技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

センシング領域

次世代火力発電設備モニタリングを実現する高空間分解能光ファイバーセンサー

OKIでは、自己遅延ヘテロダインBOTDRSDH-BOTDR)方式の光ファイバー温度・歪み(ひずみ)センサー(WX1033)を開発し、2018年より販売を開始している。この装置は、測定時間1秒で最大5kmの光ファイバーに沿った温度と歪み分布を一括して測定できるリアルタイム性が最大の特長であり、さまざまなインフラモニタリングでの活用やAIエッジと組み合わせたソリューションを提供している(参考文献1)(参考文献2)(参考文献3)(参考文献4)

光ファイバーセンサー性能の一つに空間分解能があり、これは温度または歪みを正しく測定できる間隔のことである。OKIの光ファイバーセンサーは、空間分解能が1mであり社会インフラのような大型建造物のモニタリングに適した性能になっている。一方で、橋梁(りょう)床版のひび割れ発生や、発電設備の伝熱管の局所的温度変化など、異常発生とその位置をより高い精度で検出し、軽微な劣化のうちに対処したいというニーズも多数ある。そのため、SDH-BOTDRの高空間分解能化が期待されていた。

本稿ではNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の先導研究プログラムで実施した「次世代超高温設備の革新的オンライン監視システムの開発」と、これを実現する空間分解能10cmの光ファイバー分布温度センサーの開発について紹介する。

次世代超高温設備の革新的オンライン監視システムの概要

2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略では、電力部門の脱炭素化が大前提となっている(参考文献5)。日本のCO2排出量のうち電力由来が占める割合は約4割と最も多く、石炭火力から再生可能エネルギーおよびゼロエミッション火力への移行が急務になっている(参考文献6)。ゼロエミッション火力では、非効率な石炭燃料を2030年までに撤廃し、アンモニアや水素を燃料にしたグリーンなゼロエミッション火力への移行を宣言している。

一方で、燃料のグリーン化だけでなく火力発電自体の効率化も進められている。たとえば、先進超々臨界圧発電(A-USC)(参考文献7)という方法では、蒸気温度を従来より100℃高い700℃にすることで発電効率を10%向上でき、これはCO2排出量を10%削減できることと等価である。しかし、このような超高温設備の長期運用実績はなくさまざまな課題が挙げられている。たとえば、蒸気温度700℃級のボイラーでは、伝熱管の表面温度が常時750℃に達し、燃焼が不安定になると局部的に加熱される領域(ホットスポット)が生じ、図1に示すような破断が起きてしまう。これによる設備の計画外停止、事故のリスクやエネルギーロスが懸念されている。従って、伝熱管表面の温度分布やき裂を監視するシステムが求められている。


図1 ボイラー伝熱管の噴破事例

図1のような複雑な構造、かつ超高温となる伝熱管を連続的、かつ広範囲にオンライン監視できるセンサーとして、光ファイバーセンサーが最も有効であると考える。光ファイバー自身は石英ガラスで構成され、その融点は1000℃を超えるため、超高温環境下でも問題なく測定できる。さらに、細径、軽量であることから設備環境を阻害することなく伝熱管表面に敷設できる。ここで、センサーの性能にはホットスポットやき裂を検出できる10cmの空間分解能と、早期に異常を検知できるリアルタイム性が要求される。SDH-BOTDRでは、測定時間1秒のリアルタイム性が実現できているため、新規に空間分解能1mから10cmへの技術を開発した。

本プロジェクトでは、光ファイバーセンサーで取得したデータと、高速な大規模クリープ解析にもとづくデジタルツイン技術を開発し、リアルタイムな異常検知と余寿命を把握するオンライン監視システムの構築が最終目標となる(図2)。


図2 超高温設備のオンライン監視システム例

高空間分解能光ファイバーセンサーの開発

OKI独自計測技術であるSDH-BOTDR方式最大の特長はリアルタイム性にある。これは、図3に示した自己遅延ヘテロダイン干渉計を採用した検出方式により実現したOKI独自の方式である。自己遅延ヘテロダイン干渉計では、ブリルアン散乱光自身を2分岐した後、遅延と周波数シフトを与えて合波することで、図3のような正弦波出力が得られる。この正弦波信号は、ブリルアン散乱光の周波数変化(温度、歪み変化に依存)を位相変化として検出することができる。従って、本手法により既存BOTDR方式と比較して100倍以上の高速測定ができる(参考文献1)


図3 SDH-BOTDR方式の構成と測定イメージ

次に、SDH-BOTDRの高空間分解能化について説明する。BOTDR方式では、光パルスが光ファイバーを伝播した際に発生するブリルアン散乱光を時間領域で受信する。この時、任意の時間でみた受信信号は、光パルスの区間内で発生したブリルアン散乱光が平均化されたものになるため、空間分解能は光パルス幅によって決定されることになる。そのため、パルス幅を短くすることが高空間分解能化の最も簡単な手段である。しかし、通常のBOTDR方式では空間分解能1m(パルス幅10nsに相当)が現実的な性能と言われている。この理由は、図4(a)を用いて説明することができる。一般的に光パルス幅と周波数スペクトル幅は反比例の関係をもつため(図4(a-①))、光パルスの狭窄(さく)化に伴い周波数スペクトルは広帯域化してしまう。BOTDRで受信される周波数スペクトルは、送信パルスの周波数スペクトル形状に依存したものになるため、スペクトル幅が広がるとブリルアン散乱光のピーク周波数の検出が難しくなることは避けられない(図4(a-②)))。すなわち、空間分解能と測定精度にトレードオフの関係があり、実効的に測定できる空間分解能は1mと言われている。

一方、SDH-BOTDRで受信される周波数スペクトルは、送信パルスの周波数スペクトル形状に依存しないことが分かっている。図4(b-②)に示すように、ブリルアン散乱光自身を2分岐して干渉させることにより、得られるスペクトル幅はブリルアン散乱光の線幅30MHzに相当し、パルス幅に依存しないようになる。これは、光源の線幅が30MHzより細いという条件であれば、単純にパルス幅を短くすれば10cm以下の分解能にできることを示唆している。つまり、自己遅延干渉計を利用した測定方法はリアルタイム性だけでなく、高空間分解能化にも寄与できることを示している。通常、測定時間と空間分解能は二律背反の関係にあり、単一の技術で二つの性能を同時に改善できることは極めて優れた方式であると言える。


図4 空間分解能(パルス幅)と受信スペクトルの関係

図5に開発した高空間分解能SDH-BOTDRの構成を示す。前述でパルス幅を狭窄化するのみで空間分解能を改善できることを原理的には示したが、実際にはデバイス性能による制約があるため、これを改善するために改良を加えた。具体的には、自己遅延ヘテロダイン干渉計と受光部の二つにデバイス性能による制限がある。自己遅延ヘテロダイン干渉計は、干渉計内に光周波数シフターを挿入してビート信号(200MHz)を受信する方式である。ビート信号の周波数は、高空間分解化に合わせて高速化する必要があるため構成が複雑化してしまうデメリットがある。そこで、ヘテロダイン干渉計からホモダイン干渉計に変更することでこの制限を解消した。ホモダイン干渉計では、BFS(Brillouin frequency shift)変化を直接DC信号の変化として受信するため、光周波数シフターを除去できる利点がある。ただし、演算処理に必要なブリルアン散乱光の強度信号が必要となるため、強度信号を取得する経路を別途用意した。次に、受光部も空間分解能の向上に伴い高速化が必要となる。これは電気デバイスの性能から約40GHzが限界となるため、実現できる空間分解能は0.5cm程度と見積もられる。今回は空間分解能10cmを満足するために周波数帯域2GHzの受光基板を設計・開発した。


図5 高分解能SDH-BOTDRの構成

図6に分布温度測定結果の例を示す。光ファイバー長を約500mとし、遠端の1m、50cm、20cm、10cmの区間を加熱する評価系を構築した。加熱区間の最大値が同じ値にあることから、空間分解能10cmによる測定が実証できたと判断できる。


図6 空間分解能10cmでの分布測定結果

超高温領域での光ファイバー温度測定の実証

次世代火力プラントなどの超高温設備を模擬した評価として、図7(a)に示すような管状電気炉を使用した試験を実施した。管状電気炉は電気炉内の加熱部(30cm)が管(筒)状になっているため、中央に石英製の炉心管を設置し 管内を超高温環境下で加熱できる。温度測定用の光ファイバーは、超高温環境下でも使用できるよう金コーティングを施し、かつ0.8mmφのSUS管に挿入されたものを使用した。また、電気炉内の温度分布を確認するために炉内中央に5cm間隔で3本の熱電対を設置した。

電気炉の温度を750℃から最大950℃まで変化させた時の温度測定結果を図7(b)に示す。熱電対の結果から、電気炉内の温度は約20℃のばらつきがあり完全に一様ではないことが分かるため、平均値を参考値とした。一方、光ファイバーセンサーは測定レンジ100m、空間分解能10cm、測定時間1秒の条件で測定を実施し、若干のばらつきが見られるものの熱電対の測定範囲内でよく一致した結果が得られた。地点A~Cの熱電対平均値と光ファイバーの温度誤差は最大で5℃となり、これはJIS C1602K基準熱電対クラス2(±5.6℃以下)と同等の性能である。また、温度精度は±1.8~±2.5℃となり、高温ほどばらつきが大きくなる傾向が見られた。これは装置の性能上、測定範囲の上限(1000℃)付近ではばらつきが大きくなることが理由である。この測定範囲は、自己遅延干渉計の遅延時間で調整できるため、最適化することで解決できる。


(a)評価系


(b)加熱区間の時間変化

図7 超高温領域環境下での測定結果

まとめ

本稿では、光ファイバーセンサーの新領域への適用事例としてNEDO先導研究で開発した次世代超高温設備の革新的オンライン監視システムの成果を紹介した。本システムで必要となる空間分解能10cmの光ファイバーセンサーは、SDH-BOTDR方式をさらに発展させることで実現した。

高空間分解能光ファイバーセンサーの実現は、温度監視だけでなく歪み測定領域でも有用なデータを提供できる。たとえばPC橋梁のヘルスモニタリング(参考文献4)では、初期のひび割れを検出できる空間分解能がまさに10cmであるため、即時展開できる技術である。今後は、顧客のニーズに合わせて適切な性能の光ファイバーセンサーを提案し、適用領域を拡大していく予定である。

参考文献

(参考文献1)小泉健吾、村井仁:社会インフラモニタリング向け分布光ファイバーセンシング技術、OKIテクニカルレビュー第226号、Vol.82 No.2、pp.32-35、2015年12月
(参考文献2)山口徳郎、小泉健吾:分布光ファイバー温度センシング、OKIテクニカルレビュー第230号、Vol.84 No.2、pp.28-31、2017年12月
(参考文献3)山口徳郎、柚江政志:AIエッジコンピューティングによる光ファイバーセンサー活用IoTシステム、OKIテクニカルレビュー第234号、Vol.86 No.2、pp.32-35、2019年12月
(参考文献4)羽田匡彦、浅林一成、小泉健吾、村井仁:光ファイバーセンサーを用いた鉄筋コンクリート橋梁へのヘルスモニタリング、OKIテクニカルレビュー第234号、Vol.86 No.2、pp.36-39、2019年12月
(参考文献5)経済産業省:2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略、
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/pdf/green_honbun.pdf [3.3MB] PDF(外部サイト)
(参考文献6)JERA:JERAゼロエミッション2050 日本版ロードマップ、
https://www.jera.co.jp/corporate/zeroemission/(外部サイト)
(参考文献7)福田雅文:A-USCの概要、日本機械学会年次大会講演論文集、Vol.8、pp.182-185、2007年

筆者紹介

小泉健吾:Kengo Koizumi. イノベーション推進センター センシング技術研究開発部
村井仁:Hitoshi Murai. イノベーション推進センター センシング技術研究開発部

用語解説

BOTDR(Brillouin Optical time Domain Reflectometry:ブリルアン光時間領域反射測定法)
光ファイバーの片端から光パルスを入射したときに発生する後方散乱光の一つである「ブリルアン散乱光」を受光して、周波数変化を連続的に計測する方式。
SDH-BOTDR(Self-Delayed Heterodyne BOTDR)
ブリルアン散乱光のわずかな変化を周波数変位ではなく、位相シフトに変換する方式。リアルタイム測定が特長。
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