技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

新技術および新商品紹介

デジタルツインを活用したスムーズな交通流の実現

交通分野の社会課題として事故削減・渋滞緩和が挙げられるが、課題解決には効果的な交通施策によるスムーズな交通流の実現が重要である。このような背景のもと、OKIは社会課題解決に貢献するため、交通プローブデータを活用した道路管理システムや渋滞予測技術・交通異常検知技術をこれまで多数開発している(参考文献1)。そして、次のステップとして、さまざまな交通施策の仮想検証を可能にする交通のデジタルツイン構築技術を研究開発している。本稿では、デジタルツインの活用とその課題や交通プローブデータの概要を説明した後、デジタルツインの要となる交通流シミュレーションと、交通流シミュレーションの再現性を向上させるデータ同化技術を紹介する。

デジタルツインの活用と課題

デジタルツインとは、センシングなどによって収集した現実の観測データをもとに、仮想空間上で現実の状態を再現する技術のことである。再現した仮想空間を現実の「仮想的な双子」と見立ててデジタルツインと呼ばれている。現実を精度よく再現したデジタルツインを構築することで、その先の未来もより現実に即してシミュレートすることが可能になる。精度の高い仮想空間で現実の未来予測・分析や将来製品の試作などを実施できればコストの削減や品質の向上に繋がる。交通分野で考えると、デジタルツインを活用することでさまざまな交通施策の効果を多角的に検証することができ、道路管理者は事故削減・渋滞緩和に向けた最適な意思決定を行える(図1)



図1 交通のデジタルツイン

このようにデジタルツインの活用によりさまざまな効果を見込めるが、デジタルツインの構築には課題もある。デジタルツイン構築の要であるシミュレーションだが、現実を精度よく再現するには適切なシミュレーションモデルの設定が必要である。たとえば交通流のモデルには道路特性や車両特性などを表す複数のパラメーターが含まれるが、それらのパラメーターが適切な値でなければシミュレーションは現実を再現できない。すなわち、現実に即したシミュレーションの構築には適切なモデルパラメーターの設定が重要である。しかし多くの場合、適切なモデルパラメーターは既知ではないため、経験則や試行錯誤によって決定し、精度に不安が残ったり設定に手間がかかったりするという課題があった。そこで「収集したデータをもとに、現実に即したシミュレーションを容易に構築できる」ことが期待されている。

交通プローブデータによる交通流把握

次に、交通のデジタルツイン構築に用いる交通プローブデータの概要を説明する。交通プローブデータとは、車載器を搭載している走行車両から道路上に設置されたアンテナを介して収集した交通情報を指す。車両や車載器の基本情報のほか、時刻や位置、速度や加速度といった走行履歴情報と挙動履歴情報から構成される。

交通プローブデータをもとに縦軸を時刻、横軸を位置として、各時空間に記録時の平均速度を色付けすると道路情報を可視化できる(図2)図2の黒点線はある車両の走行軌跡をイメージしたものである。図2では車両は左から右へ走行し、平均速度が高い色の薄い領域ではスムーズに移動できるが、平均速度が低い色の濃い領域では移動に時間がかかる様子を表している。このように、交通プローブデータから得られる情報によってリアルタイムに交通流を把握することができる。



図2 交通プローブデータの可視化

交通流シミュレーション

交通流シミュレーションは交通流モデルに基づいて計算を実行して交通状態を再現するが、交通流モデルは多数あり、さまざまな研究がされている。OKIは東京大学の藤井准教授(吉村・藤井研究室)と交通流シミュレーションについて共同研究している(参考文献2)。今回は、共同研究の中で扱う交通流シミュレーションモデルの一つであるCTM(Cell Transmission Model)の概要を説明する。

CTMは交通流を流体と捉えたモデルであり、道路を単位区間(セル)に区切って、各セルに関して車両台数が保存するように各セルへ流入・流出する交通量の変化を計算する。具体的に言えば、セル内の車両台数から流出する車両台数を引いて流入する車両台数を足すことで次時刻の車両台数を計算するイメージである(図3)。交通集中渋滞は、たとえば高速道路では上り坂やサグ部(下り坂から上り坂に変化する凹部)、トンネル入り口や車線数減少地点などにあたる箇所を起点として、流入できる限界の交通量を超えた場合に発生する。渋滞が発生する閾(しきい)値となる交通量を交通容量といい、道路の特性などによって異なる。この交通容量はモデルパラメーターの一つであり、CTMには交通容量のほかにも、セル内に許容できる車両台数を表す最大交通密度や、発生した渋滞が上流へ延伸していく速度を表す渋滞伝播速度といった複数のパラメーターが含まれる。



図3 CTMの計算イメージ

これらのモデルパラメーターは必ずしも直接測定できる量ではないため、従来は経験的あるいは実験的にパラメーターを決定していた。しかし、モデルパラメーターは道路構造や車両特性などによって変化しうる。従って、シミュレーション精度を悪化させないためにはシミュレーションする対象や状況が変化する度に職人技のようなパラメーター調整が必要になるが、経験豊富な担当者が毎回細かなパラメーター調整を行うのは現実的ではない。そこで著者は、次に説明するデータ同化技術を交通流シミュレーションに適用することで、誰でも容易に精度の高いシミュレーションを活用できるように研究開発を進めている。

交通流シミュレーション×データ同化技術

データ同化は観測データをもとにシミュレーション結果がより現実に近くなるようにシミュレーション結果やモデルパラメーターを修正する統計的手法である。これまで海洋・気象分野などで数値計算による予測の高精度化や高速化が盛んに研究されてきた(参考文献3)。著者は、観測データがあればモデルパラメーターを機械的に修正できる点に着目し、上で述べた交通流シミュレーション活用に対する課題を解決するため、「交通流シミュレーション×データ同化技術」の研究をしている。本研究では、交通プローブデータをもとにデータ同化技術でモデルパラメーターを修正し、実際の交通流を精度良く再現する交通流シミュレーションの自動構築を目指している。交通流シミュレーションの自動構築フローを図4に示す。

まず、観測データを入力する。観測データはシミュレーションの初期条件作成やデータ同化に使われる。本研究では観測データとして交通プローブデータを用いるが、交通プローブデータは道路上に設置されたトラフィックカウンター(定点観測器)のデータとは異なり、走行車両からの各地点での情報が得られるため、データ同化をより効果的に行うことができる。次に、シミュレーションとデータ同化を実行する。本研究ではアンサンブルカルマンフィルターと呼ばれるデータ同化手法を扱う。アンサンブルカルマンフィルターはシミュレーション結果に対するデータ同化を逐次行う手法であり、あらかじめ定めた時間ステップごとにシミュレーションとデータ同化によるモデルパラメーターの修正を繰り返し実行する。すなわち、モデルパラメーターは時間ステップごとに徐々に修正されていく。このプロセスにより、初めは現実に合わない結果を出力するシミュレーション設定でも、最終的に適切なモデルパラメーターに修正されて現実に即したシミュレーションが実行可能になる。



図4 交通流シミュレーションの自動構築フロー

データ同化技術の適用結果

データ同化技術を適用することで交通流シミュレーションの精度が改善される結果例を図5に示す。図5(a)、(b)、(c)図2のように時空間で速度情報を可視化したものである。図5(a)は実際の観測データ、図5(b)は過去データから概算して用意した初期パラメーターでのシミュレーション結果、図5(c)はデータ同化技術適用後のシミュレーション結果を示している。図5(b)図5(a)に比べて渋滞が過剰にシミュレートされ、渋滞の時空間的な形状や各セルの平均速度などに大きな違いがある。一方で、図5(c)はデータ同化によって実際の交通流に近いシミュレーション結果になっていることが分かる。これは交通流シミュレーションのモデルパラメーターが初期値から修正されたためである。直接測定ができないパラメーターは、過去データから概算することはできても実態に合うような細かな調整が難しいため、データ同化によるパラメーター推定は非常に有効である。


図5 データ同化技術の適用結果例

交通流シミュレーションのモデルパラメーターのうち、例として渋滞起点となる箇所の交通容量とセルの最大交通密度について、データ同化技術によってモデルパラメーターの値が修正される過程を図6に示す。縦軸が各パラメーターの値、横軸が時間ステップ(シミュレーションとデータ同化の実行間隔)である。時間ステップごとのデータ同化によって初期値からパラメーターが変化していき、やがて一定の値に収束していく様子が見られる。

このように、データ同化技術を活用すると実験的に最適な値を探索することなく、自動でモデルパラメーターを修正して現実に近いシミュレーションを構築することが可能となる。



図6 パラメーター修正の過程

まとめ

本稿では、交通のデジタルツイン構築技術として交通流シミュレーションと交通プローブデータを用いたデータ同化技術について述べた。特にデータ同化技術は、デジタルツイン構築の課題であるシミュレーションの精度不安やパラメーター設定の手間を解決できる技術であることを説明した。デジタルツインの構築により、経済的影響や時間的制約などから実検証が難しい施策についても容易に効果検証が可能になるため、従来よりも効果的な施策やこれまでにない新しい施策が為され、困難であった社会課題の解決が期待される。

さらに今後は自動運転車の普及に伴い、各車両の細かな制御も可能になることが予想される。そのような各車両挙動の最適化も交通のデジタルツインを活用することで実施できると考える。各車両挙動も表現できる交通流シミュレーションモデルにもデータ同化技術を適用し、細やかな交通流制御も可能にすることを今後の検討としたい。

参考文献

(参考文献1)増田淳基、松平正樹、林正博:ETC2.0プローブデータを利用した高速道の渋滞予測・交通異常検知技術、OKIテクニカルレビュー第233号、Vol86 No.1、p52-55、2019年5月
(参考文献2)高橋徹、阿部和規、藤井秀樹、伊加田恵志、松平正樹:動的ハイブリッド交通流シミュレーションモデルの開発と高速道路の実データを用いた検証、日本シミュレーション学会論文誌、13巻1号、p37-47、2021年
(参考文献3)気象庁気象研究所、データ同化技術と観測データの高度利用に関する研究、令和3年8月 [548KB]PDFopennew_gray(外部サイト)

筆者紹介

鈴木貴大:Takahiro Suzuki. 技術本部 先行開発センター センシング先行開発部

Get Adobe Reader
PDFの閲覧にはAdobe Readerが必要です。Adobe社のサイトからダウンロードしてください。

ページの先頭へ

公的研究費の不正使用および研究活動における不正行為等に係る通報も上記で受け付けます。

Special Contents

      • YouTube

      お問い合わせ

      お問い合わせ