技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

新技術および新商品紹介

分布型光ファイバーセンサーの超小型化に向けた取組み

社会インフラの老朽化・労働人口不足など、さまざまな社会課題が深刻化している。OKIは社会インフラの維持管理の高度化を目指し、分布型光ファイバー温度・歪みセンサー(参考文献1)の商用化や分布型光ファイバー振動センサー(参考文献2)の研究開発に取り組んできた。

分布型光ファイバーセンサーは、太さが髪の毛程の光ファイバー自体がセンサーとなり、その位置の情報とともに物理量をセンシングできる。この機能は、従来の大型設備への適用に留まらず、生産設備・モビリティ・ロボティクス分野へ適用され、次世代のエッジ光センサーとして潜在的な市場となる。しかし、分布型光ファイバーセンサーはポイント型電気センサーと比較すると非常に高価であり装置サイズも大型なため、適用場面が限られていた。そこで、我々は、次世代の汎用的なエッジ光センサーとして、高性能な分布型光ファイバーセンサーを低価格・小型で実現するために、光集積技術の適用に関する研究開発に取り組んでいる。

本稿では、光集積化に適した分布型光ファイバーセンサー方式について考察し、その検証結果を紹介する。

光集積技術と分布型光ファイバーセンサー

(1)光集積技術

光配線、信号の変復調、信号の受信などの機能を一括して一つの光機能素子として実現するための技術として光集積回路技術が着目されている。中でも半導体プロセスを利用してSOI(Silicon On Insulator)基板上に光集積回路を製造するシリコンフォトニクス技術は、光配線の小型化・歩留まり・量産性の観点からさまざまな光製品への適用が期待されている。分布型光ファイバーセンサーでも集積・小型化することによるさまざまなメリットが期待されることから、シリコンフォトニクス技術で実現可能なコア光回路の検討を行った。

(2)分布型光ファイバーセンサー

分布型光ファイバーセンサーは、光波の伝搬に伴って発生する後方散乱光を利用し、光ファイバー長手方向の位置情報とともに、光ファイバーに沿った歪み・温度・振動の情報を連続的に計測できる。後方散乱光はレイリー散乱・ブリルアン散乱・ラマン散乱に分類され、一般に、振動観測にはレイリー散乱、温度・歪みの観測にはブリルアン散乱やレイリー散乱、温度観測にはラマン散乱が利用される。

ここでは、光ファイバーを用いたセンシングの代表的な方法として時間領域で測定をするOTDR(Optical Time Domain Reflectometry)、周波数領域で測定をするOFDR(Optical Frequency Domain Reflectometry)(参考文献3)を挙げる。一般に、OTDR方式は測定可能距離が数kmから100kmの長距離計測で用いられ、1mから数十mの空間分解能である。一方で、OFDR方式の測定可能距離は、数mから数百mであるものの、数mmから数十cmの空間分解能が得られる。さらに、OFDR方式はµεオーダーのポイント型電気センサーと同等の高感度歪み計測が可能である。

OKIはこれまで、大型の構造物への適用を狙い、独自のブリルアンOTDR方式に基づく分布型光ファイバー温度・歪みセンサーの商用化と、位相OTDR方式に基づく分布型光ファイバー振動センサーの研究開発に取り組んできた。しかし、OTDR方式の空間分解能を実現するためには光短パルスの発生に高周波回路が必要であり、光コア機能を小型化しても低価格化が難しく、量産に向かない。一方、OFDR方式は、高価な高周波回路が不要な構成であり、光集積に適している。さらに、短距離・高空間分解能向きの性能であるため、集積化による量産の利点を最大限活用でき、大きな適用件数が期待できる。よって、本稿ではOFDR方式による分布型温度・歪みセンサーの開発について述べる。

OFDRの原理と検証実験

(1)OFDRの原理

本節ではOFDR方式の原理とともに、コア回路の光集積化に向けたファイバー光学系による検証実験について述べる。OFDR方式は、光ファイバー内で発生するレイリー後方散乱光の強度波形を取得することで測定を行う。測定ファイバー(Fiber Under the Test:FUT)に歪みや温度変化が無い状態では、測定ごとに取得される波形は理想的には等しくなる。一方、FUTに温度・歪み変化が生じると、強度波形が変化量に比例して線形に時間シフトする。これらのシフト量から温度・歪み変化を算出できる。一般的なOFDRの実験系を図1(a)に示す。

OFDR方式は送信部、主計測部、補助計測部、受光部で構成される。送信部には周波数可変光源(Tunable Laser:TL)と呼ばれる、時間に対して発振周波数を高速で変えられるレーザー光源が用いられる。主計測部では分岐された光の一方が光サーキュレーターを介してFUTに入射されることで、FUT中で散乱が起こり、レイリー後方散乱光がサーキュレーターの出力ポートから出力される。その後、分岐されたもう一方と合波され、ビート信号として光検出器(Photodiode:PD)へ入力される。このビート信号は、レーザー光を周波数掃引しているため、レイリー後方散乱光の発生箇所に応じて異なる周波数のビート信号が発生する。発生箇所と周波数には線形の関係があり、距離に比例して周波数が増加する。このビート信号はFUT全体で発生し、複数のビート信号の重ね合わせとしてPDで取得される。その後、取得信号を高速フーリエ変換(Fast Fourier transform:FFT)し、周波数領域に変換する。周波数と距離が対応することから、ある周波数の信号のみを取り出せば、どの位置で発生したレイリー後方散乱光なのかを特定できる。従って、光ファイバーの位置を算出できる。

次に温度・歪みの算出方法について図1(b)に示す。OFDR方式は相対計測であり、あらかじめ変化が無い状態の強度波形を参照データとして取得しておく必要がある。参照データおよび測定データ周波数スペクトルに対し、周波数軸上でΔXの距離に対応する周波数間隔でデータを切り出し、それぞれ逆高速フーリエ変換(inverse fast Fourier transform:iFFT)を行う。その後、相互相関関数を用いて時間軸上での波形シフト量を算出する。温度や歪みの変化があれば、変化量が時間波形のシフトとして表れる。このシフトを相互相関関数によって算出することで、温度・歪みの変化を得ることができる。また、補助計測部では、掃引非線形性と呼ばれる光源の周波数掃引の揺らぎを監視している。理想的な状態では、時間経過で周波数が線形に変化し、ビート信号の周波数より位置が一意に定まる。しかし、実際にはわずかに掃引時の周波数が揺らいでいるため、周波数から距離が一意に定まらなくなり、正確な計測が困難となる。そのため、OFDR方式では補助計測部の信号を用いて主計測部の信号を補正することで、光源の掃引非線形性を抑圧する手法が広く用いられる(参考文献4)(参考文献5)



図1 OFDR方式の測定方法

(2)OFDRによる歪み計測の検証

検証系では、送信部のTLの出力パワー、周波数掃引範囲、掃引速度をそれぞれ、13dBm、1THz、および5THz/sに設定した。主計測部のFUTにはシングルモードファイバーを33m使用している。中間区間1mにはステッピングモーターを用いた機構により、定量的な歪みの発生を可能にしている。FUTにて発生したレイリー後方散乱光と参照光を干渉させ、発生したビート信号をPDで受光する。同様に補助計測部にて片側に50mの遅延を加えることで1.2MHz相当のビート信号を発生させPDで受光する。その後、ビート信号はADC(Analog-to-digital Converter)を介してPCに送られ、掃引非線形性の補正、および全区間のレイリー後方散乱光が算出される。掃引非線形性の補正は、補助計測部の信号の位相に基づいて主計側部の信号の補正を行っている。この処理を参照信号と測定信号に行い、相互相関関数により全区間の歪み値を算出する。図2に、FUTに100µε間隔で3段階の歪みを加えた際の分布測定結果を示す。今回の検証系の空間分解能は5cmであり、これはOTDR方式の空間分解能が1m程度であることと比較して十分小さい。また、今回の推定歪み精度は約13µεであった。今後はポイントセンサー並みの高い歪み感度と分布計測の両立を目指し、歪み精度±1µε、測定距離200mの実現を目指す。



図2 OFDR方式による歪み計測結果

測定エラーの補正技術

OFDR方式は、光源の掃引の揺らぎや外的要因によって、偽の相互相関関数のピークが発生し、測定エラーが発生する課題がある。現場での堅牢な動作を実現するために、本節ではコア回路の集積化と併せて取り組んでいる、測定エラーの補正技術を紹介する。図3は、測定エラーが発生する際の概念図を示す。正常な場合、相互相関関数を取得すると、図3(a)のような明瞭なピークが表れる。しかし、環境によっては信号の相互相関関数の値が低下することでピークが雑音に埋没し、図3(b)のように偽のピークの値が大きくなる場合がある。ピークのシフト量から温度・歪みを換算するため、このような現象は測定から排除する必要がある。そこでOKIでは信号処理によって測定エラーを判別し、補正を行う手法を提案している(参考文献6)



図3 測定エラーが発生する際の概念

本手法の概念図を図4に示す。

提案アルゴリズムは、距離に対する相互相関関数を取得後に測定エラーを補正する処理を適用する。まず、範囲Lの中の相互相関関数に関して、閾値処理によって異常な値xを測定エラーの候補として抽出する。次に、xを得た際の周波数間隔ΔXの前後の周波数帯域に対し、オーバーラップするようにN個の周波数スペクトルを切り出す。このN個の周波数スペクトル帯域に対して、それぞれ、改めて相互相関関数x1~xNを求める。最後に、N個の値x1~xNから、元の値xの正誤判定処理を行う。xがほかのN個の値と大きく乖離してなければ、xを正常な値として採用する。一方、xがN個の値と大きく異なる場合、N個の平均値に基づく補正値でxを置換する。温度・歪みの変化の発生位置が、オーバーラップを施す対象の区間に存在する場合、N個の中で相互相関関数の値が大きく異なる。この場合、xの一つ前の値を補正値として採用する。この方法では、補正位置の空間分解能が低下するデメリットがあるものの、外的要因による計測への悪影響を排除できる。



図4 測定エラー補正アルゴリズムの概念

図5に測定エラーが発生した場合、および本手法による補正を行った結果を示す。細い実線は、相互相関のエラーにより誤ったピークに基づき歪み量を算出している場合である。一方で、太い実線は提案手法を適用した結果であり、光ファイバーの伸長区間の歪みを正しく計測できる。



図5 測定エラーおよび測定エラーの補正結果

光集積チップの試作

OFDR方式の検証結果を踏まえ、図6(a)のファイバー光学系で構成された検証系のコア機能を、シリコンフォトニクス技術で試作した。図6(b)に光集積コア回路を示す。上段がPDであり、下段が計測部および、遅延ファイバーを除く補助計測部を実装した集積回路である。光集積コア回路のサイズは1mm×1.7mm角であり、図6(a)のファイバー光学系と比較して超小型化が可能である。

今後は、この光集積コア回路を用いた検証とともに、汎用的な周波数可変光源の適用を進める。また、図1(a)に示したとおり、補助計測部には光遅延を発生するために50mの光ファイバーを用いている。しかし、この光学系の小型化を妨げているため、光遅延回路を用いずに光源の掃引非線形性を抑圧する方法の研究開発にも取り組んでいく。



図6 光集積化による効果

まとめと今後の技術開発

本稿では、光集積回路による量産に適した光ファイバーセンサー方式について考察するとともに、集積化のための検証系として、OFDR方式による歪み計測を述べた。

また、堅牢な動作を実現するために、測定エラーを抑圧する方法を述べ、その効果を実証した。最後に、試作した分布型光ファイバーセンサーのコア回路の光集積について紹介した。今後は光集積回路化した光チップの評価を進めるとともに、高性能・小型・低コスト化に向けた信号処理の検討や方式改良に取り組んでいく。

参考文献

(参考文献1)小泉健吾、村井仁:社会インフラモニタリング向け分布光ファイバーセンシング技術、OKIテクニカルレビュー 第226号、vol.82 No.2、pp.32-35、2015年12月
(参考文献2)山城直毅、神田祥宏、村井仁:環境モニタリングのための光ファイバー振動センサー、OKIテクニカルレビュー 第240号、vol.89 No.2、pp.42-45、2022年11月
(参考文献3)Yang Du et al., "Cryogenic Temperature Measurement Using Rayleigh Backscattering Spectra Shift by OFDR", IEEE PHOTONICS TECHNOLOGY LETTERS., Vol.26, No.11(2014)
(参考文献4)Brian J.Soller et al., "High resolution optical frequency domain reflectometry for characterization of components and assemblies", Opt. Express., P.13, 666-674(2005)
(参考文献5)Song.J et al., "Long-Range High Spatial Resolution Distributed Temperature and Strain Sensing Based on Optical Frequency-Domain Reflectometry", IEEE Photonics J., 6, 6801408(2014)
(参考文献6)広戸陸、小泉健吾、神田祥宏:OFDRにおけるオーバーラップを用いた相互相関エラー補正の検討、電子情報通信学会総合大会、B-10A_B-13-31(2024)

筆者紹介

広戸陸:Riku Hiroto. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
小泉健吾:Kengo Koizumi. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
神田祥宏:Yoshihiro Kanda. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
太縄陽介:Yosuke Onawa. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部
志村大輔:Daisuke Shimura. 技術本部 研究開発センター フォトニクス研究開発部

用語解説

レイリー散乱
光ファイバーで発生する散乱光の内、媒質内の密度揺らぎにより発生するもので、入射光と同じ周波数成分を持つ。
空間分解能
隣接する2点を分離することができる最小距離。ここでは歪み計測の最小間隔を表している。
歪みの単位ε
物体の変形量を表し、元の長さに対して、変形した変化量の割合を示す値。
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