Yume対談
「一橋ビジネススクール×OKI
自立型デザイン思考で全員参加型イノベーションをさらなる高みへ」
SUMMARY
受注型ビジネスから提案型ビジネスへの矢印革命を実践するためには、デザイン思考による発想の転換が不可欠です。
今回は「自立型デザイン思考」を提唱されている一橋大学大学院経営管理研究科(通称:一橋ビジネススクール)の鈴木智子教授をお迎えし、藤原執行役員(イノベーション責任者、イノベーション事業開発センター担当)と、イノベーションとデザイン思考の関連性や、OKIのイノベーション活動について対談しました。

イノベーションに欠かせないデザイン思考とマーケティング
藤原本日は、お忙しいところご足労いただきありがとうございます。
鈴木先生には、情報交換や社内経営者セミナーへのご登壇はじめ、大変お世話になっています。
直近では、ビジネス誌『一橋ビジネスレビュー(※1)』でOKIのイノベーション活動を取り上げていただきました。OKIの活動を評価いただいたこと、また、素晴らしい原稿に仕上げていただいたこと、本当に感謝しています。
改めてになりますが、読者に向けて鈴木先生の自己紹介をお願いできますでしょうか。
鈴木まずは、お招きいただきありがとうございます。鈴木智子と申します。
一橋ビジネススクールで教授を務めております。講義は「マーケティング」と「デザイン思考」を主に担当し、現在はMBAプログラムディレクターも兼任しています。専門はマーケティング全般で、イノベーションの普及に関する研究も行っています。日本企業の間では、長らくイノベーションは技術革新と解釈されていました。しかし、技術だけでは社会を動かせないことは明らかです。つまり、生み出した技術を「マーケティングの力で社会に普及させてこそイノベーションが達成させられる」ということを発信しつつ、各企業のイノベーションの動向を観察し、研究しています。
そのような中、OKIのデザイン思考によるIMS活動や全員参加型イノベーションの取り組みなどを知り、OKIに興味を持ちました。昨年中、藤原さんをはじめ多くの幹部の方々に取材をさせていただき、この度、記事として公開することができました。
藤原OKIはこれまで、典型的な受注開発型ビジネスで成長してきましたが、市場環境の変化に対応していくために提案型ビジネスへの転換(矢印革命)を迫られていました。
そこで私たちは、ISO 56002を基に、ユーザー視点でのデザイン思考を取り込んだIMSを実践しつつ、さらにマーケティング要素も加えたOKI独自のIMS「Yume Pro」の実践をはじめ、イノベーションの活動を続けてきました。この活動の肝は「マーケティングとデザイン思考」で、期せずして鈴木先生のお考えと一致していたわけですね。初めてお話しをさせていただいた際も多くの共通点を感じました。
全員をデザインシンカーに育成する仕組みづくり
藤原今回、鈴木先生はOKIの「全員参加型イノベーション」に興味を持たれたということですが、その理由はどこにあったのでしょうか?
鈴木デザイン思考は決して魔法の杖ではありません。デザイン思考に対する失望感の多くは、デザインコンサルティングファームに依存したケースから生まれています。デザイナーと社会実装を担う人々が別々になっていると、うまくいかないことが多いと分析しています。
私が研究している「自立型デザイン思考」では、デザイン思考による新たなアイデアやソリューションを自立的に生み出すことができる組織としてのケイパビリティを求めています。ただ、組織の全員がデザイン思考やイノベーションに興味があるわけでもなく、またそのセンスやスキルを持ち合わせているとは限りません。そのような中、OKIが実践している全員参加型イノベーションという試みが、概念的にならず、なおかつ押し付けにならず、うまく機能していくのかなど、とても興味深く思いました。また多くの日本企業にとって、試金石にもなり得る取り組みだと感じました。そういった観点で、今後の動向も注意深く観察させていただきたい、非常に貴重な研究対象です(笑)。
藤原ありがとうございます。OKIの全員参加型イノベーションは、新規事業の創出だけではなく日常業務の改善も含まれるため、人事や総務などの間接部門のメンバーも対象です。その際、業務改善をYume Proのプロセスに落とし込もうとすると、現場からは「機会の特定」や「コンセプトの創造」などというIMSのワードが難しいという声が上がってきます。
鈴木先生が提唱される「自立型デザイン思考」では、わかりやすさにも重きを置いていることを知り、そのメソッドをOKIのYume Proに織り込んで、さらにブラッシュアップさせていきたいと思いました。
鈴木私が注目している某大手SIer(システムインテグレーター)は、社内でデザイン思考のエバンジェリスト、つまり少数精鋭のデザインシンカーを育成し、彼らを起点に全社的に広げていこうとしています。一方、OKIの場合は、デザインの民主化というか、全員をデザインシンカーに育成できるようなわかりやすい仕組みづくりを構築し、そこから会社を変革していこうとしているところが興味深いです。
ただ人によっては、仕組みのプロセスを実施するだけで満足してしまうこともあるので、そういう落とし穴には注意するべきです。また、注意しなければならないのは、仕組みづくりを目的にしないことです。
藤原まったく同感です。私たちはイノベーション活動開始直後にYume Proの0次案を作成し、現場で運用する過程で使いにくいところは、逐次、アップデートさせています。
つまり、常に進化するYume Pro(≒仕組み)でありたいと思っています。
そして、目的はイノベーションの仕組みづくりではなく、あくまでも新規事業の創出と会社のカルチャー改革です。
夢を実現するワクワク感を社員全員で共有する
藤原そんな中で、私たちが常に悩み考えているのは、活動の成果や、その進捗をどうやったら見える化できるかというところです。
鈴木既存事業、とくに受託開発型ビジネスはリスクも少なく、KPIも立てやすいですよね。一方、提案型の新規事業は、クライアントの需要見通しも立てにくくハイリスクなので、スモールスタート、スモールサクセスの積み重ねが大事です。
OKIの場合、新規事業のKPIはどのように設定されていますか?
藤原現在は、毎年実施している社内アイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」のエントリー数や、お客様との共創WS、PoCの件数を評価指標にしています。
ですが、経営陣や現業の事業部門の理解を得るためには売上目標も必要です。実際、昨年度(2022年)までのPoCはすべて無償でしたが、今年度(23年)からは有償PoCに移行するなど着実に前進しています。また、売上としては24年度には数億円、25年度には2桁億円を目標としています。その後は28年度までに3桁億円、さらに31年度までには500億円という目標を掲げています。
鈴木大きな目標を掲げるのはとてもよいと思いますし、そういったリーダーの覚悟や熱意は社員のモチベーションに直結します。
デザイン思考やIMSは、あくまでもイノベーションのためのツールにすぎません。肝心なのは、組織の一人ひとりが、イノベーションによってどんな社会にしたいのかという想いを持っていること。何かを成し遂げようとするワクワク感を、メンバーで共有することが大切です。明確なビジョンと大きな目標を示してくれるリーダーの存在は大きいと思います。
今、日本は「失われた30年」を経て、特に若い人を中心に、未来への夢や希望を抱いている人が少ない状況です。その中で、社員全員がワクワクしながら夢を実現させるようなYume Proであって欲しいと思います。

寛容さと、事業継続判断のバランスが重要
藤原これまでのOKIは受注開発型を続けてきたので、自ら新しい事業を立ち上げるプロセスを持たない集団でした。そういう意味では、私たちのイノベーション活動はゼロではなくマイナスからのスタートでした。Yume Proがスタートした当初は、誰もがやらされ感を持っているようでしたが、この数年は若手を中心に意識が変わってきていることを実感できます。
鈴木どのような点で若手や現場の変化を感じていますか?
藤原やはり、Yume Proチャレンジのエントリー数が毎年上昇していること。それと、Yume Pro活動の一環として開催している他社との共創WSがこの数年活発化していることですね。
鈴木OKIの共創WSやYume Proチャレンジなどは面白い取り組みですね。ビジネスアイデアコンテストの類は多くの企業がやっていますが、イベント的になってしまっているものもある中、OKIの場合は優秀なアイデアには事業化に向けて大規模な予算を付けていることに、経営層の本気度を感じます。また、それは社員に対して、変革の意気込みを示す強いメッセージになっているはずです。
ただ、新規事業の予算を付けてリソースを投入するとなると、誰もが早期のリターンを期待しがちです。私たちは、米国、特にシリコンバレーの華やかな成功起業例をいくつも知っていますが、その陰には山のような失敗例があることにはあまり関心を持ちません。失敗を恐れず、1勝9敗で御の字、やってみなさいという寛容さが大切だと思います。
しかし、上場企業である以上、株主に対する説明責任があるので、仮にプロジェクトが停滞した場合、撤退するタイミングを見極めるためのKPIを定めておく必要があります。そして、ここが一番重要なんですが、失敗したメンバーたちを咎めるのではなく、何度も再チャレンジするチャンスを与えることですね。特に若手にとっては、失敗から学んだことは貴重な財産になるはずです。
藤原もちろん、新規事業化に際しては、何段階ものステップを経て、投資とリターンのバランスを考えながら進めています。経営陣からは常々、社員に対して「OKIは失敗に寛容な会社だ」と語りかけています。また、新しいアイデアについては失敗や撤退という表現は使いません。それは、たまたま時期尚早であっただけで、将来的に花開く可能性もあるからです。

OKIのイノベーションの取り組みを世界に向けて発信したい
藤原最後になりますが、OKIやOKIの社員にむけてメッセージをお願いします。
鈴木OKIが進めている全員参加型イノベーションは、欧米でよくみられるイノベーションのマネジメントとは異なる新しい取り組みだと思います。これが成功すれば、私も日本企業を研究する経営学者として世界に向けて発信できるので、大いに期待しています。
そして、OKIの社員一人ひとりがYume Proというツールをうまく活用し、世の中をあっと言わせる企業、世界を変える企業になってください。
藤原OKIはイノベーションの活動を通じて「社会の大丈夫をつくっていく。」ために、さまざまな社会課題解決を実現していきたいと思います。また、鈴木先生がOKIをイノベーションの日本代表として世界に発信してくださる日まで、この活動を加速させていきます。
対談を通じて、共感できる部分も非常に多く、今後に向けた励みにもなりました。
本日は、ありがとうございました。
※1 一橋ビジネスレビュー:一橋大学イノベーション研究センターの責任編集(東洋経済新報社発行)による経営者ビジネスリーダー向けの季刊誌。2024年SPR.71巻4号に、ビジネス・ケースに「デザイン思考の浸透と全員参加型イノベーションの推進」としてOKIの事例が掲載されました。
<鈴木智子(すずき さとこ)氏プロフィール>
一橋大学大学院大学経営管理研究科(一橋ビジネススクール) 教授 博士(経営学)
日本ロレアル、ボストン・コンサルティング・グループ勤務を経て、一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士(MBA)、博士(経営学)を取得。京都大学大学院経営管理研究部特定講師(2011年)、特定准教授を経て、2017年より現職。
(2024年3月26日 イノベーション事業開発センター)