技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

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ハイブリッドワークの生産性向上を目指す行動変容技術

新型コロナウイルス流行を契機に、オフィスワーカーの働き方はオフィスからテレワークを含むハイブリッドワークに移行している。このような労働環境変化の中で、オフィスとテレワークのそれぞれの特徴を踏まえた生産性向上の仕組みづくりが急がれる。本稿では、労働時間削減と成果増大の両方の観点からハイブリッドワークの生産性向上に求められるワーカーの行動を明らかにし、この行動を定着させるための行動変容技術について述べ、同技術の活用例としてオフィスでの階段利用促進実験を紹介する。

日本のオフィスワーカーの現状

日本の労働生産性(従業員一人当たりの付加価値)とエンゲージメント(組織に対する貢献意欲)は欧米諸国に比べ低く、労働生産性は米国比56%、熱意あるワーカーの割合はワーカー全体の6%(米国での割合は31%)との調査結果が出されている(参考文献1)(参考文献2)。特に、2020年にパンデミックとなった新型コロナウイルスの影響により、オフィスワーカーの働き方は半強制的にオフィスからテレワークにシフトし、運動不足とストレスによる健康問題や、コミュニケーション不足による組織力低下の声が聞かれるようになった。

現在、テレワークの発展形として、オフィスとテレワークを組み合わせたハイブリッドワークに注目が集まっている。通勤コスト削減やオフィス縮小により組織の生産性やワーカーの満足度を向上させる狙いがあるが、欧米のレベルまで生産性を高めるためには、先に述べた健康問題やコミュニケーション不足への積極的な対策により、ワーカー一人ひとりの労働時間を削減し、同時に、成果(付加価値)を増大させる必要がある。

労働時間削減の行動

労働時間を削減するためには、ワーカーが業務に集中できるよう職場環境を整えること、また、業務プロセスを見直して無駄な時間を見つけることが重要と考える。このうち、ワーカーやチームの行動レベルで対策が可能な要素として、プレゼンティーズムと会議を取り上げる。

(1)プレゼンティーズム

プレゼンティーズムは、健康問題による出勤時の生産性低下を指す用語であり、経済産業省の試算によると、従業員一人当たりの年間の生産性損失として健康関連総コスト約72万円のうち、約56万円がプレゼンティーズムによる損失とされている(参考文献3)。プレゼンティーズムの解消には、運動器・感覚器障害、メンタルヘルス不調、心身症、のそれぞれの予防・改善が必要で、そのためには下記の五つの行動が有効である(参考文献4)

  1. 快適性を感じる(姿勢を正す、触感・空気・光・音・香り・パーソナルスペースを快適と感じる)
  2. コミュニケーションする(気軽に話す、挨拶する、笑う、感謝する・される、同僚や会社を知る、共同で作業する)
  3. 休憩・気分転換する(飲食する、雑談する、新聞を読む、インターネットをみる、音楽を聴く、仮眠する、ひとりになる、など)
  4. 体を動かす(座位行動を減らす、歩く、階段を利用する、ストレッチを行う、健康器具を利用する)
  5. 健康意識を高める(健康情報を閲覧する、自分の健康状態をチェックする)

(2)会議

2017年~2018年の調査によると1万人規模の企業での無駄な会議時間は67万時間(約332人の年間労働時間に相当)、企業の損失額は年間15億円の規模にのぼる(参考文献5)。テレワークが普及した現在の状況では、通勤などの移動時間が短くなった分、1日あたりの会議開催回数が増える傾向にあるが、遠隔会議は対面の会議とは異なり、非言語情報(視線やジェスチャー)が伝達しにくいため、心理的安全性(お互いが肩の力を抜いて、弱い部分もさらけ出すことができるチームの関係性)の高いコミュニケーションがしにくく、決定事項に参加者の納得感が得られない事態が起きやすい。

対面会議でも遠隔会議でも、所定の時間内に全員が納得する決定事項を得るためには、ファシリテーション技法などに沿って合意形成と相互理解に至るスムーズなコミュニケーション行動が求められる。

成果増大の行動

2012年、高い成果を生むチームが持つ成功因子を調査研究する大規模なプロジェクトが行われ(参考文献6)、その結果、成果はチームに属する個人の能力とは関係がなく、チームの協力で発揮される能力の高さ(集団的知性)が重要であることが明らかとなった。これを高める最も大きな成功因子が先に述べた心理的安全性である。心理的安全性を確保するためには、①発言機会を均等にすること、②他人の感情や想いを読み取り、自分の発言が他者に与える影響を理解できること、③安全なつながりを感じさせる言動ができること、が必要となる。

ダニエル・キムが提唱する成功循環モデル(参考文献7)では、チームで良好な信頼関係が構築されると(関係の質)、ワーカーの思考がポジティブに変化し(思考の質)、自発的なチャレンジ行動が生まれて(行動の質)、高い成果が得られ(結果の質)、これが関係の質をさらに高める。関係の質は成功循環の源流として最も重要なポイントであり、これがまさに心理的安全性に相当する。

一方、新たな付加価値の創造という観点では、イノベーションに適したナレッジマネジメントのフレームワークとしてSECIモデルが考案されている(参考文献8)。このモデルでは個人が持つ知識や経験の暗黙知(言語化が困難な知識)を他者と共有して形式知(言語化された知識)として可視化し、これらを連結することで新たな形式知を創出する。最初のステップである暗黙知の共有は、異なる暗黙知を持つ者同士による気軽なコミュニケーションが有効であり、オンラインよりもリアルな場の活用が望ましいとされている。

企業内のコミュニケーションが生産性に及ぼす影響を調査した関連研究では、次数中心性(やり取りする相手の多さ)ではなく媒介中心性(人から人への橋渡しのしやすさ)が企業の成果に影響を及ぼすことが明らかになっている(参考文献9)。成果を上げるためには、単に多数の社員がコミュニケーションを取り合うよりも、適切な相手から適切な情報を能動的に獲得することの方が重要であることを示唆している。

以上をまとめると、同じ職場やプロジェクトの仲間で構成される人的ネットワークでは、互いが弱い部分もさらけ出せるような、心理的安全性の高い交流行動がチームの一体感を高めて成果を増大させ、ちょっとした知人や知人の知人で構成される人的ネットワークでは、互いがその場で気軽に声をかけ合えるような、リアルな場を中心とした偶発的な交流行動がイノベーティブな価値創出の機会を増やして成果を増大させるのに役立つ。

ここまで、組織の生産性向上に役立つワーカーの行動を明らかにした(図1)。なお、テレワーク環境では情報伝達手段がインターネットや電話に限られ、ワーカーの生産性を高める行動への働きかけのしやすさの点でやや不利である。そのため、ハイブリッドワークでのワーカーの行動を改善するには、オフィス環境にある空間・設備・情報システムを積極的に活用することが望ましい。


図1 ワーカー行動による生産性向上のイメージ

行動変容技術によるワーカー行動の改善

これまでOKIは、ヘルスケア事業への展開を目指し(参考文献10)、行動科学に基づいて人の行動をよりよいものに変化させる行動変容技術に取り組んできた(参考文献11)。この技術は個人の状況に応じて、行動のきっかけとフィードバックをタイムリーに提供することで行動の習慣化を目指している。図1に示したワーカーの行動に働きかけることで、組織の生産性向上の分野にも適用できる。

ここでは、オフィス環境で体を動かすことによってプレゼンティーズムを改善し、生産性向上を図る場合を例にとりながら、行動変容技術を紹介する。技術の原理を図2に示す。

(1)行動のきっかけ

行動は、動機と能力ときっかけの条件がマッチしたときに起きやすいことがわかっている(参考文献12)。動機は行動を起こすことの意欲の度合いであり、能力は身体的能力、知的能力、環境(時間、資金、居場所、天候など)の観点で行動を実行しやすいかどうかの度合いである。きっかけは行動を起こす合図である。

行動変容技術では、個人の属性、行動、環境の各データを収集し、これらから行動ごとの動機と能力を推定する。そして、動機と能力に基づいて、個人が受容し、挑戦してみたいと感じられる心理状態にマッチするよう、適度な難易度の具体的行動の候補を抽出する。その後、その行動を実行するのにふさわしい状況の発生を待って、本人の端末にきっかけのメッセージをプッシュ配信する。

階段利用行動を例にとると、オフィス勤務中の階段利用の頻度と利用段数の履歴から同行動に対する動機と能力を推定し、能力よりわずかに難易度の高い行動、たとえば、毎日3フロアの階段昇降を2回程度利用している場合には、「1日2回、各4フロア分の昇降」を抽出する。そして、本人がエレベーターホールにいて、かつ、エレベーターが混雑している状況を検出して、本人の端末に階段利用のきっかけとなる情報を配信する。

(2)行動のフィードバック

行動の直後に心地よさを引き起こすフィードバックがあれば、脳内にドーパミンなどの化学物質が分泌され、神経回路が強められる。それによって行動の出現頻度が高まり(強化)、逆にフィードバックを与えない場合には行動の出現頻度が低くなる(消去)という学習メカニズムが知られている(参考文献13)。また、行動に対して無関心の状態からすでに習慣化された状態までの五つの段階(行動変容ステージ)に対して、前期のステージでは外発的動機付け(金銭的インセンティブや他者からの評価、強制など)が有効であり、後期のステージでは内発的動機付け(楽しさ、達成感、利他性など)が有効である(参考文献14)

行動変容技術では、望ましい行動を検出すると、即座に行動変容ステージに応じたフィードバックのメッセージを本人の端末にプッシュ配信する。

階段利用行動の場合には、たとえば、階段利用が終了したタイミングを見計らって、行動変容ステージが低ければ外発的動機付けに相当する「金銭的インセンティブに相当するポイントやくじ」を、行動変容ステージが高ければ内発的動機付けに相当する「エレベーター利用回避による地球環境への貢献度」を、それぞれ本人の端末に配信する。


図2 行動変容技術の原理

(3)行動変容を実現する様々な技法

人は直感や思い込みによる非合理な選択を行うことがある。これを巧みに活用して人の行動を変える技法がナッジ(参考文献15)や仕掛学(参考文献16)として知られている。行動変容技術では、これらの技法を行動のきっかけやフィードバックの介入コンテンツとして取り込んでいる。

たとえば、階段昇降の累積段数が切りのよい数値(1万段など)に近づいたときに、その状況を可視化してプッシュ配信すると、未完の仕事を完成させたくなるという心理的傾向(ツァイガルニク効果)によって行動が起きやすくなる。

一方、行動変容ステージのモデル(参考文献17)では、行動変容ステージに合った介入技法が体系化されている。たとえば、行動変容ステージが前期の場合には、このままの行動では「まずい」と感じさせ、行動を起こすことのメリットを理解させることが有効とされている。一方、行動変容ステージが後期の場合には、具体的な行動のやり方を認識させることが効果的である。従って、行動変容技術では、行動変容ステージに応じて、対象行動に関する知識や行動変容のコツを適切なタイミングで配信する。

行動変容技術をオフィスの階段利用促進とワーカー間の交流促進に適用した場合の利用例を図3に示す。階段利用促進では、オフィスの空間情報を活用してタイムリーに行動のきっかけとフィーバックをワーカーに提供し、プレゼンティーズムの改善を促す。交流促進では、テレワークによるチームワークの低下を検知して、ワーカーのオフィス出社を誘発し、オフィスでの気軽な会話の活性化により、チームの心理的安全性を高める。


図3 行動変容技術の適用例

動機付けと習慣化の事例(階段利用促進実験)

行動変容技術を用いて、オフィスビルでの階段利用促進の実験を行った(参考文献18)。実験システムは、建物内の階段・通路・エレベーターホールに設置したセンサーやカメラ、さらにはワーカー自身が携帯するスマートフォンの内蔵センサーから、ワーカーの行動情報をクラウドに収集し、ワーカーの行動状況に応じて、階段利用などの健康行動を誘発するメッセージをスマートフォンにタイムリーに通知するものである。

2021年3月~4月に鹿島建設株式会社殿のオフィスビルで実験を行った結果、階段を利用するワーカー(行動変容ステージが後期に属するワーカー)が、実験前に比べて約40%増加することが確認できた。さらに、実験前後で健康意識が高まった被験者が6割以上になり、継続的に階段を利用するモチベーションが向上したことを示す数値(自己効力感)も高まったことから、健康行動の習慣化および動機付けに一定の効果があることを実証した。


図4 階段利用促進実験の構成と結果

おわりに

今後、ハイブリッドワークの生産性向上を支える行動変容サービスの実現に向けて、介入コンテンツ個々のワーカーへの適合性を高める技術改良を進める。

また、行動変容技術を使うことで、さまざまな行動の幅広い行動変容ステージの人々の意識・行動の変化を期待できるので、ヘルスケア分野だけでなく気候変動など他分野への技術展開も検討する。「わかっているけどできない、継続できない」という人々の声に寄り添い、OKIやパートナー企業の社員による大規模な実証実験を実施し、より精度の高い行動変容サービスの実現を目指したい。

謝辞

階段利用促進実験は鹿島建設株式会社との共同研究により実施されたものであり、ここに感謝の意を表する。

参考文献

(参考文献1)日本生産性本部:労働生産性の国際比較、pp.3-17、2021年
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/report_2021.pdf [2.6MB] PDF(外部サイト)
(参考文献2)Gallup:State of the Global Workplace, 2017, Gallop Press
(参考文献3)経済産業省:企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版)、pp.27-28、2016年
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf [3.4MB] PDF(外部サイト)
(参考文献4)経済産業省:健康経営オフィスレポート、pp.3-7、2015年
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeieioffice_report.pdf [3.4MB] PDF(外部サイト)
(参考文献5)パーソル総合研究所/中原淳:長時間労働に関する実態調査(第一回・第二回共通)、2017-2018年
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/201812130003.html(外部サイト)
(参考文献6)Google:「効果的なチームとは何か」を知る、
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/(外部サイト)
(参考文献7)野口和裕:病まない組織のつくり方、pp.20-23、2019年、技術評論社
(参考文献8)野中郁次郎、竹中弘高:ワイズカンパニー、pp.105-109、2020年、東洋経済新報社
(参考文献9)中島賢太郎、上原克仁、都留康:企業コミュニケーション・ネットワークが生産性に及ぼす影響、経済研究、Vol.69、No.1、pp.18-34、2018年
(参考文献10)沖電気工業株式会社:OKIのヘルスケア事業の目指すところ、
https://www.oki.com/jp/yume_pro/about/healthcare.html
(参考文献11)櫻田孔司、谷口匡之、坪田東:健康行動変容技術とその応用、OKIテクニカルレビュー第234号、Vol.86 No.2、pp.56-59、2019年12月
(参考文献12)BJ Fogg, Tiny Habits, pp.18-37, 2020, Mariner Books
(参考文献13)島宗理:パフォーマンス・マネジメント、pp.1-20、2000年、米田出版
(参考文献14)松本裕史:非運動習慣者を対象とした運動動機づけ支援方略の構築に向けた調査研究、平成28年度健康・体力づくり事業財団研究助成、pp.113-128、2016年
(参考文献15)筒井義郎、山根承子:行動経済学、pp.11-136,218-219、2012年、ナツメ社
(参考文献16)松村真宏:仕掛学、pp.81-130、2016年、東洋経済新報社
(参考文献17)竹中晃二:アクティブ・ライフスタイルの構築、pp.23-52、2015年、早稲田大学出版部
(参考文献18)OKIプレスリリース、スマートビルがワーカーの健康行動をサポート、2021年7月6日
https://www.oki.com/jp/press/2021/07/z21032.html

筆者紹介

櫻田孔司:Koji Sakurada. イノベーション推進センター UX技術研究開発部
武市梓佐:Azusa Takechi. イノベーション推進センター ビジネス推進部

用語解説

SECIモデル
 組織での知識創造のプロセスを体系化したもので、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)の4つのプロセスから構成される。
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