日本は超高齢社会を迎え、労働者人口はさらに減少する見込みである。国が推進する健康経営では、特に従業員の健康保持および増進に投資して労働者の健康行動を促し、生産性を向上させることが重要とされている。これに対しOKIは、スマートフォンアプリを通じたメッセージングにより健康行動を促すソリューションを開発している。本稿では、このソリューションの特徴や機能、メッセージによる健康行動の促進効果を検証した実験について述べる。実験では、行動のきっかけを与えるメッセージや報酬メッセージの効果が認められた。また、後述する行動変容ステージに応じて適したメッセージ種類が示唆された。
日本は、高齢化率21%を超えて超高齢社会となっている(参考文献1)。推計では2060年の高齢化率は35%を超え、労働者人口は減少する見込みである。そのため、労働力の確保と生産性の向上は企業にとって重要な課題である。
日本政府は国民の健康寿命を延ばすため、各種の健康施策を進めている。その中に健康経営の推進がある。これは、従業員の健康保持および増進への投資により、従業員の活力や生産性の向上などを促し、業績向上や組織としての価値向上へ繋がることを期待している(参考文献2)。
健康経営では、成果指標の一つとしてプレゼンティーズムを用いる。プレゼンティーズムは、健康問題に起因したパフォーマンスの損失を表す指標であり、たとえば欠勤には至らないが、健康問題が要因で生産性が低下する状態などがあげられる。プレゼンティーズムの改善には、健康の保持・増進につながる五つの行動(快適性を感じる、コミュニケーションする、休息・気分転換をする、体を動かす、健康意識を高める)を誘発するオフィス環境の整備が重要である。経済産業省の健康経営オフィスレポートでは、これらの環境を整備することにより、健康状態が改善し、パフォーマンスの向上へ繋がるとしている(参考文献2)。
(1)行動変容ソリューションの概要
近年、スマートフォンを通じて健康行動を誘発するさまざまなソリューションが提供されている。たとえば、健康行動をある程度実行すると、報酬金やポイントによるインセンティブ(金銭的価値)を提供するものがある。しかし、インセンティブだけを行動の動機づけに用いる場合、インセンティブ付与が無くなると動機が無くなり、行動しなくなるという問題がある。
これに対しOKIでは、スマートフォンを通じてインセンティブだけに頼らずに行動変容を促すソリューションを開発中である(参考文献3)(図1)。このソリューションは、ユーザーの行動に合わせて適切なタイミングで効果的なメッセージを通知し、利用者に行動変容を促すものである。
図1 OKIの行動変容ソリューション
OKIのメッセージの特徴は、行動をしやすい最適なタイミングできっかけを与え、期待される行動の直後にその行動を褒めるメッセージを報酬としてスマートフォンで通知することにより、利用者の健康意識を高め、行動の習慣化を支援する点である。メッセージを通知する状況やメッセージ内容(介入規則)については、行動科学や健康行動に基づいて設計している。また利用者ごとに個別化された適切なメッセージを送るために、スマートフォンや環境に設置したセンサーなどで収集されるデータを蓄積、分析している(図2)。
図2 メッセージの制御
行動変容モデルの一つである多理論統合モデル(Transtheoretical Model)では、習慣化の段階は、図3に示す行動変容ステージモデルに従い、前熟考期・熟考期・準備期・実行期・維持期という五つのステージを通って習慣化されるとしている(参考文献4)。
図3 行動変容ステージモデル
前熟考期・熟考期はまだ習慣化すべき行動を行っていない状態であり、実行期・維持期は行動を行っている状態、準備期はその中間にあたる。各ステージに適したメッセージを利用者に伝えることで先のステージに進み、行動の習慣化に繋がると言われている。
OKIの行動変容ソリューションでは、実行期や維持期などの既に行動している利用者には、行動のきっかけやアドバイスを伝え、行動の継続を支援する介入メッセージを多く通知する。逆に、熟考期や準備期の利用者はまだ行動を実行に移していないため、行動を行うメリットといった知識や情報を伝えて行動意欲や健康意識を高めるメッセージを多く通知している。
(2)OKIの行動変容ソリューション機能
次に行動変容ソリューション提供のために作成したアプリケーション(GoUP®(注1))について説明する。GoUPは、利用者の階段利用の促進を目的としたアプリケーションである。GoUPでは、当日の階段利用階数・歩数を検出し、目標値と共に数値やグラフで表示し、利用者の健康行動の状況を本人に視覚的にフィードバックし、現状の把握を促している。また、利用者内での階段利用階数・歩数のランキング機能を備え、そのランキングを常に表示している。これにより、組織やコミュニティ内での立ち位置を意識させて、競争意識を掻き立てることによるモチベーションの向上が期待できる。
行動変容のメッセージに関しては、利用者の階段利用数・歩数を逐次サーバーにアップロードする機能、あらかじめ環境に配置したビーコンの検知機能を備えている。サーバー側では、これらの情報を蓄積して利用者へ送るメッセージの個別化に使用している。利用者に対しては、図4の画面イメージのように、通知メッセージの表示機能、通知メッセージのタップによるアプリのメッセージ画面での表示機能、過去に受信したメッセージをアプリ内で確認できる履歴機能を備えている。
図4 GoUPの画面イメージ
介入メッセージによる階段利用促進効果を検証するための実験を行った(参考文献5)。実験はOKIグループ社員386名(男性303名、女性83名)を対象に約3か月間実施した。参加者は関東近郊を中心に全国の拠点の社員であり、年齢は20~60代(平均40歳)で、中でも50代が一番多く約4割を占めている。
介入メッセージの効果を検証するため、介入前の階段利用データ1か月分をベースラインとし、介入後2カ月経過後の2週間を効果検証期間として設定した。両期間での日ごと階段利用階数の平均差を効果として用いて、比較した。効果検証期間を介入開始から一定時間経過後に設けた理由は、開始直後のデータは物珍しさなどの一時的な上昇が表れ、習慣的な階段利用データの取得が難しいと考えたためである。
メッセージ種類ごとの効果を検証するため、実験参加者を約75名ずつ三つの群に分類した。表1のとおり、各群できっかけメッセージの有無や報酬メッセージ量、Tipsメッセージ量を設定した。A群はOKIの行動変容ソリューションの特徴であるきっかけメッセージと報酬メッセージを含み、B群とC群は効果検証のため、現行の健康促進アプリを想定したメッセージ条件として設定した。この際、各群の行動変容ステージの人数割合を同程度に調整した。きっかけメッセージは、「目標達成までもう少しです。」といった階段を使うきっかけとなる情報を通知する。報酬メッセージは、階段利用後にポジティブな褒めるメッセージを通知する。Tipsメッセージは、階段利用のメリットやノウハウなどの健康に関する知識を通知する。これはヘルスリテラシー(参考文献6)の向上を目的とし、行動の有益性や行動実行の簡単さを理解することで、行動する気持ちを高めるものである。
表1 各群のメッセージ条件
図5は、介入前後での参加者の平均階段利用階数の差の箱ひげ図である。きっかけメッセージを含むA群は階段利用階数が有意に増加し、Tips量の多いC群は増加傾向であった。また、A群は介入後の階段利用階数の増加した人の割合が56.1%と一番多く、5階以上増加した人数も約10%と他群と比べて大きな効果が見られた。
図5 実験前後の平均階段利用階数の差
次に行動変容ステージごとに統計的に有意な効果がみられるかどうかを分析した(表2)。なお行動変容ステージは、アンケートにより判定するため、実験の前後で参加者に回答してもらった。表2からA群の熟考期と維持期、C群の維持期に有意に効果があることが分かる。ここから、A群のきっかけメッセージや報酬メッセージは他のメッセージ種類よりも大きな効果が見られ、行動変容ソリューションの設計方針である階段を使うきっかけと階段利用を褒めるフィードバックが相互に関わり、階段の利用を促進していると考えられる。熟考期の参加者にはきっかけを与えることで階段の利用を促し、維持期の日常的に階段を利用する参加者には報酬により次の階段利用を促進していると推察される。また、Tipsの多いC群は特に維持期で特に効果があり、それ以外の行動変容ステージでも満遍なく効果が見られ、階段利用に関する知識が向上することにより一定の効果が見られることが示唆された。
表2 行動変容ステージごとの効果の有意差検定
図6は介入前後のアンケートの、前熟考期からステージ上位へ移行した人数の割合である。A群の約半数で前熟考期から熟考期以上へのステージ移行が見られるが、他群は約35%であることから、A群は前熟考期に対して意識を向上させる効果が高いと言える。つまり行動データとしては実際の階段利用数は増えていないが、意識は向上していると判断される。
図7は熟考期から実際に行動を起こした(実行期と維持期へ移行)した人数の割合である。A群の約半数が行動に移したと回答し、他群より若干割合が高い。また、A群の熟考期では、表2で示したように有意に階段利用階数が増えている。ここから、意識を伴って実際に階段利用をするようになった人が多いと考えられる。一般的に、前熟考期に対して行動変容させることは難しいとされ、行動変容させるには意識の向上により熟考期へ移行させ、きっかけとなる介入により行動させる手法が必要である。今回の結果より、A群は長期間の利用により、前熟考期の意識向上および階段利用増加への効果も期待できることが示された。
図6 前熟考期からステージが進んだ人数割合
図7 熟考期からステージが進んだ人数割合
開発中の行動変容ソリューションを大規模な実証実験により検証し、メッセージング種類による階段利用の促進の効果を確認した。
今後は、実験結果を踏まえてビーコンなどを活用したよりタイムリーな通知や効果的なメッセージの通知といった行動変容ソリューションの改良、アプリケーションの機能や表示の改善を進めて、来年度の商品化を目指して開発する。
(参考文献1)経済産業省:健康経営の推進について、pp3-4、2022年6月 [9.5MB](外部サイト)
(参考文献2)経済産業省:健康経営オフィスレポート、pp2-7、2015年 [3.4MB](外部サイト)
(参考文献3)櫻田孔司、武市梓佐:ハイブリッドワークの生産性向上を目指す行動変容技術、OKIテクニカルレビュー第239号、Vol.89 No.1、pp44-47、2022年5月
(参考文献4)e-ヘルスネット:行動変容ステージモデル、2023年9月6日(外部サイト)
(参考文献5)木村淳哉、徳満昌之、川端啓太、片桐一浩:階段利用の促進を目的としたメッセージング介入による行動変容ステージへの効果検証、情報処理学会、Vol.86、pp323-324、2023年
(参考文献6)Sorensen K, et al.: “Health literacy and public health: a systematic review and integration of definitions and models”, BMC Public Health, 2012.
木村淳哉:Atsuya Kimura. 技術本部 研究開発センター プラットフォーム研究開発部
徳満昌之:Masayuki Tokumitsu. 技術本部 研究開発センター プラットフォーム研究開発部