技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

新技術および新商品紹介

GaNデバイスの社会実装に向けたQSTxCFBによる新技術

カーボンニュートラル達成に向けた取組みが加速する中、社会のエネルギー効率を向上するため、半導体デバイスの高性能化のニーズが高まっている。

OKIは、LEDとICの独自の異種材料接合技術により一体化するCFB(Crystal Film Bonding)(注1)技術の量産化に、2006年に世界に先駆けて成功した(参考文献1)。以来、一体化されたLED素子の出荷実績は1,000億ドットを超え、量産信頼性の高いコア技術として確立した。

上記事例では、反射構造を形成したIC上へのLED一体化で発光効率も高め、デバイスのエネルギー効率も向上した。CFB適用により生まれる新たな構造は、さらに半導体デバイスの付加価値創出に貢献する。

CFB技術をLEDだけでなく、さまざまな結晶材料やデバイスへ拡張し、半導体デバイスの付加価値向上に貢献する取組みが「CFBソリューション」(図1)であり、シード基板から高性能な材料や異種機能のデバイス(結晶層フィルム)を剥離し、異なる基板上に接合することでCFB基板を実現する。

ここで、CFBソリューションのビジネスモデルを二つ紹介する。一つ目は、「接合型CFBビジネス」であり、結晶フィルムを異種材料からなる基板上へ接合したCFB基板を販売する。二つ目は、「提供型CFBビジネス」であり、結晶フィルムをキャリア基板上に仮接合し、お客様工程で結晶フィルムの転写を可能にするライセンス提供も含むビジネスである。提供型CFBは、基板サイズの違いや装置制約を超えて、CFBを提供できる。

現在、マイクロLEDディスプレイ、MEMSデバイス、光デバイス、そして、本稿で紹介するパワーデバイスの4分野への貢献を目指し、開発を進めている。

本稿では、カーボンニュートラル社会の実現に向けて期待される次世代パワーデバイスの動向から、GaN(窒化ガリウム)デバイスの課題を明確にした後、信越化学工業株式会社殿(以下、信越化学)のQST(注2)基板とOKIのCFB技術との共創による縦型GaN(窒化ガリウム)デバイス実現に向けた新技術について紹介する。

次世代パワーデバイスの市場・技術動向

次世代パワーデバイスは、大幅な市場成長が見込まれ、2035年には、現在の30倍以上の5.4兆円の市場規模になると予測(参考文献2)されている。電力、交通、産業、EV(電気自動車)、小型家電、通信など、電気を使う幅広い機器に搭載される極めて重要なデバイスである。

次世代パワーデバイスに対する高い期待の理由は、従来のSiパワーデバイスの材料性能限界にある。たとえば、エンジン・タービンなどの電動化では、大電力化のための高耐圧化と低消費電力化のための低抵抗化の両立が求められる。高耐圧化のためには、素子を厚膜化すればよいが、厚膜化することで電気抵抗が増大する。すなわち、高耐圧化と低抵抗化はトレードオフの関係にあり、Siパワーデバイスでは、現状の技術課題を打破する高性能化が困難である。

そこで、Siパワー半導体の物性限界を超える新たな材料を用いた次世代パワーデバイスが注目されている。その代表的な材料は、SiC(炭化シリコン)、GaN、Ga2O3(酸化ガリウム)、ダイアモンドである。これらの候補のうち、特性と実現性で有望視されている材料が、SiCとGaNである。

GaNの高い材料特性

図2は、パワーデバイスの材料固有の特性限界を示す指標であり、素子がどれだけの高電圧に耐えられるかを示すブレークダウン耐圧とデバイスの効率に関係するオン抵抗の関係で表現され(参考文献3)、右下ほど高性能な材料である。GaNはSiCと比べて、ブレークダウン耐圧で2倍高く、オン抵抗は1/4と小さく、GaNの材料特性がSiCに比べて高いことが分かる。

さらに、GaNと結晶構造や格子定数が近いAlN(窒化アルミ)は、SiCよりブレークダウン耐圧は35倍高く、オン抵抗は1/50と非常に小さく、驚異的な高性能を示す。また、GaNとAlNの中間の性能を持つAlGaNやAlInGaNなど混晶化合物半導体としても利用できるため、GaN系技術の追求は、AlNやAlGaNやAlInGaNの実用化へも貢献する。

以上から、GaNおよびGaN系混晶化合物半導体の材料特性は、SiCを大きく上回る。そのため、GaNを用いたパワー半導体の普及により、900kWh(1500V)などEVの次世代急速充電が実現した場合、充電時間は数分程度に短縮できる可能性がある。GaNは社会のエネルギー効率向上に多大な貢献が期待できる。



図2 パワーデバイス材料の特性理論限界

縦型GaNデバイスの普及課題

高いポテンシャルを持つGaNであるが、比較的大きな電流を制御できる縦型GaNデバイスの普及に向けては大きな課題がある。そのため現時点では、次世代パワーデバイスで最も大きな市場規模が予測されているEV市場では、GaNよりもSiC優勢との見方が強い。

現状の縦型GaNデバイスの課題を図3にまとめた。GaN on Siは、低コストなSi(111)基板上にGaNを結晶成長する技術である。GaNとSiは、格子定数ミスマッチが17%と大きいため、Si上へ直接結晶成長はできない。さらに、熱膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion:CTE)差は、結晶成長温度の1,000K付近で約20%と非常に大きいため、室温での残留応力が非常に大きく、大量のクラックや欠陥が発生する。そこで、バッファー層を導入することで、格子定数ミスマッチや残留応力による結晶欠陥発生を緩和し、結晶成長を可能にしている。しかし、このバッファー層が絶縁性のため、縦型導電ができないという課題がある。

一方、GaN on GaNは、GaN基板上にGaN成長する理想的な技術である。格子定数は一致し、バッファー層は不要なため、縦型導電が可能である。しかし、基板コストが非常に高いため、基板径が2~4インチに限定され大口径が実現できていないため、普及には至っていない。

以上から、縦型GaNデバイスの普及課題は、課題①基板の大口径化と課題②縦型導電デバイス構造を両立させることにある。



図3 従来GaN技術の縦型GaNに向けた課題

信越化学のQST基板の特長

課題①大口径化を実現するQST基板の構造を図4に示す。QST基板は、GaNにCTEが近い多結晶AlNを含むCTE matched Coreが中心にあり、その周囲を複数層の無機膜で構成されるエンジニア層でコーティングしている。上面は、BOX(埋め込み酸化膜)層を介して、Si(111)が形成されているため、QST基板上にGaNの結晶成長が可能である。


図4 QST基板構造(提供元:信越化学)

QST基板の最大の特長は、図5に示すように、広範囲な温度で、GaNとCTEが近いことであり、以下のような多くの優位性をもつ。

  1. 高品質で高耐圧な厚膜GaNを実現
  2. バッファー層の簡略化で高スループットを実現
  3. 標準規格の基板厚を実現
  4. 8インチの大口径化を実現
  5. さまざまなGaNデバイスを実証済み

高い材料性能の優位性と共に、生産性、コストも極めて優れるため、課題①大口径化を解決できる。一方、絶縁性のQST基板上では課題②縦型導電の実現は困難である。次章では、信越化学との共創により縦型導電を実現した結果を報告する。



図5 各種基板のCTE温度依存(提供元:信越化学)

信越化学のQSTxOKIのCFBによる共創成果

本共創成果による課題②縦型導電の構造的解決を実証した評価サンプルの結果を図6に示す。この評価サンプルは、導電性のSi基板上に形成したメタル層上に、QST基板から剥離したGaN機能層のみを、絶縁層を除去した状態でCFBしたものである。図6右上段には、上面写真を示し、図6右下段は、断面の電子顕微鏡(SEM)写真を示す。CFB後に600℃の熱処理を行ったが、剥がれ浮き無く強固に接合されていることが分かる。なお、接合基板としては、Si以外に、熱伝導特性の高いSiC基板や、絶縁特性の高いガラス基板を用いてCFB評価を行い、同様の結果を確認している。



図6 QSTxCFBの縦型GaNデバイスに向けた新技術

試作したデバイスの電気特性評価結果として、CFB界面のコンタクト抵抗値を明らかにした(図7)。CFBしたn+GaN(Siドープ濃度5x1018)サンプルの構造とコンタクト抵抗測定方法を示す。図7(a)はCFB後の状態であり、n-GaNは厚み5500nm、n+GaNは厚み500nmである。CFB Sub.は、N型のSi(100)基板を用いた。図7(a)に対し、n-GaNをドライエッチングし、n+GaNを露出させ、表面2か所にTi/Al電極を形成し、600℃の熱処理を行った。完成した測定サンプルの断面構造を図7(b)に示す。図7(c)は断面SEM写真であり、n+GaNに対しTi/Alのコンタクト電極を形成した。

コンタクト抵抗の測定方法は、図7(b)に示すように、まずP1-P2間抵抗測定で上面コンタクト抵抗値を算出、P1-P3間抵抗測定値から上面コンタクト抵抗値とn+GaNの理論抵抗値を減算し、CFB界面の抵抗値を算出した。図7(d)より、P1-P3間は、良好なオーミックコンタクトが形成されている。さらに、抵抗値を電流経路面積換算し抵抗率を算出すると、6.33x10-7Ωcm²となった。Ti/Alとn+GaNとの抵抗率は、10-6~10-8Ωcm²と報告(参考文献4)され、CFB界面のコンタクト特性も良好であり、CFBによる劣化は無いといえる。



図7 CFB後のn+GaNコンタクト抵抗測定サンプルと測定

あとがき

本稿では、信越化学との共創により、新たな発想で創出した縦型GaNデバイスに向けた新技術について紹介した。今後、縦型GaNデバイスの動作実証を進め、本共創技術の社会実装を推進し、社会のエネルギー効率を向上することで、カーボンニュートラルへの貢献を目指す。

謝辞

本開発は、信越化学工業株式会社殿との共創によるものです。心より感謝申し上げます。

参考文献

(参考文献1)中島則夫:高速・高階調印刷を実現する小型LEDヘッド、OKIテクニカルレビュー第227号、Vol.83 No.1、2016年5月
(参考文献2)2023年版 次世代パワーデバイス&パワエレ関連機器市場の現状と将来展望、P12、富士経済、2023年3月3日
(参考文献3)J. Y. Tsao, et al.:Ultrawide-Bandgap Semiconductors:Research Opportunities and Challenges, Advanced Electronic Materials, vol.4,Issue1, 1600501, 04 Dec. 2017
(参考文献4)B. P. Luther, et al.:Investigation of the mechanism for Ohmic contact formation in Al and Ti/Al contacts to n-type GaN, Appl. Phys. Lett. 70, 57-59, 06 Jan. 1997

筆者紹介

谷川兼一:Kenichi Tanigawa. イノベーション事業開発センター CFB開発部
鈴木貴人:Takahito Suzuki. イノベーション事業開発センター CFB開発部
古田裕典:Hironori Furuta. イノベーション事業開発センター CFB開発部
石川琢磨:Takuma Ishikawa. イノベーション事業開発センター CFB開発部
塙遼平:Ryohei Hanawa. イノベーション事業開発センター CFB開発部

用語解説

ドライエッチング
反応性のガスやイオン、ラジカルで材料をエッチングする方法。
オーミックコンタクト
半導体-金属間の電気的な障壁が存在せず十分小さな接触抵抗の状態、電流電圧特性は正負ともに線形となる。





  • (注1)CFBは、OKIの日本登録商標です。
  • (注2)QSTは、Qromis Substrate Technologyの略。Qromis社(US)の米国登録商標。同社が開発したGaN成長専用の複合材料基板技術。2019年に信越化学がライセンス取得。
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