2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略として半導体・情報通信産業では、①デジタル化によるエネルギー需要の効率化・省CO2化の促進(グリーンbyデジタル)と、②デジタル機器・情報通信産業自身の省エネ・グリーン化(グリーンofデジタル)の二つを推進していくとしている(参考文献1)。特に、「グリーンbyデジタル」はIoT化による効率的な運用を表し、多種多様なセンサー情報の利用を前提としている。例えば、次世代スマートメーターでは電力、ガス、水量など複数の情報を収集してエネルギー供給を最適化することで脱炭素に貢献している。また、光ファイバーセンサーは、通常のセンサーとは一線を画す長距離の連続データや過酷環境下で計測できるため、付加価値の高い省エネシステム実現が期待できる。
OKIでは、光ファイバー温度・歪み(ひずみ)センサー(WX1033)(参考文献2)や振動センサー(参考文献3)を開発し、これまで本誌を通して技術、実証実験、ソリューションなどを紹介してきた。本稿では、改めて光ファイバーセンサーの特長や付加価値を整理し、省エネ社会との関連性を紹介する。
OKIが開発している光ファイバーセンサーは、一般に分布型光ファイバーセンサーと呼ばれ、光ファイバーに沿った温度、歪み、振動などを計測することができる。分布型光ファイバーセンサーの仕組みを図1に示す。光ファイバーに光を入射すると、光ファイバー中に存在する散乱点で微量の散乱光(レイリー散乱光)が発生し、このうち入射側へ戻る散乱光を後方散乱光と呼ぶ。散乱光は光ファイバーの製造に起因する微小な屈折率のゆらぎによって生じるもので、通信用途では伝送損失や雑音となるため本来は好ましくない現象である。しかし、この散乱光を上手く利用することで光ファイバーセンシングができる。後方散乱光は光ファイバーの各位置で発生するため、光を入射してから入射端に到達する時間から後方散乱光の発生位置を特定することができ、数十kmもの連続的な測定ができる。また、散乱光にはレイリー散乱光、ブリルアン散乱光、ラマン散乱光の三つがあり、これらは光ファイバーの一部に温度、歪みの変化や振動などが加わると強度や周波数、位相が変化するため、この変化を解析することにより数十kmもの光ファイバーに沿ったさまざまな物理現象を捉えることができる。センサーである光ファイバー自身も「細径、軽量のため構造物への一体化が容易」、「耐久性、耐腐食性に優れ長寿命」、「過酷環境下(腐食、防爆、電磁ノイズ、超高温、低温)でも高信頼な計測が可能」といった特長があり、電気式のセンサーにはない優位性がある。このように、光ファイバーセンサーによって長距離にわたる物理現象が測定できるようになり、「グリーンbyデジタル」への貢献が期待される。
図1 光ファイバーセンサーの仕組み
次章では、省エネ社会に貢献する光ファイバーセンシング技術として、超高温設備のオンライン監視システムと、交通流円滑化のための車両計測を紹介する。
光ファイバー自身はガラスで構成され、融点が1000℃以上あるため超高温領域でのセンシングに適している。ここでは超高温領域での光ファイバーセンシングの一例として次世代火力発電への取組みを以下に述べる。
日本のCO2排出量のうち電力由来が占める割合は約4割と最も多く、2050年にかけて現在の石炭火力から太陽光や風力発電のような再生可能エネルギー及び水素やアンモニアを燃料としたCO2を排出しないゼロエミッション火力へ移行する予定である(参考文献4)。この時、火力発電は再生可能エネルギーの出力変動を補償するための調整運用(負荷追従運転)が主な役割となる。また、火力発電自体の効率化も進められ、先進超々臨界圧発電(A-USC)(参考文献5)という方法で蒸気温度の高温化(700℃級)による発電効率の10%向上、CO2排出量10%削減が取り組まれている。しかし、このような超高温設備の出力調整運用の長期安定運用の実績はなく、さまざまな課題が挙げられている。例えば、蒸気温度700℃級のボイラーでは、伝熱管の表面温度が常時750℃に達し、燃焼が不安定になると局部的に加熱される領域(ホットスポット)が生じ、図2に示すような破断が起きてしまう。そのため、設備故障による計画外停止、事故のリスクやエネルギーロスを回避するために、伝熱管表面の温度分布や「き裂」を監視するシステムが求められている。
図2 ボイラー伝熱管の噴破事例
本取組みは、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の先導研究プログラムで実施した内容であり、我々は超高温設備に適した仕様として空間分解能10cm、測定距離500m、測定時間1秒の性能をもつ光ファイバー温度・歪みセンサーをSDH-BOTDR方式により実現した(参考文献6)。また、光ファイバーセンサーで取得したデータから歪みが時間とともに増加するクリープ現象を高速かつ大規模に解析し(大規模クリープ解析)、デジタルツイン技術を利用したリアルタイムな異常検知と余寿命を把握するオンライン監視システムを構築することができる(図3)。
図3 超高温設備のオンライン監視システム例
超高温設備を模擬した光ファイバーセンサーの評価として、図4(a)に示すような管状電気炉を使用した超高温試験を実施した。超高温対応の光ファイバーには、0.8mmφのSUS管に挿入された金コーティングファイバーを使用し、電気炉内の正確な温度分布は炉内中央に5cm間隔で3本の熱電対を設置して測定した。
電気炉の温度を750℃から最大950℃まで変化させた時の温度測定結果を図4(b)に示す。約30cmの電気炉内の温度変化の分布が正確に測定でき、ホットスポットを特定できることが確認できた。また時系列変化では、若干のバラつきが見られるものの熱電対の測定範囲内でよく一致した結果が得られた。熱電対平均値と光ファイバーの温度誤差は最大で5℃となり、JIS C1602K基準熱電対クラス2(±5.6℃以下)と同等の性能で測定できることを実証した。
図4 超高温領域環境下での測定結果
光ファイバーセンサーは前述のように超高温領域を測定できる一方、僅かな振動も敏感に検出することができる。ここでは、光ファイバー振動センサーの交通流(道路における車の流れ)計測への適用を紹介する。
自動車全体のCO2排出量は2020年時点で全体の15.5%もあり、これは電力、産業部門に次ぐ排出量になる(参考文献7)。「グリーンbyデジタル」の観点から見る自動車CO2削減の代表的な取組みは、渋滞緩和や走行速度の改善である。ガソリン車のCO2排出係数原単位から計算すると、走行速度が20km/hから40km/hになるとCO2排出量は約30%低減することになる(参考文献8)。従って、交通流を円滑化して、走行速度を向上させることは、CO2排出量削減に向けた重要な課題となっている。
現在、交通流の計測には磁気センサーやカメラによるトラフィックカウンターが使用され、首都圏の高速道路では約2km間隔で設置されている。しかし、このシステムを全国規模に拡張するとなると、莫大な導入コストと電力が必要となる。一方で光ファイバーケーブルは、道路交通監視用としてほぼ全ての高速道路に敷設され、また全国の直轄国道にも道路管理用として約3万km敷設され、このうち約2万kmが民間に開放されているため、全国規模の交通流を計測できる環境が整っている。図5に光ファイバー振動センサーによる交通流計測のイメージを示す。
図5 光ファイバー振動センサーによる交通流計測のイメージ
光ファイバー振動センサーは50kmに及ぶ分布振動計測ができ、時間経過に伴う振動位置の傾きから自動車の速度を、軌跡の数から台数をリアルタイムに算出することができる。光ファイバー振動センサーによる広範囲な交通流の情報は渋滞予測の精度を更に向上させることができるため、交通量の分散などの渋滞緩和対策に貢献できる。OKIはΦ-OTDR方式という光ファイバー振動センサーをベースに、検出技術、コスト面に優れた試作機を開発している(参考文献9)。
光ファイバー振動センサーによる交通流計測の検証実験として、OKI本庄工場の敷地内にある本庄ITSテストコースで実施した車両計測結果を紹介する。図6(a)に本庄ITSテストコースでの車両計測実験の概略を示す。本実験では、テストコースの車線脇に約200mの光ファイバーを直置きし、横の車線を車両で走行することで、車両振動の計測を試みた。図6(b)に本実験の計測結果を示し、左図は1台の車両による振動計測結果を、右図は参考データとして二人が順方向に、一人が逆方向に走った際の振動を測定した結果を示している。
図6 光ファイバー振動センサーによる車両計測実験
グラフの横軸は光ファイバーの入射端からの距離、縦軸は測定時間を示し、振動周波数がコントラストで表示されている。図中の矢印で示すように、グラフ上の時間経過に伴う振動の軌跡を視認することができ、傾きから移動速度を特定できる。計測結果より車両では44km/h、人物では7.8~13km/hと算出でき、車両だけでなく人が走る際に発生する微弱な振動までも計測できることを確認できた。今後、AI分析により交通量だけでなく事故や逆走などの事象検知を目指していく。
本稿では、省エネ社会に貢献する光ファイバーセンサーとして、超高温設備のオンライン監視システムと、交通流の円滑化による渋滞の緩和について紹介した。光ファイバーセンサーは分布計測という強力なアドバンテージをもつセンサーであり、計測対象を面的に観測でき、付加価値の高い情報を取得できるため、超高温設備の異常検知や渋滞予測の高精度化を実現できる。また、今回紹介した事例に限らず温度センサーでは化学プラントの反応装置、振動センサーでは鉄道沿線の災害検知など潜在的な活用領域が多くあるため、引き続き市場ニーズの発掘を進めていく。
(参考文献1)経済産業省:2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/pdf/green_honbun.pdf [3.3MB](外部サイト)
(参考文献2)K. Koizumi et al.,: High-speed distributed strain measurement using brillouin optical time-domain reflectometry based-on self-delayed heterodyne detection, ECOC2015, P.1.07 (2015).
(参考文献3)N. Yamashiro et al.,: Adaptive Gauge Length Method to Avoid Fading Effect for Phase-sensitive OTDR, OFS2020, T2A.2 (2020).
(参考文献4)JERA:JERAゼロエミッション2050
https://www.jera.co.jp/corporate/zeroemission/(外部サイト)
(参考文献5)福田雅文:A-USCの概要、日本機械学会年次大会講演論文集、Vol.8、pp.182-185、2007年
(参考文献6)小泉健吾、村井仁:次世代火力発電設備モニタリングを実現する高空間分解能光ファイバーセンサー、OKIテクニカルレビュー第239号、Vol.89、No.1、pp.12-15、2022年5月
(参考文献7)国土交通省:運輸部門における二酸化炭素排出量
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html(外部サイト)
(参考文献8)国土技術政策総合研究所 研究資料 自動車走行時の二酸化炭素排出係数及び燃料消費率の算定
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0671pdf/ks067111.pdf [2.8MB](外部サイト)
(参考文献9)山城直毅、神田祥宏、村井仁:環境モニタリングのための光ファイバー振動センサーの研究開発、OKIテクニカルレビュー第240号、Vol.89、No.2、pp.42-45、2022年11月
小泉健吾:Kengo Koizumi. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
山城直毅:Naoki Yamashiro. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
村井仁:Hitoshi Murai. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部