近年、少子高齢化・人口減少に伴い、物流トラックやバス・タクシーなど公共交通機関での運転手不足、高齢ドライバーの運転操作ミスなどによる交通事故が社会問題となっている。その解決手段として自動運転が期待され、現在、車両に搭載されたカメラやレーダーなどの各種センサーにより収集した周囲情報に基づく「自律型」の自動運転(レベル2~3(参考文献1))が導入されつつある。
しかし、ビルや壁などによる死角がある街中で運転手を必要としない完全自動運転(レベル4~5)を実現するためには、V2X(Vehicle to Everything)通信技術により周囲の車両情報や交通情報を互いに共有する「協調型」の自動運転システムが必要になる(図1)。
図1 協調型自動運転
たとえば、高速道路の合流部では、進入路の走行車両からは遮音壁や高欄の存在や高低差により本線の走行車両の確認ができないケースが想定されるため、V2I通信により路側車両検知センサー情報や走行車両情報を互いに共有することで路側管制による本線車両協調合流支援での自動運転が実現できる(図2)。
自動運転の実現に必要な要素技術の研究開発は2018年より内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/自動運転(システムとサービスの拡張)で実施された。
図2 路側管制による本線車両協調合流支援
またデジタル田園都市国家構想の実現に向けた取組みとして、今後取りまとめられるデジタルライフライン全国総合整備計画では、2024年度より高速道路の一部区間が物流サービス支援を目的とした自動運転支援道として設定され、前述した合流支援などの自動運転の社会実装が計画されている。
これまでOKIはITSインフラベンダーとして、1980年代後半から主にITS分野で路側装置の開発に着手し、国内ITSサービスが開始された1990年代後半から道路管理者などにITSシステムを導入してきた。代表的な製品として、VICS(注1)、ETC(注2)、ETC2.0(注2)などの路側機、道路・交通管理者向けプローブ関連システム、LocoMobi(注3)2.0による民間向けの車両位置管理サービスなどがある。
さらに、V2I通信やV2V通信に関する研究開発にもいち早く取り組み、V2X通信技術の検討・規格化などの活動にも携わってきた。具体的には、2012年度より国土交通省国土技術政策総合研究所(以下、国総研)が主催する「次世代の協調ITS」に関する共同研究へ継続的に参画し、技術基準・技術仕様などの検討を推進してきた。
これらの成果を踏まえ、2018年度からは国総研「次世代の協調ITSの実用化に向けた技術開発に関する共同研究」、総務省「周波数ひっ迫対策技術試験事務」へ参画し、高速道路合流部での自動運転を支援する道路側からの情報提供について、収集・提供する情報内容、情報フォーマット、技術仕様案の検討、実験システム構築と実証実験などに取り組んでいる(参考文献2)。
また、2022年度にはSIP事業「協調型自動運転のユースケースを実現する5.9GHz帯V2Xシステムの通信プロトコルの検討」に取り組んだ。本稿では、このSIP事業での成果を紹介する。
日本では、760MHz帯の周波数へのV2Xシステムの導入を進めているが、欧州・米国はじめ諸外国では5.9GHz帯の周波数へのV2Xシステムの導入が本格化している。そのため日本でも世界共通の周波数帯である5.9GHz帯への導入の検討が開始された。5.9GHz帯の新たな通信方式を導入するにあたっての課題である通信プロトコル案の設計、および無線機仕様を検討した。通信方式は、複数検討されているが、ここではC-V2X方式について説明する。
(1)通信機能の設計
①通信プロトコル案の検討
SIP協調型自動運転ユースケース(SIP UC)(参考文献3)を5.9GHz帯で実現するための通信プロトコル案の、プロトコルスタック、通信制御フロー、通信諸元(機能、動作、インターフェース)を整理した。欧米の通信プロトコル仕様をベースにユースケースの実現可能性を検討し、「管制/合意」に対応するため新たな機能(宛先の特定、要求/応答処理)を追加した。また、ITS情報通信システム推進会議(以下、ITSフォーラム)による通信シナリオ案(ITS FORUM RC-017(参考文献4))に基づく通信シーケンスを詳細化し、アプリケーション、各プロトコルスタック、情報提供元の関係を整理することで、妥当性を確認した。図3に通信シーケンス例を示す。
②メッセージセット案の検討
SIP UCのメッセージ構成は、ITSフォーラムでの検討結果(ITS FORUM RC-017)を踏まえ、ユースケース間での共通化を考慮した情報要素と利用ユースケース、サイズを整理した。表1にメッセージセット案の概要を示す。
表1 メッセージセット案(概要)
③シミュレーションによる通信性能評価
高速道路の合流部又は一般道の交差点でのSIP UCが混在(かつ干渉源が存在)する環境下で、30MHz帯域内で複数のチャネルを割り当て、複数ユースケースのメッセージ(情報要素)を多重化した場合の通信性能評価を実施した。
表2にシミュレーション評価条件の概要、表3に通信シミュレーション評価結果例を示す。複数チャネル割当ては、V2IとV2Vユースケースは場面が異なることから、別のチャネルとした。
表2 通信シミュレーション評価条件(概要)
(ユースケース組合せ、チャネル割当て)
表3 シミュレーション評価結果例
(パケット到達率)
複数チャネル割当てを比較した結果、V2V通信のユースケースを20MHz帯域内で2チャネルに割り当てた場合よりも、1チャネルに割り当てた場合の方が、通信品質が概ね良い結果となった。これらの結果より、複数のユースケースが同時に発生し、通信量が大きい状況下で通信品質を改善するには、少ないチャネル数で情報要素をまとめて一つのパケットで送信することが有効と考えられる。これは、情報要素の多重化により、帯域あたりのパケット送信数を削減できるためである。
(2)無線機仕様検討および実証実験
①無線機仕様の検討
システム構成、機器構成、機能/特性/インターフェースは、(1)でまとめた通信プロトコルに対応した無線機仕様として整理した。表4に5.9GHz帯V2X無線機仕様案を示す。
表4 無線機仕様案
(一般的条件および無線設備技術的条件の一部抜粋)
②テストコースでの実証実験
通信チャネル割当て効果は、高速道路の合流部および一般道の交差点での各チャネルの通信トラフィック量を模擬した環境下で通信性能を測定し、シミュレーション結果と比較して評価した。
図4に実証実験風景、図5に通信距離対パケット到達率に対する実証実験結果例を示す。
実証実験でも、シミュレーションと同様の傾向が得られることが確認できた。
図4 実証実験風景
図5 実証実験結果例:V2V
(実験:実線、シミュレーション:点線)
本SIP事業では、SIP第2期の研究開発で得られた、SIP UCに対する無線通信技術への具体的な要求仕様を作成したロードマップに基づき、協調型自動運転の実現へ向け、5.9GHz帯V2Xシステムの導入に係る課題解決および検討を加速するため、その導入に必要となる通信プロトコルを含めた無線機仕様を検討した。
通信プロトコルの検討に際しては、制度、規格などの国際動向を踏まえ、5.9GHz帯V2Xシステムの通信メッセージや通信チャネルなどの通信要件を検討した。また、通信プロトコル案の設計および無線機仕様の検討に際しては、電波伝搬特性や通信チャネル間干渉の影響などを考慮した通信シミュレーション評価結果および実証実験結果に基づき、通信手順、プロトコルスタックなどの通信プロトコル案、および複数ユースケース混在時の共通化や拡張性などのメッセージセット案を検討し、無線機仕様案に反映した。
検討した通信プロトコル案を含めた無線機の仕様をもって、協調型自動運転の実現へ向け、各研究機関、各企業で整合を図り、検討に取り組んでいく。
なお、本稿には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人を務め、内閣府が実施した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/自動運転(システムとサービスの拡張)」(NEDO管理番号:JPNP18012)の成果が含まれている。
OKIは、これまでに開発したV2X通信技術を活用し、社会実装フェーズに向けたインフラ協調ITSサービスの開発を進めている。V2I通信により周囲の車両情報や交通情報を互いに共有する路側インフラ無線通信装置の開発に加え、路側インフラ無線通信装置や路側インフラセンサーから得られるプローブ情報を活用した未来予測技術による交通需要制御などのOKIのインフラ協調ITSサービスを拡充していく。社会課題を解決する次世代のITSインフラベンダーを目指し、今後も協調型自動運転の実現に向け産学官と連携し活動を推進していく。
(参考文献1)官民 ITS 構想・ロードマップ 2020 [9.5MB](外部サイト)
(参考文献2)平本美智代、岡本駿志:自動運転の合流を支援するインフラ協調型LiDARの車両計測技術、OKIテクニカルレビュー第240号、vol.89 No.2、pp.44-46、2022年11月
(参考文献3)SIP協調型自動運転ユースケース -2019年度協調型自動運転通信方式検討TF活動報告- [1.9MB](外部サイト)
(参考文献4)SIP協調型自動運転ユースケースに関する通信シナリオ/通信要件の検討資料 ITS FORUM RC-017 1.0版 [6.5MB](外部サイト)
矢野貴大:Takahiro Yano. 技術本部 先行開発センター モビリティIoT先行開発部
阿部智:Satoshi Abe. 技術本部 先行開発センター モビリティIoT先行開発部
奥山和典:Kazunori Okuyama. 技術本部 先行開発センター モビリティIoT先行開発部
浅野欽也:Kinya Asano. 技術本部 先行開発センター モビリティIoT先行開発部