2022年4月、本庄工場(埼玉県本庄市)に「DX新戦略」のフラグシップ工場と位置づけ、製造業のDXを実現する新工場棟(以下、H1棟)を竣工した。その背景は、OKI中期経営計画2022「モノづくり基盤の強化」の取組みであり、社会課題の解決を通じた持続的成長を目指すOKIのフラッグシップ工場の実現である。
H1棟は、「地域社会と共存し、災害に強く、環境負荷低減に配慮したレジリエンスなスマート工場」のコンセプトを掲げ、大幅なCO2削減と地域貢献を実現し大規模生産施設として国内初となる『ZEB』(Net Zero Energy Building)認証を取得した。また、OKI中期経営計画の環境面では、地球温暖化防止に向けて2030年度にライフサイクルCO2を2020年度対比で42%削減、2050年度に工場を含む全拠点で使用するエネルギーについて実質CO2排出量をゼロにする省エネと再エネを目指している。
今回、OKIの温暖化防止推進としてH1棟のカーボンゼロを目指す考え方について紹介する。
写真1に建物外観、表1に建物概要を、図1に建物平面イメージを示す。建物は耐震壁を外周に配置した免震構造の2階建てである。建物北側は来館者のための動線としエントランスや会議室、ショールームなどを配置、南側は工場作業者の更衣室や製品の入出庫を司る受入/出荷エリアを配置している。
建物の中央部には1、2階ともに生産エリアを配置し、1階の一部を清浄度の高いクリーンルームとしている。建物の北東と南西には、角の見晴らしの良い場所に休憩室を設け作業者が休憩時間にリフレッシュできる環境を構築している。また、屋根上スペースには、空調熱源、外調機、受変電、非常用発電機などの設備をまとめると共に屋根の半分に太陽光パネルを設置している。
棟内は「木質化」が特徴的であり、大型の精密機械部品組立工場では構造部材への木材利用率は日本一である。建物に必要な耐火や耐力面での安全性能は確保しつつ、木材は地元埼玉県児玉地区産の地域資源である秩父杉を採用し地域資源循環を実現。また、木の温もりや木材への固着による省CO2などさまざまな効果をもたらしている。本庄市は戦前の製糸業繁栄時より通風性能に長けた養蚕施設があり、建物に必要な普遍的な要素である温度・湿度・空気循環などの自然調整技術がある。今回その自然調整技術を地域の歴史から取り入れている。
写真1 建物外観
表1 建物概要
図1 施設平面図(1、2階)
省エネ施設を建設するための観点を建設会社と共に時間をかけて思考した。工場のエネルギー消費は、生産設備に使用するものを除くと80%が空調、20%が照明となることからこの観点に絞り検討した。以下に項目を示す。
【空調のエネルギー低減】
①作業エリアの天井の高さをできる限り低く抑える
(空調空間を抑えることで省エネ)
②生産エリアに窓を作らない
(夏冬の外部からの熱変動を抑える)
③生産エリアの全入出口の自動ドア設置
(気密性向上による外気遮断)
④クリーン度(クラス10万以下)
(必要最低限のクリーン度で空調回転数を低減)
【照明のエネルギー低減】
①自動照明採用
(必要な場所を必要な時だけ点灯)
②センサーによる人の在不在感知
(作業者がいるときに点灯)
③照度設定のコントロール
(必要な場所だけ明るく他は減光)
建設会社だけでは絞り込めないこれら工場の観点からの省エネ技術を更に検討した。
(1)生産状況と人の在不在に応じた最適制御
従来、生産施設では、空調・換気は、機器の最大発熱量や換気回数から設定した設計風量で常時運転を実施するためにエネルギーが一定消費となる。そこで、生産設備の稼働状況に応じて室内環境をリアルタイムに最適化し省エネルギー化を図る最適制御技術を導入した。これは、製造品の質や生産量に影響は与えず、かつ働く人の安全性・快適性・生産性は維持した上で生産エリアのエネルギーを大幅に削減する制御である(図2)。
具体的には、生産エリア、生産ラインごとに制御範囲を設定し、人の在・不在や生産の稼働状況にリアルタイムに対応した照明の減光・調光制御、空調の温度設定緩和やオン/オフ、冷媒の蒸発温度制御、換気設備の風量制御を実施している。
そのための情報収集には、高性能な画像センサーを天井に設置し内蔵カメラからの情報(明るさ・人の在/不在・歩行/滞在・推定人数・活動量)を中央監視装置に送り自動で省エネ制御を行っている。
また、リアルタイムに情報をモニタリングすることも可能で、環境配慮のレイアウト変更などが可能となる。
図2 画像センサーによる照明・空調制御(大成建設資料より)
(2)BEMS(Building and Energy Management System)
収集する情報は、エリアごと・設備ごとに電力量計を設置し、いつ・どこで・どれだけのエネルギーを使用しているのかを判り易く表示するシステムであるBEMS(建物のエネルギーを管理するシステム)とデジタルサイネージを採用している(図3)。
普段意識の少ない工場消費エネルギー量を「見える化」することで工場の従業員への省エネの意識向上を図る取組みも兼ねている。また、生産エリアの室内環境(温湿度、清浄度)は、来客者も確認できるようショールームのデジタルサイネージに表示し工場環境の「見える化」を実施、「環境と品質」に対して「信用と信頼」を提供している。
図3 エネルギーの見える化(大成建設資料より)
(3)クラウドを利用したエネルギーマネジメント
BEMSによって収集したエネルギーデータは、クラウドに蓄積することで、日々のデータをいつでも・どこからでも監視できる。これらのデータは、OKIと建設会社で共有され専門技術者の運用データの分析及びその改善を共有することで、改善方法と結果をOKI側の画面上に自動的にコメントする仕組みとしている。
また、クラウドに情報を集約することで、効率的なマネジメントが可能となり、工場のニーズに合わせた環境設定の増強・変更が随時可能となった。
また、機械学習を用い、気象データ、生産機器の稼働スケジュール、過去の実績値などから発電量やエネルギー消費量の予測が検討でき、予測結果からは、熱源設備・空調機の最適な運転制御を自動で行う「オートチューニング」を建設会社に依頼し、人の手だけでは実現が難しかった省エネを更に実現可能とした(図4)。
図4 機械学習による最適運転制御(大成建設資料より)
(1)大規模生産施設の国内初の『ZEB』を達成
今回、SDGs達成や脱炭素社会の実現に向けて、工場施設エネルギーの大幅な削減を目指し検討した。『ZEB』(建物に使用する電力のゼロ化)の評価では、計画値として従来の基準建築物から一次エネルギー消費量を51%を削減し、太陽光発電により82%の創エネルギーを行うことで合計133%の一次エネルギー消費量削減を実現した。公共評価のBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)認証では最高ランクの「★★★★★」を取得、また大規模生産施設では国内初の『ZEB』認証を得た(図5)。
図5 ZEBの評価結果とBELS認証
省エネ技術としては、建物の外皮構造による環境負荷削減や自然エネルギーの活用技術を採用しつつ、最新の高効率な設備機器を採用している(図6)。また、創エネとして屋根面には480kWの太陽光発電設備を設置した。
(2)災害に強い工場施設情報のセンシング
災害に強くレジリエンスの高い施設を目指し、災害時の停電や上下水道不通時には、工場の最低限の機能維持(生産情報システムを動かせるレベル)に必要な非常用発電機と太陽光発電を備え、その燃料や電力エネルギーの残容量、受水槽の貯水残量、汚水槽の貯留可能容量などの各種センサーを使ってリアルタイムに情報を見える化し、機能維持可能時間を自動で予測するシステムを採用している。さらに、太陽光発電設備は、昼間に発電した電力を蓄電し防災設備や照明など、夜間にも給電することが可能となり、停電時には工場の最小限情報伝達を自立運転可能な仕組みとなっている。
OKIの技術である光ファイバーセンサーと建設会社の省エネ制御システムにより、新たな省エネも検討した。OKIは、温度センシング技術として光ファイバーセンサーを用いた温度データ収集技術がある。センシング内容は、光ファイバーを敷設することにより、光ファイバーの周囲温度を1m間隔でリアルタイムに収集できる。その1m間隔の温度分布データをBEMSに送ることによりAIにより分析することで、空調制御のより良い省エネ効果を得ようとするものである。
図7はOKIの工場内にある基板実装設備に光ファイバーセンサーを敷設し、その周囲の分布温度を測定しBEMSにより検証する概要である。
(光ファイバーセンサーの特徴)
•1m単位の分布温度計測
•1σ=±1℃の温度計測精度
•1秒間隔のリアルタイム温度計測
本共創は、実証実験で省エネの有効性を確認し、省エネが更に見込めることが判っている。しかし、H1棟の生産稼働時間は、日中の始業・終業または24時間稼働の時間が決定しているため、リアルタイムに温度変化が生じることが少ない。そのためリアルタイムでセンシングするのではなく24時間収集データをパターン化してBEMSにモデルとして学習させることを採用した。なお、現在工場内設備への敷設は実施していない。センシングするデータは、リアルタイムな変化を収集し有効利用できるデータと収集してパターン化しモデル化できるデータがある。それをよく見極めて空調運転計画をするべきである。リアルタイムなセンシング機能が世に多く出回っているが、工場施設は、計測したデータを時間軸でパターン化しモデル化することで十分な制御ができることから無駄なセンシング費用を掛けぬ見極めは重要である。
本H1棟は、環境負荷低減や地域産材を利用しレジリエンスの高い施設を目指した工場である。特に、エネルギーを多く消費する生産施設でありながら、パッシブな技術や高効率施設設備、高度な制御技術を積極的に採用することで『ZEB』を達成した。さらに、『ZEB』では評価できない生産エリアのエネルギー消費量を含めた評価『ZEF』(Net Zero Energy Factory)により、H1棟全体の電力のゼロ化を構築し現在の計画段階で『Nearly ZEF』を実現している。今後、建物の運用データを収集・分析し完全な『ZEF』の達成を目指す。また、H1棟は、『ZEB』『ZEF』に留まらず生産設備まで含めたH1棟のカーボンゼロに向けて進み始めている。図8はカーボンゼロへのSTEPを示す。当初、設計段階では休日の余剰電力を考慮しH1棟の待機電力で消費できる屋根半分の設置から検討していたが、工場敷地内の他施設への供給と『ZEF』達成に向け追加の太陽光発電の設置を実施した。2023年4月より、更に491kWの太陽光発電が可能となる。
図8 カーボンゼロへのSTEP
また、H1棟のカーボンゼロを目指すには更に省エネは必要不可欠であり、特に生産計画情報・設備稼働情報・従業員情報などのH1棟の製造情報と建設会社のエネルギー分析との連動が重要となる。しかし、これらの情報は機密性が高く会社間の相互利用には難しさがある。そこで情報を加工し機密性をなくすことで会社間の壁を越えた情報の相互交換ができるような仕組みを考えていきたい。今後は、カーボンゼロのフロントランナー工場として推進すると共に、省エネに必要な情報や省エネ技術を広く公開し世の中に貢献できるOKIのH1棟としていきたい。
関口守康:Moriyasu Sekiguchi. 生産調達統括本部 本庄工場