IoT・ICTの活用で、超省力化・高品質生産を実現する「スマート農業」の導入が国家施策として検討されています。ここではハウス栽培を例に、IoTの活用による環境データの「見える化」が、現場の悩みを解決する事例をご紹介します。
近年のIoT・ICTの普及により、農業分野でのワークスタイル変革、すなわち「スマート農業」の実現が期待されています。長年の経験知の蓄積「匠の技」をもとに培われてきた従来の農業の姿から、今後はIoT・ICTを活用することで、たとえばパソコンやタブレットで温度・湿度や生育状況を効率的に把握しながら、現場での水遣り・農薬散布・除草・収穫などを、GPSを搭載したロボットが行う「スマート農業」への転換です。一昔前のSF映画などで描かれた未来の農業の姿が、IoT・ICTによるシステム化によって現実のものとなりつつあります。
日本の農業は、担い手の高齢化が進むなか、新規就農者も不足するなど厳しい状況に置かれています。さらに新規就農者への技術力の継承なども重要な課題となっています。
農林水産省は、これらの課題のもと、農林水産業の競争力を強化し、農業を魅力ある産業とするため、ロボット技術やICTを活用して超省力化・高品質生産を実現する新たな農業である「スマート農業」を実現する研究会を、2013年11月に立ち上げました。その中ではロボット技術やICTの導入によりもたらされる新たな農業の姿を、次の5つの方向性で整理しています(以下、農林水産省"「スマート農業の実現に向けた研究会」検討結果の中間とりまとめ"より抜粋)。
では実際に、農業の現場ではどのようにIoT・ICT化が進んでいるのでしょうか?ここではハウス栽培での事例を紐解きながら、IoTによる見える化で進む「スマート農業」をご紹介します。
ハウス内では1年を通じて栽培ができ、露地栽培に比べて天候や害虫の影響も少ないというメリットがあります。
他方でハウス内の環境(温度、湿度、CO2ガスなど)や土壌の水分量などの維持には、日射や暖房機、換気扇の管理など、多くの人手と労力、経験が必要です。また、露地栽培に比べて大面積化によるコスト低減が難いこともあり、スマート農業による省力化と高品質生産が期待されています。
ハウス内の環境を自宅などの遠隔からでも管理・分析できるように、IoTの導入が進んでいます。具体的にはハウス内にセンサーを搭載した子機を設置し、次のような環境情報をセンシングしてデータ化します。
子機が収集した環境データは親機に集約され、モバイル網(3G/LTE)を使ってクラウドにデータをアップロードすることで、農業従事者はいつでも、どこからでもデータが見える状態になります。
このようなシステムによりハウス内の環境が「見える化」され、パソコンやスマートフォンなどで、遠隔でも簡単に確認できるようになりました。また、最近ではモニタリングしているデータに閾値を設け、たとえばハウス内の温度が高くなりすぎたときに異常を知らせるメールを送信したり、照明や加温器を遠隔で制御することも可能になっています。このようにIoTを活用することで、人手・労力の不足を補いながら、安定した収穫量の確保と大面積化への道筋が見えてきています。
IoT(センシング)で環境データを「見える化」
次にハウス内へのIoT導入で留意する点を見ていきましょう。
1つ目は環境データの取得についてです。同じハウス内であっても、日射や暖房、換気扇などの影響により、環境は場所によって異なります。このためセンサーを複数のポイントに設置して、環境のムラを常に把握・改善していくことが重要です。また、作物に近接する環境を監視する土壌センサーなどは、作付けに合わせて設置ポイントの変更が必要になりますので、自在に設置できる仕組みが必要です。
2つ目はデータ通信についてです。屋外にあるハウスでは、センサーで計測した環境データをモバイル網(3G/LTE)を介して、クラウドにデータをアップロードするためのゲートウェイ機器が必要になります。しかし、センサー毎にゲートウェイ機器を設置しモバイル網の回線契約を締結していては、ランニングコストが負担になりますので、ゲートウェイ機器を集約して台数を減らす仕組みが必要です。
この2点を解決するためのIoTには、自在に設置できることと、最小限のゲートウェイ機器で構成できるシステムが求められます。そこでお勧めするのがセンサーネットワークの活用です。
ハウスなどの圃場(ほじょう)のセンサーネットワーク構築には、920MHz帯マルチホップ無線がお勧めです。パソコンなどで用いられるWi-Fi(2.4GHz帯、無線LAN)などでも構築は可能ですが、920MHz帯マルチホップ無線には次のようなメリットがあり、圃場でのセンサーネットワークの構築を容易にします。
これらのメリットにより、920MHz帯マルチホップ無線なら圃場のセンサーネットワークを容易に構築できるのです。
IoT・センシングの導入による「スマート農場」の事例をご紹介しました。これにより、ハウス内の環境がIoTで「見える化」されることで、環境の変化を遠隔で確認し、人手・労力の不足を補いながら収穫量の安定化・大面積化への道筋が見えてきていることが分かりました。
今後、就農者の世代交代が進み、インターネットやパソコン・スマートフォンが普及する環境で育ったデジタル世代の若者が農業の中核を担うようになると、農業でのIoT・ICT活用は当然のこととなり、さらに一歩進んでAI(人工知能)の活用も進んでいくのかもしれません。
圃場内の環境データと作物の成長・収穫量の情報を組み合わせてAIで分析したり、画像解析を用いた仕分け作業、病気の画像診断など、これまでは長年の経験知の蓄積「匠の技」でしか対応できなかったノウハウが、誰にでも短期間で継承できる時代が来るかもしれません。
農業×IoTにより、農業が「格好良く・感動があり・稼げる」新3Kの仕事として、日本の成長を牽引する職業の一つになることでしょう。