近年AI技術の社会実装が進み、自動配車や需要予測、倉庫配置最適化のようなAIシステムが着々と実績を積んでいる。しかしこれらのAIシステムは個別のタスクを解決する機能に留まっているため、依存関係にあるシステムの間を人間が取り持つケースも多く、業務上の新たなボトルネックとなっている。
そこで我々は、AIシステムが他のAIシステムと相互に作用して目的を果たすことで、単体のAIシステムよりも広範囲に、より大きな価値をもたらすことができると考えた。これがOKIの描く「AI協調」である。
AI協調の実現は、対象AIの管理主体が同一であるケースよりも、異なるケースの方が困難である。たとえば企業間の協調であれば、両社の利害の相反や容易に共有できない機微なデータが障壁となる。しかし、持続可能な社会を実現するためには、一企業の効率化に留まらず、企業群・バリューチェーン全体・社会全体へと協調の対象を広げていくことが重要となる。
本稿では、管理主体の異なるAIシステムが相互に作用する手段の一つとして自動交渉(参考文献1)を紹介し、これを応用してトラック輸送業界のAI協調の実現を図る研究(参考文献2)、(参考文献3)について述べる。
近年、コンピュータープログラムによって人間同士の交渉を支援・代替することを目的とした自動交渉が研究されている。自動交渉とは、それぞれの価値観を持ち自律的に判断を下せる複数の自動交渉エージェント(以下「交渉AI」)の間で、互いに合意できる結論を探索する技術である。物流業界で荷主と運送会社が輸送の受発注条件を調整する交渉を例に、自動交渉の処理概要を説明する。
荷主は埼玉県某所から大阪府某所まで冷蔵貨物1.5トンの輸送を希望しているとする。このとき荷主と運送会社の間で、自動交渉によって合意する受発注条件の項目をあらかじめ定めておく必要がある。この項目を交渉論点と呼ぶ。今回は簡単のため、集荷日時・配送日時・輸送料金の3項目とする。
荷主と運送会社はそれぞれ、自身の代わりに交渉する交渉AIに対して、自身の価値観と交渉戦略を設定する。ここでの価値観とはたとえば、「納品は8月12日の朝9時前でないと合意できない」「他の貨物と混載するなら26,000円まで値下げできる」などの定量的な指標である。これを効用関数と呼ぶ。
両社の交渉AIは、前述の交渉論点について、それぞれの効用関数と交渉戦略(詳しくは後述)に基づいて、合意可能な結論を探索する。この探索方法の一つである相互提案プロトコルの動作例を図1に示す。このプロトコルでは、「相手の提案に対して自分が合意可能か判断し、合意できる場合はその応答を、できない場合は自分の価値観に基づいて生成した代案を応答」という処理を、どちらかが合意するまで交互に繰り返す。
図1 自動交渉の動作イメージ
ここで、相手からの提案に合意すべきか、また相手にどのような提案をすればより良い結論に導けるかを判断するのが交渉戦略である。一般に両社の利害が完全に一致することは少ないため、自分にとって最良の条件を提案し続けるだけでは、互いに合意可能な結論を見つけることができない。そこで図2のように徐々に相手の提案に歩み寄りつつ、可能な限り自身の効用関数の値(効用値)を下げない条件を提案するような交渉戦略をとることが多い。それぞれの交渉AIは相手の効用関数や交渉戦略の全貌を観測できないが、相手の提案内容からこれらをゲーム理論的、あるいは機械学習的な手法で推測することで互いに合意可能な結論を見つけることができる。
図2 効用値と合意空間のイメージ
自動交渉は人間同士の交渉に着想を得た技術ではあるが、人間の日常的な交渉すべてを代替できるわけではない。たとえば、お土産片手に繰り返し客先を訪問する、「今回は貸しですよ」と情報を落としていくなど、単純な損得計算では動かない情緒的な交渉事を自動化することは現時点では難しい。
一方で自動交渉には、適切な効用関数や交渉戦略を与えれば、その条件下での結論を素早く導くことができるという強みがある。この特性を活かすためには、ある程度定型的な内容で発生頻度も高く、結論の価値が定量化しやすい、ビジネスライクな交渉への適用が向く。
また、自動交渉はシステム間の協調のためにデータを共有する方法に比べて情報の秘匿性が高い。特に企業間の協調では、貨物の送り先情報・トラックの空き情報・輸送料金など営業秘密に関わるデータを他社へ開示することが難しい場合も多い。自動交渉では効用関数や交渉戦略がこういったデータに依存する可能性も考えられるが、交渉AIが観測できるのは相手の提案内容だけである。このことから、自動交渉は秘匿性を求められる企業間のAI協調に対しても効果的な技術と考えられる。
OKIは自動交渉を活用し、今までボトルネックとなっていた調整・交渉業務の省力化のみならず、柔軟でシステマティックな企業間協調の実現によって、サプライチェーンの在り方そのものの変革を狙う。最初のターゲットとしたトラック輸送業界では、日常業務に定型的な受発注交渉が存在する。また、物流事業者や運送会社の「収益性高く運行したい」や荷主の「希望の条件を満たして安く運んでほしい」という目的も明確であり、AI協調の考え方が適合すると考える。業界最大の課題である輸送効率向上の解決にAI協調技術を提供し、交渉の仕組みや手段を工夫することで、輸送効率と個社の利益を共に向上させられると考えている。
トラック輸送業界ではこれまでもさまざまな企業間協調の取組みが行われているが、我々が特に注目しているのは「求貨求車サービス」での荷主と運送会社の協調である。
求貨求車サービスは、荷主からの単発の輸送要求に対応し、貨物を効率よく輸送する手段の一つである。業種や荷物種別を限定せず、車や貨物を求める幅広い利用者をもち、多様な求車・求貨要望をより多く集めることができる。また、荷主の要望に確実に応える一般的な輸送受発注と異なり、互いの希望条件が合致するかどうかを対等な立場で確認し合う場合が多い。このような広い混載資源と柔軟なマッチングが企業間の柔軟な協調を促進し、輸送効率向上に貢献していると考えられる。
求貨求車サービスの多くはマッチング候補の自動検索機能を備えているが、ほとんどの場合、マッチング候補との成約まで自動で至るわけではない。利用者は、マッチング候補(若くはサービス従事者)と、より詳細な輸送条件や輸送料金を交渉するためである。この交渉はマッチングの柔軟性や契約履行の信憑性(しんぴょうせい)の担保には重要な業務だが、多くは電話を利用するためボトルネックになりやすい。
求貨求車サービスの課題に対し、現在大きく二つの研究に取り組んでいる。一つ目は企業間の受発注条件交渉を自動交渉に置換える場合の効果検証、二つ目は複数の自動交渉の結果(若くは経過)を基に成約相手を決定する仕組みの構築である。
一つ目の置換えのためには、各サービス利用者が自身の交渉AIに効用関数と交渉戦略を設定する必要がある。特に効用関数は自動交渉の結論に大きく影響を及ぼすため、社会実装にあたっては、企業の価値観を効用関数としてどのように表現するかが重要な研究課題となる。ただし、これらを独自に設計することが難しい企業に対しては、汎用的な交渉AIのモデルを提供し、各社の都合に合わせたパラメーターを設定するだけで簡易的に利用できる環境を整備する必要がある。これに合わせて現在は、経路シミュレーションや運行コストを基に効用関数を生成する運送会社向けの交渉AIなどを設計している。
二つ目は、交渉AIが複数の交渉AIと同時並行で自動交渉を進めつつ最も条件の良い相手を選ぶことができる並列交渉や、複数の自動交渉の結果から全体最適なマッチングを導くアルゴリズムの研究である。ここでのマッチングとは個別の成約のことではなく、複数の求貨・求車依頼をどのような組合わせで成約させるべきか、リソース割当て問題の考え方で決定することを指す。最適化の指標としては、成約率を最大にするマッチング、利用者満足度の総和を最大にするマッチング、両想いなのに結ばれないペアを作らない安定マッチングを試作している。
今後はこのようないくつかの最適化指標で導いたマッチング結果を比較し、成約率や利用者満足度などを比較評価する計画である。
前述のアプローチの効果を、交渉の自動化・並列化という二つの観点から述べる。
交渉の自動化の主な効果は、属人性の解消と迅速化である。利用者は、あらかじめ自社の交渉AIを設定しておくことで、求貨・求車依頼を登録するたびに自動で候補の検索と企業間の交渉が行われ、交渉結果を閲覧することができる。配車マンなどの担当者は、交渉AIの設定部分と、交渉結果の内容で契約するかどうかの最終判断のみに専念し、余った時間をより専門性の高い別の業務に充てることができる。
集荷日時・配送日時・輸送料金を交渉論点とする我々の自動交渉の実験では、交渉AIは0.0007秒に1回のペースで提案を繰り返し、一つの交渉を0.11秒前後で終えて結果を返した(Intel® Core™ (注1)i7-1165G7@2.80GHz、4コア並列で計測)。この所要時間は交渉論点や効用関数の設定に依存するが、それでも相手の電話番号をダイヤルしているうちに結果が分かるほどの迅速性である。
交渉の並列化の効果は、より良いマッチング相手が見つかることである。多くの利用者は、「希望条件を満たす中で、できるだけ安価に運んでほしい」や「既存の貨物と混載した場合、より効率よく巡回できる貨物を選びたい」など、多くのマッチング候補からより自身の都合に合うものを選び取りたいと考えている。しかし人手による交渉では、電話口で伝えられた輸送条件や輸送料金が合意可能であれば、たとえ最良の相手が他に居たとしても気づかずに成約してしまう可能性がある。この場合他のマッチング候補との交渉機会が失われ、前述のような要望は満たされない。一方、自動交渉によって交渉を並列化すると、交渉AIは多数のマッチング候補との交渉を同時に実行し、その経過を参照して、最も高い効用値で合意できそうな相手を推定することができる。このことから、利用者は交渉機会を損失せず、より好ましい条件で合意できる相手を選び取ることができる。
自動交渉を社会実装するにあたって、考慮すべき二つの課題に触れる。
一つ目は規格の統一である。自動交渉では、交渉の当事者間で交渉論点の種類や取り得る値の共通認識が必要なため、今までの商習慣で共通の規格を利用していない場合、その規格を統一することから始める必要がある。前述の求貨求車サービスでは多様な貨物を扱う不特定多数の荷主・運送会社が集まるため、特定の数社間の交渉に比べて統一がさらに困難であると考えられる。たとえば、輸送の受発注で特に扱いづらい交渉論点は荷姿や積付け方法である。箱なのかパレットなのか、積重ねは可能か、固定具が必要かなど、口頭では一言二言の会話で済む内容であるが、企業ごとに規格やルールが異なるため定量的なパラメーターに落とし込むことが難しい。
物流業界のみならず、今後自動交渉が導入される多くの分野で同様の問題が起きると考えられる。この解決には、国や業界団体を巻き込んだ規格標準化が効果的であると考える。国土交通省は2020年3月、「加工食品分野における物流標準化アクションプラン」で、加工食品分野の納品伝票・外装表示・パレット・外装サイズ・コード体系・物流用語の標準化に取り組むという指針を打ち出した。OKIはこのような動向を注視し、業界の実態に合った規格の検討を進めていく。
二つ目は人と交渉AIの役割分担である。「AIが人間から仕事を奪う」という言説は最早過去のものであるが、交渉から契約締結までをAIにワンストップで担わせるかどうかは、技術的な実現性だけでなく運用課題や法制度も含めて慎重に検討する必要がある。AIによる契約の有効性は、過失責任の所在を含めさまざまな議論が行われている(参考文献4)。
本稿ではOKIの目指すAI協調の姿を述べ、その要素技術である自動交渉の特徴を簡単に説明した。また、トラック輸送業界の求貨求車サービスを例に、自動交渉を社会実装する場合の効果と課題を述べた。
OKIは現在、自動交渉機能を組み込んだ求貨求車システムを試作し、人工データを用いたシミュレーション実験で効果を検証している。またこのシステムに仮説通りの価値があるか見極めるため、自律調整SCMコンソーシアム(参考文献5)の活動や物流関連企業へのヒアリングを通じて、今後もパートナー企業の探索を続けていく。
(参考文献1)伊藤孝行:マルチエージェントの自動交渉モデルとその応用、情報処理、Vol.55 No.6、pp.563–571、2014年6月
(参考文献2)樋田愛、伊加田恵志:協力ゲーム、複数論点交渉を用いた輸配送計画マージ方式の提案、人工知能学会第34回全国大会(2020)、2020年
(参考文献3)近藤愛、伊加田恵志:自動交渉プラットフォームを有する混載マッチングシステムの提案、オペレーションズ・リサーチ 1月号、Vol.66 No.1、pp.18-24、2021年
(参考文献4)赤坂亮太:代理人としてのAIの検討、人工知能学会第33回全国大会(2019)、2019年
(参考文献5)自律調整SCMコンソーシアム、
https://automated-negotiation.org/(外部サイト)(2022年3月14日)
近藤愛:Ai Kondoh. イノベーション推進センター AI技術研究開発部
伊加田恵志:Satoshi Ikada. イノベーション推進センター AI技術研究開発部
奥谷大介:Daisuke Okuya. イノベーション推進センター AI技術研究開発部