を波長多重(4ch)し、1波長当たり10Gbps、1モジュールとして上り/下り各40Gbpsの通信が可能である。使用する波長帯は、上り回線1524nm-1544nm、下り回線1596nm-1603nmである。
図3に加入者側光集積トランシーバー回路の構成例を示す。波長帯の異なる上り/下りの光信号はWavelength Division Multiplexing(WDM)フィルターにより分離する。この際上り信号に対しては、光源である半導体レーザー(LD)から出射されたTE偏光状態だけに着目したフィルタリング設計を行えば十分である。一方で、光ファイバーを伝搬してきた下り信号に対しては、その伝搬過程で偏光状態がランダムな偏光状態となるため、偏光状態に依存しないフィルタリング特性(偏波無依存)が要求される。また、アクティブ素子である変調器には光のオン/オフ状態を示す光量比率(消光比)の確保、受光素子には、1600nm帯での受光感度および受光感度の偏波依存性の低減が要求される。
図3 TWDM-PON加入者側光回路構成例概略図
WDMフィルターには、偏波変換Sidewall Bragg Gratingと呼ばれる導波路を構成するコアの側面に周期的な凹凸を設けた構造を用い、特定の上り信号波長帯だけを分離する構成とした。また、下りの受信4chの波長分離には偏波無依存動作を可能にするために、前段にPolarization Beam Splitter(PBS)を用いて、TE偏波とTM偏波へと分離し、続いてPolarization Rotator(PR)を用いてTM偏波をTE偏波へ偏波変換することで双方向Arrayed Waveguide Grating(AWG)による偏波ダイバーシティ構成を実現している。図4にSidewall Bragg Gratingの概略図、図5に実際に作製した素子の波長特性を示す。素子としての最大損失は約0.5dBであり、波長分離特性としては、図5の青色線より上り信号(TE偏波)の1524-1544nmの帯域だけポートP1に入出力され、1550nm以降の波長帯では橙色線および赤色線よりポートP2に入出力されることを確認している。
P1上り信号確認ポート P2下り信号確認ポート
図4 Sidewall Bragg Grating概略図
P1上り信号ポート、P2下り信号ポート
図5 Sidewall Bragg Grating波長フィルタリング特性
双方向AWGによる偏波ダイバーシティ型フィルターの実体顕微鏡写真を図6に示す。デバイスサイズは、1.2mm×0.6mmであり、AWG双方向型を採用することで、一般的な偏波ダイバーシティ構成と比較して集積回路の小型化を実現している。また、双方向型構成は、各偏波での波長分離特性が製造誤差に依存しないことから、安定的な特性を確保できる。実際に波長フィルタリング特性を評価した結果を図7に示す。実線がTE偏波、破線がTM偏波の波長分離特性となる。いずれの偏波に対しても通信規格で要求される100GHzグリッド(波長間隔0.8nm)で特性がよく一致していることが分かる(参考文献2)。
図6 双方向AWG実態顕微鏡写真
図7 双方向AWG波長フィルタリング特性
これらの波長フィルターと、送信・受信素子をTWDMPON集積チップとして集積化することで、図8に示す一般的なSmall Form-Factor Pluggable+(SFP+)の規格に準拠した小型モジュールの作成が可能になる(参考文献3)。
図8 SFP+規格に準拠した光通信モジュール写真
シリコンフォトニクスの適用範囲は、光通信用デバイス用途以外にも広がりを見せている。これまで光を利用したセンシングに用いる計測機器は、市販の光部品を光ファイバーで配線する必要があるため、ラックマウントサイズになることが避けられなかった。しかし、シリコンフォトニクスによる機能素子を活用することで、チップサイズまで小型化できることが期待される。OKIでは、前述の光通信用光集積プラットフォームで開発した各種素子をベースに、光ファイバセンシング、多点型レーザー振動計、光バイオセンシング(参考文献4)向け光集積プラットフォームの開発を進めている。
たとえば、In-Phase Quadrature-Phase(IQ)変調器は、変調素子とPBS、PRの組合わせで実現することができ、Balanced Photodetector(BPD)は、90°Hybrid素子と受光素子の組合わせで実現することができる。一例として、光ファイバーの伝搬損失モニターなどに用いられるOptical Time Domain Reflectometry(OTDR)やレーザードップラー振動計に代表される、反射戻り光を利用するような光センシングアプリケーションで必要となるBPDの構成例を図9に示す。
図9 BPD構成例
BPDを構成する受光素子としては、受光感度の高いAvalanche Photodiode(APD)が要求される。これに対して、我々は横型SAM-APD(Separated Absorption and Multiplication-APD)を開発し、-26dBm入力時、130A/Wと高感度化に成功している(参考文献5)。BPDを構成するもう一つの素子である90°Hybrid素子も開発し、挿入損失は0.5dB程度、帯域も20nm程度確保できている。90°Hybrid素子のサイズは10mµm×100µm程度であり、非常にコンパクトなBPDが実現できる。
実際に90°Hybrid素子とAPDを組み合わせて試作したBPDを評価するための試作品写真を図10に示す。評価の結果、同相信号除去比を十分確保でき、周波数特性は3dB帯域で8GHzを超えていることから、10Gbpsの動作を確保できている。この数値は、センシング用途に用いる場合十分な帯域であり、実際のセンサー向け光集積プラットフォームに組み込む予定である。
図10 BPD評価向け試作品
最後に光センシング向けシリコンフォトニクス光集積プラットフォームの一例として、多点型レーザー振動計(参考文献6)で必要とされる光素子を集積化したシリコンフォトニクス光集積チップを図11に示す。わずか1.5mm×1mm規模のチップ内に多点型レーザー振動計に必要とされる位相変調器やAPD、PBSなどが組み込まれ、プロトタイプのパッケージサイズでも5cm×3cmのサイズに収まっていることが分かる。
図11 多点型レーザー振動計向け
シリコンフォトニクス光プラットフォーム
シリコンフォトニクスは、光通信に利用される素子として開発が進んできていたが、今後は今回紹介したような機能素子や異種材料接合による新たな機能を保有した素子を用いた光集積回路のベースプラットフォームとして、さらに広い分野で開発が進んでいくことが期待されている。特に、光センシング分野では小型化・多機能化による適用範囲の拡大が期待されていることから、OKIの光センシング技術との融合を目指し、さらに光素子やそれらを統合した光集積回路の開発を実施していく予定である。
この成果の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP13004)の結果得られたものです。
(参考文献1)インテル・リサーチ、ムーアの法則を加速し、2030年までに1兆トランジスタ達成に向け前進(外部サイト)
(参考文献2)Y.Onawa, et al.:Polarization insensitive wavelength demultiplexer using arrayed waveguide grating and polarization rotator/splitter,ELECTRONICS LETTERS 18th April 2019 Vol.55 No.8 pp.475-476
(参考文献3)八重樫浩樹:シリコンフォトニクス技術を用いたIoTネットワーク向け超小型トランシーバーの開発、OKIテクニカルレビュー第229号、Vol.84 No.1、pp56-59、2017年5月
(参考文献4)高橋博之、太縄陽介、佐々木浩紀、志村大輔、増田誠:シリコンフォトニクス技術と光バイオセンサーへの展開、OKIテクニカルレビュー第237号 Vol.88 No.1、pp54-57、2021年5月
(参考文献5)小野英輝:高感度低偏波依存1600nm帯受光可能な導波路型Ge-APD、信学技報 2020 LQE2020-7
(参考文献6)丹野洋祐、木村広太、藤井亮浩、佐々木浩紀:光ファイバーベース多点型レーザー振動計、OKIテクニカルレビュー第236号 Vol.87 No.2、pp16-19、2020年11月
志村大輔:Daisuke Shimura. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
太縄陽介:Yosuke Onawa. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
岡山秀彰:Hideaki Okayama. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
小野英輝:Hideki Ono. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
伊藤正紀:Masanori Itoh. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部