プリントショップや製造ラインでのラベリングなど、印刷物が商品の一部となるような現場では固有の高度な要件が存在する。本稿では、そのような印刷現場の効率化と、多様な印刷システムに組み込むモジュール拡張を支えるプリンティング技術を紹介する。
近年、印刷現場でも労働力の不足や人件費の高騰が深刻化しているので、ワークフロー自動化やデータの活用による品質の改善、生産性向上が期待されている。
OKIはタフネス・省スペース・シンプル構造(メンテナンスのしやすさ)の強みを活かし、オフィスプリントから製造ラインのラベル印刷などに用途を拡張し、幅広い印刷現場の課題解決に取り組んでいる。
印刷現場を支援するOKIのソリューションを紹介する。
(1)印刷指示の自動化ソリューション
製造ラインの現場では、印刷ミスや人手による確認作業の負担が課題となっていた。印刷指示の自動化ソリューションは、作業指示書や現品票に印刷された二次元バーコードを読み取り、商品ラベルをプリンターから自動で印刷させることにより、印刷作業者の負担を軽減し、作業効率を向上させる(図1)。
図1 印刷指示の自動化ソリューション
(2)装置の異常・警告の可視化ソリューション
プリンターの異常・警告で印刷が止まった場合に、離れた場所にいる作業者がすぐに気づかないという課題があった。装置の異常・警告の可視化ソリューションは、パトランプとプリンターを連携させてプリンターの異常や警告を視覚的に知らせ、早期に異常を検知できるようにすることでダウンタイムを低減させる(図2)。
図2 異常・警告の可視化ソリューション
(3)ラベル印刷の効率化
また、飲料ボトルなどの商品ラベル印刷の効率化にも注力している。
少量多品種のラベルを旧来のオフセット印刷機で印刷すると版の作成や高度な調整が必要となることから、コストが高くなるという課題があるが、OKIは小型のラベル印刷プリンターを提供し、中小印刷工場やプリントショップに対するデジタル印刷機の需要に応えている。
さらに、Tシャツや布などへ絵を転写する転写紙を使った印刷分野でもデジタル印刷のニーズが高い。OKIは多様な印刷システムを構成することができる組込みモジュール拡張構造により、印刷機材メーカーと連携してオフセット印刷に代わるデジタル印刷ソリューションを提供している。これら印刷システムのプリント制御は業務効率化に対してより一層の寄与能力が求められている。
以下では、業務効率を高めるための「小型ラベル印刷プリンターの印刷位置AI自動補正」(図3)、および「A3カラープリンターの組込みモジュール化」(図4)の技術の詳細について説明する。
図3 小型ラベル印刷プリンターの印刷位置
図4 A3カラープリンターの組込みモジュール化
OKIは少量多品種のラベル印刷に対応したカラーLEDラベルプリンター、PLAVI(注1) Pro10シリーズ(以降、Pro10シリーズ)を提供している。Pro10シリーズは、トナー方式を採用したラベルプリンターであり、耐水性や多様な媒体(ラベルの材質)へ印刷できるという特徴がある。一方で、ラベルの連続印刷中に印刷位置が少しずつずれる場合があるという課題があった(図5)。
図5 印刷位置のずれ
特に、印刷内容を正確に把握しなければならない医療ラベルなどでは、印刷位置の安定性が重要となっている。OKIはプリンター内にAIを組み込み、装置個体ごと、およびラベルの媒体種別ごとに必要となる印刷位置補正の自動化を実現した。
印刷位置の自動補正を実現するために採用した3つの技術を紹介する。
(1)AIモデル
AIモデルは、印刷位置の補正量を決定する。
過去の印刷時にセンサーにより観測されたラベル間隔の値から、将来の印刷位置を予測することで、次のページの補正量を導き出せるようにした。これを1ページごとにリアルタイムに行っている。
この手法は、一般に時系列予測と言われ、Long-Short Term Memory(LSTM)(参考文献1)モデルを採用した。
(2)データ前処理
データ前処理は、AIモデルへ入力する値を事前に加工し、AIモデルでの予測性能を向上させる処理である。
印刷に使うラベル媒体の違いや、プリンターの個体差、環境や設定などが要因となり、AIモデルに入力する値に差が生じる。各種観測された値やその累積値を使って補正値に関係する値を導き出すようにした。
(3)データ後処理
データ後処理は、AIモデルの出力値を補正量に変換する処理である。
プリンターの機械的構造から、印刷を開始してから1m程度印刷し終わったタイミングで初めて、その印刷位置の誤差が観測できる。
その誤差をフィードバックして実際に補正実行するまでにタイムラグが生じることから、その間累積した誤差を考慮した補正量を求めるようにした。
以上3つの技術を盛り込み、印刷位置の自動補正を実現した(図6)。
図6 AI印刷位置自動補正のブロック図
Pro10シリーズでは、印刷位置自動補正のAIモデルの搭載が印刷性能に影響を与えないようにするための工夫や、AIモデルを動的に入れ替えられる仕組みを搭載した。
●AI動作環境構築と印刷性能
一般にAIは、データを学習させてモデルに予測能力を持たせる学習工程と、学習済みモデルに予測をさせる推論という2つの工程がある。学習は高い処理能力が必要であるため、Pro10シリーズでは学習をあらかじめPC上で実行し、得られた学習済みモデルをプリンターに移植して、計算量が少なくてすむ推論工程だけをプリンターで実行する構成とすることで、印刷性能に影響を与えないようにした。
また、行列演算などのAI用の演算処理を実装し、推論工程を高速化した。
●AIモデルの動的入替え
新たな材質のラベルを使用する場合や、温湿度などの環境の変化により、現在のAIモデルでは対応できない状況になる場合がある。このような状況でもファームウェアを更新することなくAIモデルを入れ替えられる構造とした(図7)。
図7 AIモデルの動的入替え
以下の手順でAIモデルを入れ替える。
①新たな印刷環境で印刷しその装置ログを取得する
②PC上でそのログデータをAIモデルに学習させる
③学習したAIモデルをファイル化する
④ファイル化したAIモデルをPro10に組み込む
これにより、多様な材質のラベルや印刷環境へ対応できるようになった。
Pro10シリーズに印刷位置補正AIを適用した結果、適用前と比較して印刷位置の安定性が向上した(図8)。
図8 印刷位置補正AI適用結果
今後の展開に向け、AIが学習するデータの効率的な収集や保持が必要である。効率的なログの収集方法やAIモデルへの組み込み方法、その利用に適したクラウド技術などとの融合を検討する。
少量多品種の印刷例としてTシャツへの転写印刷がある。また近年では多様な趣向からカーテンや布への転写印刷など、繊維市場からの需要が急速に高まっている。これらの多様な印刷に対応するためにはプリンター本体だけでなく、ロール状の印刷媒体供給装置との接続など、多様なシステム構成が求められる。
OKIは印刷機材メーカーと連携し、A3カラープリンター(MICROLINE VINCI(注2))を印刷システムの組込みモジュールとして提供することで多様なシステムを構成できるようにし、中小印刷工場やプリントショップをターゲットとするデジタル印刷装置のエントリーモデルとしてグローバルな展開を進めている。
●MICROLINE VINCIの特徴
MICROLINE VINCIの大きな特徴は、さまざまな印刷媒体に対応できる点にある。プリンター内部で印刷媒体が直線的に搬送されるストレートパスにより、紙づまりが起きにくい構造となっている(図9)。
図9 プリンター断面図
またインクではなくトナーを使用しているため、より多くの媒体に対して一貫した高品質の印刷ができる。シンプルな装置構成は、メンテナンスが容易であるという特徴も併せ持っている。
●システム構築による多用途対応
これら特徴を持ったMICROLINE VINCIを組込みモジュールとして印刷機材メーカーのユニットと組み合わせることで、以下のような印刷システムを構成できるようにした。
①ロール to ロール
②ロール to カット
③マーカー認識
ロール to ロールは、給紙側にアンワインダー(ロール状の印刷媒体をプリンターに供給するための装置)を接続し、排出側にリワインダー(印刷された媒体を巻き取るための装置)を接続することで、ロール媒体からの印刷物をロール状の成果物とするシステムを構築したものである(図10)。
図10 ロール to ロール印刷システム構成
ロール to カットは、給紙側にカッターを装備し、プリンターからカットタイミングを指示することで、印刷物を任意の長さにカットするができるようにしたものである。
マーカー認識は、給紙側にマーカーセンサーを追加し、媒体上の印刷位置タイミングをプリンターに送信することで、マーク位置への正確な印刷を容易にする構成としたものである。
●技術課題とその克服
プリンターを組み込みモジュール化する以外にも連続紙への印刷を実現するための課題があった。
①連続した媒体を安定した速度で走行させること
②印刷前後に発生する損紙を最小化すること
③ページ間ギャップを最小化すること
これら3つの課題を解決するため、データ採取とシミュレーションを繰り返し、制御アルゴリズムとパラメータの最適化を図った。特に、ページ間ギャップの最小化は、新たなページ管理方式を開発することで0mmのギャップ印刷ができるようになり、印刷データを切れ目なく連続して印刷し、かつマーク位置に正確に印刷することができるようになった。
上記の技術により、数百メートルの連続ロール紙でも安定した用紙走行と高い印刷品位を実現し、用途に応じた柔軟なシステム構築も実現できた。今後の展開に向け、用紙セット方法や消耗品の交換方法などの改良が必要である。これらの点を改良し、より使い勝手の良いシステムを提供していく。
(参考文献1)Sepp Hochreiter, and Jürgen Schmidhuber, Long Short-Term Memory, Neural Computation 9(8), 1735-1780, 1997
沢口謙治:Kenji Sawaguchi. コンポーネントプロダクツ事業部 開発統括部 情報機器ファームウェア開発第一部
吉田敏之:Toshiyuki Yoshida. コンポーネントプロダクツ事業部 開発統括部 情報機器ファームウェア開発第二部
黒田輝昭:Teruaki Kuroda. コンポーネントプロダクツ事業部 情報機器統括部 プリンターマーケティング部
浅見篤:Atsushi Asami. 技術本部 技術企画部
白坂光剛:Mitsuyoshi Shirasaka. OKIデータMES 技術開発部