技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

センシング領域

「AIエッジ」を強化するOKIのセンシング技術

近年、持続可能な開発目標SDGsが世の中に浸透し、17のゴール・169のターゲットに向けた開発が急速に進められている中、現実世界をデジタル化するためのさまざまなセンシング技術へのニーズが高まっている。OKIでは、マテリアリティー(重要課題)として七つの社会課題「老朽化問題」「自然災害」「交通問題」「環境問題」「労働力不足」「労働生産性」「感染症拡大」を掲げ、これらの課題を解決するための注力技術が「AIエッジ」である。この「AIエッジ」を強化する技術領域の一つが「センシング領域」であり、光・画像・音を対象としたOKI独自センシング技術の研究開発を進めている。

本稿では、OKIのセンシング領域の取組みを説明した後、三つの研究項目「フォトニクスによる高度センサー」「リアルタイムAIビジョン高度化」「フュージョンによる高信頼センシング」で解決すべき現場課題と各技術の特長を紹介する。

センシング領域の取組み

OKIの注力技術「AIエッジ」は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進化させ、社会インフラの高度化に貢献する技術を指している。この「AIエッジ」を強化する先端的な技術領域として五つの技術領域が定義されている(図1)


図1 AIエッジを強化する注力技術領域

その一つである「センシング領域」の取組み概要を図2に示す。OKIのセンシングは、交通や建設、製造などの間違うことや止まることが許されないクリティカルな現場の課題に対して、性能や可用性などインフラグレードの高い技術で解決することを目指している。まさにOKIのキーメッセージ「社会の大丈夫をつくっていく。」を現場で支える技術である。


図2 センシング領域の取組み概要

クリティカルな現場の課題解決に向けたセンシングの対象は、設備の振動や道路交通の異常事象、ウィルスの有無など多種多様であり、また、稼働環境も屋外での雨天や吹雪などさまざまとなっている。また、エッジ側でのリアルタイム処理や電力負荷軽減が求められ、AI処理の軽量化、小型で省電力なセンシングデバイスも必要とされている。このような現場からの厳しい要求に対し、OKIは「見えないものを測る」「高い耐環境性」「リアルタイム」「省電力・超小型」をセンシング領域の提供価値と定め、光センサー関連の「フォトニクスによる高度センサー」、二次元・三次元ビジョン関連の「リアルタイムAIビジョン高度化」、およびセンサー融合に関する「フュージョンによる高信頼センシング」の三つの研究項目で、差別化を図りながら研究開発を進めている。

フォトニクスによる高度センサー

OKIでは、光通信事業で培った高速光通信技術をセンシング技術へと応用展開している。その具体事例として、光ファイバーをセンサーとして活用する「光ファイバーセンシング技術(参考文献1)」、レーザーで対象物の振動を計測する「レーザー振動センシング技術(参考文献2)」、シリコンフォトニクスを超小型なバイオセンサーとして活用する「光バイオセンシング技術(参考文献3)」を取り上げて紹介する。

(1)光ファイバーセンシング技術

インフラモニタリング分野の「老朽化問題」対策の一つに鉄筋コンクリート橋梁のヘルスモニタリングがある。現場課題として初期のひび割れ検出がある。このような課題の解決に向けて、光ファイバーそのものをセンサーヘッドとして用い、温度や歪み(ひずみ)、振動などの物理量を計測する光ファイバーセンシング技術を開発している。光が光ファイバーの中を伝搬する際に発生するブリルアン散乱光は、温度や歪みの変化に応じて周波数が変化するため、この周波数変化を検出することにより、光ファイバーに沿った連続的な計測が可能となる。

我々は、光通信技術を活かした独自の信号処理SDHBOTDR(自己遅延ホモダインブリルアン光時間領域反射測定法)を開発した(図3)。特長として、従来のBOTDRに比べて大幅な高速化、かつ、空間分解能の向上が挙げられる。

本技術は、測定範囲500mに対し、空間分解能10cmでの温度・歪みのリアルタイム計測を実現し、道路の初期のひび割れ検知にも有効な技術である。


図3 SDH-BOTDRの装置構成

(2)レーザー振動センシング技術

スマートファクトリー分野の「労働力不足」対策の一つに工場設備の異常予兆検知がある。現場での課題として部品レベルの初期故障の異常振動の計測がある。このような課題の解決に向けて、レーザーを計測対象物にピンポイントで照射し、ドップラー効果により波長が変化した戻り光から、対象物の振動振幅、加速度、振動周波数を高精度に計測するレーザー振動センシング技術を開発している。

我々は、通信で培ったデジタル光信号処理を応用し、S/N比の高い多点型レーザー振動計を開発した(図4)。特長としては、光スイッチによる多チャネル化、および光ファイバーによる長延化が挙げられる。一台で100ch以上の多点、100m以上の広範囲、数Hz~数百kHzの広帯域の計測が可能であり、非接触のため、動作中の可動部、高・低温体など従来の接触型振動計では難しかった計測も可能となる。

本技術は、設備の部品レベルの初期故障による異常振動(数十kHz)の計測にも有効な技術である。


図4 多点型レーザー振動計の構成

(3)光バイオセンシング技術

医療・ヘルスケア分野の「感染症拡大」対策の一つに血液や尿を用いたウィルス・疾病検査がある。現場課題として、ウィルス検査のリアルタイム化、検査装置の小型化がある。このような課題の解決に向けて、シリコンフォトニクスなどの光技術を活用して、検体中のウィルスの有無などバイオテクノロジー関連の高度な分析を行う光バイオセンシング技術を開発している。

我々は、光通信用に開発してきたシリコンフォトニクス技術を用い、光導波路上での抗原抗体反応による液体の濃度変化を共振波長の変化として捉える超小型なバイオセンサーへ技術展開し、高精度でリアルタイム計測が可能な技術を開発した(図5)

特長としては、従来のSPR(表面プラズモン共鳴)などの光バイオセンサーに比べ、シリコンフォトニクスのセンサーチップは数mm2の極めて小さいサイズとなるため装置を小型化可能であり、また、アレイ化による多数同時測定が可能なことが挙げられる。

本技術は、ウィルス検査のリアルタイム化・小型化に有効な技術である。


図5 光バイオセンシングの動作原理

リアルタイムAIビジョン高度化

OKIでは、画像認識の技術開発を30年以上にわたり継続し、モバイル機器向け顔認識や交通量計測用の車両検出などエッジ領域で動作可能となる高い環境耐性、軽量、高速な方式を実現している。これまでの実績を活かしながら、動画像処理や三次元データ処理でのリアルタイムAIビジョンの高度化を目指し、カメラからの二次元画像に対する「画像センシング技術(参考文献4)」、3D-LiDARから得られる三次元点群に対する「3D-LiDARセンシング技術(参考文献5)」の研究開発などを進めている。

(1)画像センシング技術

スマートファクトリー分野の「労働生産性」対策の一つにDXによる工場効率化がある。現場課題として、人手による組立工程の品質向上があり、製造現場では熟練作業員の減少によるモノづくり品質の低下が懸念され、作業者のノウハウ・技術のデジタル化による継承が急務とされている。このような課題の解決に向けて、カメラからの画像に対して、物体検出や識別、異常検知などを行う画像センシング技術を開発している。

特に動画像に対する行動認識に力を入れ、画像特徴から意味を持つ行動へと、認識対象の構成単位を細かいものから粗いものへ3層で認識する行為判定技術の開発を進めている(図6)。まず、第1層で骨格抽出を用いて行動を認識するために必要な特徴を抽出する。次に、第2層で時系列畳み込みニューラルネットワーク(TCN)を用いて短い時間の行動を識別する。最後に、第3層で行動識別結果の時系列情報から、作業手順の正しさや作業の継続時間から作業自体の良否を判定する。特長としては、層を分割することにより、各工程で共通的に利用可能な部分と個別にカスタマイズが必要となる部分を明確に切り分け、さまざまな現場への適用を効率化可能な点が挙げられる。

本技術は、工場の作業内容の判定に有効な技術である。


図6 行為判定のアプローチ

(2)3D-LiDARセンシング技術

施工現場支援分野の「労働生産性」対策の一つに建設現場の安全監視がある。現場課題として、夜間・広範囲・死角が多いなどの稼働環境での高性能な監視がある。このような課題の解決に向けて、レーザーを用いた距離計測をセンサーから多方向に対して行い、周囲の3次元点群データを取得し、車両や人物を検出する3D-LiDARセンシング技術を開発している。

OKIのAIエッジコンピュター「AE2100」上で動作可能な、軽量で高精度な物体検出・追跡技術を実現し、さらに、複数センサーを連携することによる広域監視技術を開発している(図7)。特長としては、個別のセンサーに付随するAE2100で処理した物体検出結果をホスト端末に送信して統合する方式で、検出物体の点群データもホスト端末に送信して合成することにより、重機の形状判別などのより高度な分析が可能となる点が挙げられる。

本技術は、見通しが悪い建設現場の広域安全監視に有効な技術である。


図7 各センサー検出結果の合成点群

フュージョン(融合)による高信頼センシング

OKIでは、上述した光・画像以外に「音響センシング技術(参考文献6)」「電波センシング技術」の高度化を進めている。音は電信電話事業、電波は無線通信事業を通じて古くから技術開発を行っているが、これらの強みをセンシング領域へ応用している。また、用途に応じた各種センサーの融合や信号処理・機械学習の融合を目指している。

(1)音響センシング技術

リモートワーク・教育分野の「感染症拡大」対策の一つにリモートコミュニケーション推進がある。現場課題として、在宅ワークでの家族の声などの生活雑音や、オフィスのWeb会議での機密情報の漏洩リスクが顕在化している。このような課題の解決に向けて、マイクから音を捉える際に、目的音以外の雑音を除外し、リモートコミュニケーションの環境を向上する音響センシング技術を開発している。

目的音以外の雑音を除去するために、特定のエリア内の音のみを収音するエリア収音マイクの開発を進めている。二つのマイクアレイの指向性の重なりが目的音を収音したいエリアを形成するように設置し、目的音が二つのマイクアレイに同時、かつ、同じ大きさで抽出されることを利用し、特定のエリア内の目的音のみを抽出している(図8)。特長としては、従来のマイクアレイでは目的音と同じ方向にある雑音も拾ってしまうという課題の解決が可能である点が挙げられる。

本技術は、在宅ワークなどでの周囲雑音除去に有効な技術である。


図8 エリア収音技術概要

まとめ

本稿では、「AIエッジ」を強化するOKIセンシング技術の取組み、および、各センシング技術の特長と適用例を紹介した。今回は紙面の都合上紹介できなかったが、お客様との共創にも力を入れ、今後も現場課題を解決する実用的な差別化技術の創出を推進していく。

参考文献

(参考文献1)羽田匡彦、浅林一成、小泉健吾、村井仁:光ファイバーセンサーを用いた鉄筋コンクリート橋梁のヘルスモニタリング、OKIテクニカルレビュー第234号、Vol.86 No.2、pp.36-39、2019年12月
(参考文献2)丹野洋祐、木村広太、藤井亮浩、佐々木浩紀:光ファイバーベース多点型レーザー振動計~設備監視の高精度化と省人化を可能に~、OKIテクニカルレビュー第236号、Vol.87 No.2、pp.16-19、2020年11月
(参考文献3)高橋博之、太縄陽介、佐々木浩紀、志村大輔、増田誠:シリコンフォトニクス技術と光バイオセンサーへの展開、OKIテクニカルレビュー第237号、Vol.88 No.1、pp.54-57、2021年5月
(参考文献4)川面怜哉、浅野将仁、蘭浩二、山本一真、小林司:作業内容や作業手順の正しさを判定する行為判定システム、OKIテクニカルレビュー第238号、Vol.88 No.2、pp.46-49、2021年11月
(参考文献5)前孝宏、渡辺孝弘、福泉真隆:複数センサー連携による広域現場監視ソリューション~AIエッジで作業現場の安全監視を実現~、OKIテクニカルレビュー第238号、Vol.88 No.2、pp.10-13、2021年11月
(参考文献6)石黒高詩、藤枝大、秋江一良:エリア収音マイク~雑踏や生活音のある環境で話者音声のみ収音~、OKIテクニカルレビュー第238号、Vol.88 No.2、pp.58-61、2021年11月

筆者紹介

増田誠:Makoto Masuda. イノベーション推進センター センシング技術研究開発部

用語解説

SPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴)
センサーチップに入射角を変えながら光を照射し、チップ上の屈折率の変化を反射光の強度が最小になる角度の変化として検出する方式。
Get Adobe Reader
PDFの閲覧にはAdobe Readerが必要です。Adobe社のサイトからダウンロードしてください。

ページの先頭へ

公的研究費の不正使用および研究活動における不正行為等に係る通報も上記で受け付けます。

Special Contents

      • YouTube

      お問い合わせ

      お問い合わせ