近年、カーボンニュートラルの実現に向けた動きがグローバルに加速している。情報通信機技術(以下、ICT)分野でも、機器自体の省電力化だけではなく、ICTを活用した社会全体のエネルギー利用の効率化などが試みられている。
OKIは「社会の大丈夫をつくっていく。」をキーメッセージに掲げ、持続可能な社会の実現に取り組んでいる。本稿では、環境貢献価値を高める研究開発の方向性を検討するため、研究開発テーマの環境貢献量ポテンシャル(将来の可能性)を評価した。この評価では、技術の利用シーンを想定し、利用単位ごとの単位削減効果を算出した。さらに、社会全体に対するポテンシャルを想定するため、単位削減効果と市場規模の掛け算で削減貢献量を算定した。これらの結果の分析に基づき、環境貢献を意識した研究開発の方向性について述べる。
ICTの利用シーンは多様かつ広範囲で、その環境負荷低減が社会に及ぼす影響は大きいが、環境貢献効果の正確な評価は難しい。
ICTの環境貢献は、直接貢献と間接貢献に大別される。直接貢献とは、ICT機器やデバイスの低消費電力化により、直接的に環境負荷を低減するものである。間接貢献とは、ICTの活用が人や物の移動の削減などに寄与し、エネルギー利用の最適化・高効率化などにより、間接的に環境負荷を低減するものである。
実際のICT利用シーンには、直接貢献と間接貢献の両面がある。例えば古いテレビ会議システムの更新による環境貢献の効果を考えた場合、更新による消費電力量の削減による直接貢献もあるが、より人の移動が不要となり、車や公共交通機関の移動が削減されるという間接貢献もある。
このように、ICTが与える影響は時間的にも空間的にも広範囲になるため、システムが与える効果を多様な角度から検討する必要がある。
環境貢献価値が高い製品を提供するには、研究開発段階から環境を意識した研究開発を行うことが有効である。利用シーンが多様な要素技術であれば、適応可能な製品が拡大し、結果として社会に大きな影響を与えることが期待できる。さらに、価値検証の初期段階では環境の観点も検討項目に入れることで、新たな価値や別用途の可能性の発見に繋がることもある。
本稿では、環境貢献価値を高める研究開発の方向性を検討するため、現在進めている研究開発テーマの環境貢献量のポテンシャル評価を試みた。この評価を行うことで、各技術の理解が深まり、環境貢献の方向性検討に役立つと考えたためである。
今回の試算には、電子情報技術産業協会(JEITA)グリーンIT推進委員会IT/IoTグリーン貢献専門委員会が発表している解説書(参考文献1)を参照した。本書で、ICTに特化した環境貢献量の定量評価が例示されている。
社会全体に対する削減貢献のポテンシャルを想定する削減貢献量は、単位削減効果と市場規模の掛け算と定義し、年間のCO2排出量を算定した。算定のステップとして、(1)利用シーンの想定、(2)単位削減効果の算定、(3)市場規模算定の順に進めた。それぞれの算定ステップについて詳しく述べる。
(1)利用シーンの想定
想定する利用シーンには、技術が使われる代表的かつ効果的なシーンを一つ設定した。
(2)単位削減効果の算定
単位削減貢献量は、活動量と排出原単位の掛け算と定義した。活動量とは、ICTの活用により環境の観点で社会に影響を及ぼす活動の変化量を表す。活動量の算定は、想定したシーンの導入前後で変化する活動をリストアップし、それらの活動によって増減する変化量を計算した。さらに、各活動が環境に与えるプラスの効果(CO2排出量が減少する)とマイナスの効果(CO2排出量が増加する)に分類・整理した。排出原単位は、主に環境省が公開している排出原単位データベース(参考文献2)を参考にした。そして、プラスの効果によって削減が期待できるCO2排出量と、マイナスの効果によって増加するCO2排出量の正味を計算し、単位削減効果を算定した。
(3)市場規模の算定
市場規模の算定は、公開されている市場レポートやフェルミ推定(既知データからの未知データの概算)を行い、(1)で想定した利用シーンの国内存在数を推定した。
前章で示した方法を使い、取組中の各研究開発テーマの評価を試みた。その中から二つの具体例を示す。
(1)AIモデル軽量化技術「PCAS」
AIモデル軽量化技術「PCAS」(参考文献3)とは、OKIが開発したディープラーニングモデルの演算数を削減し軽量化する技術である。この技術は、経団連が進める「チャレンジ・ゼロ」の取組みに登録されている(参考文献4)。この技術では、広域監視を行う監視カメラで、人物や異常を検知するAI認識モデルを軽量化するというシーンを想定した。想定したシーンでは環境観点で増減する活動として、プラスの効果を消費電力の削減とした。さらに、24時間365日稼働する監視カメラの電力消費量が80%削減されると想定した。市場規模は市場レポート(参考文献5)の値を参照した。その結果、単位削減効果は0.96[tCO2(注1)/台]であり、市場規模を130万台と仮定し、削減貢献量は1.2M[tCO2]と算定した。
(2)ゼロエナジーゲートウェイ技術
ゼロエナジーゲートウェイ(以下、ZE-GW)とは、太陽光電池駆動の外部電源不要な社会インフラ用センサーである(参考文献6)。橋りょうや斜面、鉄塔などのインフラ構造物に設置することで現場状況の遠隔監視を可能とする。利用シーンのイメージを図1に示す。今回は、河川を高感度カメラ付きZE-GWで遠隔監視を行うシーンを想定した。想定したシーンでは環境観点で増減する活動として、プラスの効果を、従来必要だった電源工事の作業削減と、電源を必要とする監視カメラ消費電力の削減とした。マイナスの効果を、高感度カメラ付きZE-GWによる電力消費量の増加とした。プラスの効果である、電源工事の作業削減は6.9[tCO2/台]、監視カメラ消費電力の削減では0.04[tCO2/台]、マイナスの効果のZE-GWによる消費電力の増加は、0.11[kCO2/台]であるという算定が得られた。市場規模は国土交通省が発表する総河川距離の値より、等間隔にZE-GWカメラを設置した場合を想定した。その結果、単位削減効果は6.93[tCO2/台]であり、市場規模は2.7万台と仮定し、削減貢献量は0.18M[tCO2]と算定した。
図1 ゼロエナジーゲートウェイ技術の環境貢献試算例
他研究開発テーマでも、各々の利用シーンを想定し削減貢献量を算定した。その評価結果のプロットを図2に示す。縦軸は市場規模(台数)で横軸は単位削減貢献量を示す。右上に行くほど削減貢献量のポテンシャルが高い技術となる。プロットした結果、以下の2種類のパターンに大別されると分かった。
図2 OKI研究開発テーマの環境観点からの評価
(1)パターン1
左上のグループに相当し、単位削減量は小さいが市場規模が多いパターンである。傾向として、エッジ端末の消費電力の効率化・削減するもので、製品単体の効率を向上させるテーマが多く、人や動作を対象とし、周辺に与える影響範囲が局所的である傾向がみられた。
(2)パターン2
右下のグループに相当し、単位削減効果が大きいが市場規模が少ないパターンである。傾向として、交通や物流の最適化技術が多く、高速道路やトンネルなどを対象とし、周囲に与える影響の範囲が広域的である傾向がみられた。
今回試みたポテンシャル評価は、代表的な利用シーンを想定し削減貢献量を算定した。この方法では今後検討すべき四つの課題がある。
(1)利用シーンの現実との乖離(かいり)
設定した利用シーンでは、その技術が効果的に活用された場合を想定し、算定の削減貢献量はあくまでも可能性を示したに過ぎない。研究開発段階であるためシーン自体も仮説に留まる。そのため、活動量を本当に削減できるかの信頼性も低くなるのは不可避ではある。ただし、企画や研究開発段階では、これを参考値として机上検討に活用することはできる。製品化段階では、より精緻に評価するためには、改めてシーンを現実なものに設定して再計算する必要がある。
(2)貢献範囲や波及効果の取扱い
テレビ会議システムの例でも示したとおり、一つのシステムをとっても多様な効果の方向性が考えられるため、評価時には時間的/空間的な波及を十分に考慮する必要がある。特に間接貢献の場合には、技術の本質的価値を考慮し多様な効果の可能性を検討したうえで活動量をリストアップする必要がある。今回の評価では評価対象の技術の担当者を交えて検討を進め、主となる貢献の活動についてまとめた。そのため、時間的/空間的な波及に対して十分に検討が行えてない可能性がある。貢献の波及を含めた評価を進めるためには、現場をよく知る人物との議論を進めたり、より多面的な効果を検討したり、適宜修正したりしていく必要がある。
(3)寄与率の考慮
ICTソリューションは、センシングや通信技術など、複数技術で構成されるのが一般的である。しかし、今回のポテンシャル評価では、複数の技術からなるソリューションであっても、一つの技術がすべてその削減に寄与していると仮定した。そのため、削減貢献量に対しては、技術の削減貢献程度によって寄与率を掛け合わせるのがより適切であると考える。本ポテンシャル評価では、その技術の削減貢献量が、過大評価が懸念されるため、効果をもたらすソリューションの全体構成を明らかにしたうえで、構成技術ごとの寄与率を按分(あんぶん)設定するのが適切と考える。
(4)利用シーンの多様化
複数シーンで使われる技術、例えばAIを使った最適化技術では、対象や領域によって貢献の方向性が全く異なる。本評価では一つの研究開発テーマに対して、一つの利用シーンだけを想定している限定的な評価である。特に、汎用性の高い技術の場合、多面的な角度からユースケースと利用シーンを想定する必要がある。
今回のポテンシャル評価の結果から、削減貢献量を増加させるには、いくつかのアプローチが考えられることが示唆された。具体的には、①各活動量を更に削減する方法、②排出原単位を低コストなものに切り替える方法、③市場規模を拡大させる方法の三つが挙げられる。
技術によって市場規模や最適化範囲に制限があるため、どのアプローチをとるべきかを見極める必要がある。これら三つのアプローチと、評価結果で得られた、OKIの研究開発テーマの貢献の2種類のパターンを考慮し、環境価値を高める研究開発の方向性について検討を進めた。
一つ目は、技術の汎用性を高める方向性である。主にエッジ端末の消費電力を効率化・削減するものや、人の動作など局所的な情報を扱う技術では、現在想定しているシーン以外のシーンでも活用できればパターンが広がり、結果として、全体の削減貢献量が増加することが期待できる。汎用性を高めるアイディアとして、環境耐性を高めたり、対応するセンサーのパターンを増やしたり技術を発展させることが挙げられる。
二つ目は、対象とする適応範囲を広域にする方向性である。主に、交通・物流領域や高速道路やトンネルなどインフラ領域では、広範囲を最適化する技術として対象を拡大させることで、削減できる活動量が増加することが期待できる。適応範囲を広域にするアイディアとして、考慮するパラメーターを増やして最適化能力を高度化したり、一つのセンサーで広範囲を監視できるようにしたり、より多くの情報を扱い高度な最適化を行う技術へと発展させることが挙げられる。
このような技術へ発展させるためには、汎用性の高いセンサー群と、各種センサーから得られた情報を取得して一括管理できるような情報プラットフォームが有効であると考えられる。そのためには、多種多様なエッジ端末が混在する状況下でも柔軟な連携制御が行えたり、簡単に社内外のデータやシステムが統合できたり、システムの拡張が柔軟に行えたりなどの取組みをより一層進めていくことが求められる。
研究開発でも、初期段階から環境意識を高めるためには、各段階で、定期的に環境観点からの評価することが有効であると考える。例えば、想定顧客や市場のピポッドや技術高度化のタイミングで、評価を定期実施するのが理想的である。
これをシステマチックに行うため、技術開発・ビジネス推進の各段階で、環境観点での評価を適宜行う仕組みを組み込むことも検討したいと考えている。
本稿では、研究開発テーマ環境貢献量のポテンシャル評価方法と、その結果を具体例を挙げ説明した。また、本評価で考慮できていない四つの課題にも触れた。評価結果からは、環境貢献価値を高めるアプローチと今後の研究開発の方向性について述べた。
本評価で検討した内容を考慮し、研究開発段階から環境貢献への意識を一層高め、環境観点からも「社会の大丈夫をつくっていく。」ための取組みを推進していく。
(参考文献1)JEITA グリーンIT推進協議会:ITソリューションによる社会全体の省エネ貢献量
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate.html(外部サイト)
(参考文献2)環境省:サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出等の算定のための排出原単位データベース
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate.html(外部サイト)
(参考文献3)NEDOニュースリリース、ディープラーニングモデルの新たな軽量化技術を開発、2019年9月9日
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101191.html(外部サイト)
(参考文献4)チャレンジ・ゼロ:ディープラーニング軽量化技術による高度AI処理の電力消費効率の改善
https://www.challenge-zero.jp/jp/casestudy/28(外部サイト)
(参考文献5)矢野経済研究所:ネットワークカメラ/VCA画像解析システム市場(2021)
(参考文献6)橋爪洋、久保祐樹、依田淳:ゼロエナジー高感度カメラ~電源配線不要、昼夜問わずインフラの現場を鮮明にリモート撮影~、OKIテクニカルレビュー第239号、Vol.89 No.1、pp20-23、2022年5月
鈴木まり:Mari Suzuki. イノベーション事業開発センター 企画室
竹内晃一:Koichi Takeuchi. 技術本部 技術企画部 戦略企画室