Yume対談
「KOA×OKI
〜試行錯誤を繰り返し、前進を続ける両社のIMS活動〜」
SUMMARY
これまでに培った長い歴史と多くの実績を誇る企業ほど、イノベーションを推し進める際は、立ちはだかる幾多の障壁を乗り越えていく大きなエネルギーと強い意志が必要です。
今回は、創業80余年の歴史を持つ電子部品メーカー・KOA株式会社 のイノベーション活動を指揮する坪木光男氏(KPS-3 イニシアティブ IMS 推進センター ゼネラル・マネージャー)をお招きし、藤原常務理事(CINO、CDO兼イノベーション推進室長)と、イノベーション・マネジメントシステム(以下、IMS)を最大活用したイノベーションの取組について現在、過去、未来について議論しました。

(右)OKI常務理事 CINO、CDO兼イノベーション推進室長 藤原雄彦
長きにわたる伝統を持つ企業が挑むイノベーション
藤原本日はご足労いただきありがとうございます。
坪木さんとは、IMSをテーマにしたイベントや、学会の会合でご一緒したことがありますね。今日は、共に老舗企業の中でイノベーション活動を推進する“同志”として、共感できる点も多いと思うので、楽しみにしています。
まずは、KOAのPRを兼ねて会社紹介と、坪木さんの自己紹介からお願いします。
坪木お招きいただき光栄です。KOA株式会社 KPS-3 イニシアティブ IMS推進センター ゼネラル・マネージャーの坪木です。KOAは、長野県上伊那郡箕輪町に本社を置く、創業80年以上の歴史を持つ電子部品メーカーです。田舎の小さな企業ですが抵抗器市場ではトップシェアを持ち、グローバルに展開しています。
私は元々某大手電機メーカーの生産技術者で、マイコンのファームウェア実装が本業でした。新規事業にも興味を持ち、全く毛色の異なる新製品の開発と事業化などにも取り組んでいました。その頃、抵抗器以外の事業展開を模索していたKOAと縁があり、以来、試行錯誤を重ねながら新規事業創出や経営改善活動に関わり、現在は社内のIMS活動を推進しています。今日は、藤原さんとIMSについて深く議論できればと思っています。
藤原同じIMSの旗振り役として、そのご苦労はお察しします。そもそもイノベーションは一朝一夕に達成できるものではなく、言えば失敗の連続。強靭な体力とメンタルの持ち主でなければ務まらないですよね(笑)。
そもそも、坪木さんがOKIのIMS活動を知ったきっかけは何でしょうか?
坪木以前からIMSに興味があったので、藤原さんの講演動画などは視聴していました。そんな折、KOAにOKIから半導体関連の提案がありました。担当されている方の部署が「イノベーション事業開発センター」という事だったので、OKIのIMSを実践されているメンバーと関わりを持つチャンスと思い、商談に同席させていただきました。そこから、ご担当者様に2社での情報交換の機会をいただきました。その際、お互い何の説明もいらずに“IMS”という共通言語で会話できることが非常に心地よく、意気投合しました。もっと深い話しをしたいと思い、今日のこの場に繋がっています。

ボトムアップ型の「KPS-3」とトップダウンで始まった「Yume Pro」
藤原坪木さんの所属部署名にKPS-3とありますが、これはどういうプロジェクトですか?
坪木“KOA Profit System” の略で、KOAの経営改善活動のことです。活動の発端は、私が入社する遥か以前1980年代まで遡ります。当時から経営の合理化が求められ、トヨタのJIT方式を導入するなど、生産現場の改善活動に着手していました。そんな中、89年に全社的な経営改善活動としてスタートしたのがKPSです。2000年代前半にはITバブル崩壊などの影響を受けて品質改善活動に本腰を入れ、自動車業界向けのQMS(IATF 16949、当時はISO/TS 16949)を導入したのがKPS-2(第二期KPS)。そして、2008年のリーマンショック以降の経営環境の悪化を受けて着手したのがKPS-3です。
私はこのタイミングでプロジェクトを任されました。しかし、KPS-3は明確な方向性が示されていた過去のKPSとは異なり、価値創造や新規事業創出といった漠然とした目標しか示されず、とにかく異業種の方々や学者・研究者の方々に会ってレクチャーを受けるなど、ただ動き回るだけで暗中模索のスタートでした。
藤原そういった中で、IMSを知ったわけですね?
坪木そうですね。KPS-1、2は全社活動として定着していたのに対し、KPS-3は社内での認知度も低く、たとえば新製品の試作の協力を工場などに依頼しても「事業化が決まったものなのか?、書類は揃っているのか?」など、協力が得られないような状態が数年にわたって続きました。
「このような状態では、後に続く者がまた同じような苦労をする。仕組みに従う文化なら、仕組みをつくらないと」ということを思い立ち、2018年頃からイノベーションの仕組みを模索していた際、IMSという仕組みを知りました。それと並行して、若手社員を中心に「KOAを2030年までにどういう会社にしたいか」というテーマで議論してもらい、それを1-2年続けているうちに、少しずつイノベーションの機運も醸成されてきました。
藤原IMSをやろうとした際、経営陣の反応はいかがでした?
坪木最初は「仕組みだけ作るのはどうなの?」と懐疑的でしたが「社員の間で改革の機運が芽生えてきている。ただ、現状ではその魂が浮遊しているだけなので、それを収める箱がIMSなのです」と説得し、理解を得ました。そういう意味でKPS-3は過去のKPSとは異なり、ボトムアップ型の活動と言えますね。
OKIはIMS活動のスピード感が凄いと噂になっていますが、これまでどのような取り組みをされてきたのでしょうか?
藤原OKIのIMSは経営発信(≒トップダウン)でスタートしました。私が長く関わっていた局用交換機をはじめ、プリンター、ATMといった従来のOKIの主力製品の市場が縮小する中、危機感を持った当時の社長が「とにかくOKIにはイノベーションが必要。そのための仕組みを作ってほしい」と号令を下し、2017年に私を含む数名のプロジェクトチームが発足しました。直ちにメンバーはIMSのセミナーを受講するなどしてIMSの理解を深め、それをブレイクダウンしたOKI独自の「Yume Pro」というプロセスを作り、まずは社員に対するイノベーション教育から着手しました。
坪木その活動を定着させるために工夫されたことはありますか?
藤原教育したら実践の場が必要ということで、2018年からYume Proのプロセスに基づいた新規事業のアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」をスタートさせました。大賞賞金に1億円の事業化資金を付けたのですが、初年度にエントリーしたのはIMSに積極的な仲間ばかりの40件程度で、傍観者が多かったです。ですが、大賞を受賞したAIを活用したロボットの遠隔運用(現在の「REMOWAY」)のアイデアに対し、さらに4千万円の資金を上乗せ、突貫でプロトタイプを形にし、目前に迫っていたCEATECに出展して大好評を得ました。こういったアイデア支援のスケール感と、スピード感で経営陣の本気度を示しました。
これを契機として、外部にはOKIが変わったということをアピールできたし、社員のIMSへの機運も高まったと思います。以来、Yume Proチャレンジのエントリー数は年々増加を続け、全社で取り組む活動に成長しました。
つまり、OKIとしては、IMSのプロセスを作り、それを実践し、イノベーションの“意図”となる戦略に沿って、活動を加速し続けることができています。
坪木それは素晴らしいですね。でも、私たちもそうでしたが既存事業をされている方々からの抵抗などは無かったのですか?
藤原もちろん、既存事業を手掛けている人たちからは「従来のQMSのプロセスで仕事を動かしている上にIMSなんて複雑すぎる」という意見もありましたが、IMSとQMSの関係を図解で示すことで、大半の人たちが納得してくれました。今では既存事業の事業部の部長クラスとも「機会の特定」「コンセプトの創造」などといったIMS用語で普通に会話できるようになっています。

坪木確かにQMSの入り口は顧客の要求だからわかりやすい。半面、IMSはマーケティングから入るので、この両者の関係を既存事業の人たちに説明するのに私たちも苦労しました。やがて、OKIと同じようにIMSのプロセスにQMSを組み込んだフローを示しながら会話すると大半の方から納得してもらえるようになり、図解の大切さを再認識しました。
業務改善もイノベーションと定義し、全社的活動へと進化させる
坪木間接部門など、事業創出とは離れた部門もある中で、OKIはどのようにしてIMSを全社へ展開できたのですか?
藤原IMSに着手して最初の2年間はイノベーション=新規事業の創出として、Yume Proチャレンジも新規事業のアイデアに限定していました。その後、現在の森社長が就任してからは「イノベーションは経営改革でありカルチャー改革」として、新規事業創出以外にも、既存事業の革新と業務改善もイノベーションの一環と定義することで、管理部門や間接部門なども自分事として参加できる活動へと進化させました。当初、業務改善がイノベーションという考え方に異論もありましたが、BMC(ビジネスモデルキャンバス)のCS(カスタマーセグメント)をOKIの社員と設定し、そこで生まれる業務改善によるコストカット分を収益と定義すれば、イノベーションの要件を満たすものと解釈しました。
坪木なるほど。KOAは製造業なので、以前からQCサークルなど現場での改善活動が盛んだったので、現場からは従来の改善活動とIMSの関係性の説明を求められました。当初、私もイノベーションは新規事業創出と考えていたので、答えに窮していました。KOAには社内の表彰制度があるのですが、そこで表彰された改善事例の担当者に話を聞いてみると、成功の裏にはIMSで必要とされている要素が当てはまっている事に気づいたのです。現在は、そうした事例をIMSの考え方を交えながら社内に発信し、改善活動に取り組んできた“KPS”というKOAのDNAを受け継ぐためのツールとしてIMSがあるという考えから、現場の工程改善や原価低減活動などもイノベーションだと定義しています。同時に、現場において重要で緊急に行うのが従来の改善活動で、重要だけど緊急性を要しないことも改善することを含めるのがイノベーションという説明を加えることで、全社的な理解が深まったと思います。
藤原そうですね。その重要だけど緊急性がないという事案は、将来に向けた取り組みで、まさにイノベーションだと評価できますね。
坪木ただ、最近は、イノベーションの敷居を下げるため、あえてイノベーションやIMSというワードは使わず、これまで現場が取り組んできた試行錯誤をスピードアップすればいいと、シンプルなメッセージで伝えるように心掛けています。
藤原確かに、一部には、イノベーション=Appleのような破壊的イノベーションだと連想してしまい、イノベーションという言葉を自分事とは捉えられない傾向はありますよね。
ただ、OKIの場合、イノベーションは身近なものと感じてもらうため、意識的にイノベーションやIMSなどのワードを多用するようにしています。その結果、イノベーション活動への敷居を下げ、誰もがとっつきやすいものになることが理想です。

イノベーションを推進する組織づくりと人づくり
藤原イノベーション活動の啓蒙や教育はどのように取り組まれていますか?
坪木KOAでは、当初「とにかくやってみよう」の精神で試行錯誤を優先させて、教育を疎かにしていたのが反省点です。OKIのイノベーション教育のポイントはどこに置いていますか?
藤原まずは、アイデアを発案した人を決して一人にしないこと。つまり、当事者の活動に寄り添いアドバイスする「加速支援者」を置くことです。そして、BMCの見方、描き方を極めることです。BMCのクオリティに関しては、コンサルをお願いしている新規事業家の守屋さんの超実践思考のレクチャーもあり、社員のスキルも飛躍的に向上しています。
坪木たしかに、BMCの重要性を感じます。ただ、BMCのフォーマットを埋めただけで満足してはいけない。たとえば、VP(提供価値)における顧客ニーズについても、そのニーズの背景まで踏み込んで分析していなければ、ビジネスの解像度は上がらないはずです。私としては、営業や現場のスタッフたちがBMCをベースに、共通言語で議論できる環境を構築したいと思っています。
IMSのプロセスで新規事業を起こし、成果を示す
藤原お互いIMSを推進する立場として、その成果を見せる義務を担っていますよね。そこで最後に、今後の目標やビジョンについてお話ししたいと思います。
OKIは、現在、Yume Proチャレンジの成果として、売上としてはごく僅かですが事業化できているアイデアもあります。近い将来には、これらで2桁億というかなり野心的な目標を掲げています。昔のように、一つの案件で数百億稼げる時代ではないので、とにかく苦労しながらもコツコツと実績を上げる努力を続けてくつもりです。
坪木KOAの新規事業として上市できているのは、風の流れを可視化する気流計測システム「Windgraphy」という商品のみです。ただ、長年、電子部品のみを生産していた会社が全く異なる市場に挑んだということは、非常に画期的なことで、私たちの部署だけではなく全社的な自信になったと思います。実際に社内の雰囲気も明らかに変わりつつあり、試験的に導入したアイデア公募では想定を上回る応募があり、手ごたえを感じています。
今後は、この盛り上がってきた機運をさらに高める活動を続けることで、KOAの未来を支える新規事業を立ち上げたいと思います。そして、長野の田舎町企業を世界に通用する企業にしたいですね。
また、個人的には会社という枠を超えて、IMSの共通言語で議論できる仲間を増やしていきたいです。OKIをはじめ、その輪を拡げていきたいです。
藤原 お互い苦労も多いと思いますが、強靭な体力と気力でそれぞれのIMS活動を前に進めていきましょう。何だか最後は精神論になってしまいましたね(笑)。今日はありがとうございました。
坪木こちらこそありがとうございました。私もOKIのIMS活動を見習いつつ、追いつき追い越せの気持ちで頑張っていきます。

<坪木光男(つぼき みつお)氏プロフィール>
大手電機メーカーで生産技術を手掛ける傍ら新規事業にも挑戦。1999年にKOAに転職し、新規事業の研究開発に従事。2010年にKPS-3という経営改善活動の推進する新組織に移動。2015年には新規事業開発部門を提案し、新規事業創出と同時にその仕組みづくりに奔走。2022年より自ら提案した現部署(IMS推進センター)で全社的なIMS活動を主導する。
(2025年4月25日 イノベーション推進室)