2018年度12月現在
(スタッフ紹介)
すべての道具は、その機能性を高めると同時に、人にとっての使いやすさを追求することで、新たな価値を創造し、進化してきた。人と道具の接点となるユーザーインタフェース技術は、道具の高度化と使う人の裾野の広がりとともに、その価値が重視されている。私たちの生活の身近にある家電や自動車、PC、スマートフォンからATM、発券機などのICT関連機器(端末)を例に挙げてみよう。かつてはハードウェア中心だった設計思想も、1990年代には使いやすさを追求したソフトウェア中心の「ユーザビリティ」という概念が普及した。やがて、21世紀を迎えたあたりから、年齢や性別、文化や言語などの違い、障がいの有無や能力差などに関わらず誰でも簡単に使えるという「ユニバーサルデザイン(UD)」が新しい価値として認知された。そして、スマートフォンやスマート家電などの普及により本格的なIoT時代を迎えた現在、製品やサービスの使いやすさやわかりやすさの追求だけではなく、ユーザーの行動を認識した上で、ユーザーが望むことを楽しく、心地よく提供する「ユーザーエクスペリエンス(UX)」という概念が普及しつつある。
ATMや発券機、KIOSK端末など、不特定多数の人が利用する公共機器を手掛けてきたOKIでは、古くからユーザーインタフェース技術の研究開発に注力してきた。そのOKIの中で入社以来、認知科学、人間工学などの多角的な視点から高齢者でも簡単に使えるATMなどの端末のUDを数多く手掛け、社内のユーザーインタフェース技術の第一人者である赤津を中心に、2016年4月「ユーザーエクスペリエンス技術チーム」が立ち上がった。
「玩具メーカー在籍時の障がい児向け玩具の企画開発を契機に、UDの重要性を認識し、OKIへ入社しました。その後、人の複雑な感性を定量化し、ユーザー個人の潜在的なニーズに最適な商品やサービスを提供するという研究プロジェクトの活動に参画する中で、OKIとしても本格的なUX研究開発の必要性をアピールし続けた結果、誕生したチームです」と赤津はチーム結成の経緯を語った。
やがて、赤津と同じく日本人間工学会認定専門家の資格を持つ深澤がチームに合流。 「そもそも私がOKIに入社したきっかけは、学生時代に人間工学関連の学会で赤津さんの講演を聴いたこと。入社後の配属先は赤津さんとは別の部署でしたが、今回、声を掛けていただいて光栄でした」(深澤)。
チームに与えられたミッションは「感情推定技術を用いたUXインタフェース技術の研究開発」だった。これは人の喜怒哀楽といった感情により表れる表情や身振り、声、視線などの計測データを収集。その特徴的な傾向をディープラーニング(DL)によって学習させることで感情を推定し、ユーザーの感情や思いに合わせた高度なサービスを提供する「対話システム」を実現する技術だ。
赤津らは、感情の中でも特に「困り」に着目し、困り度合いを推定する技術開発に着手した。 「日本人は外国人と比較してシャイで、端末操作などで困っていてもなかなか助けを呼ばない人が多いと思います。そういう方々をサポートするため、まずは困り顔に着目しました」(赤津)。 研究のためには多様なユーザーの困り顔のデータが必要だった。そこで、チームではあえて操作が複雑で不親切な公共機器のシミュレータを開発し、社外から被験者を集めたユーザー評価実験を行って、機器使用中の困り顔のデータを収集した。その後、収集した困り顔データに前処理とDLを行い、困り感情の表出を推定するモデルの開発を進めた。
「DLモデルの推定精度を示すAUC(Area Under the Curve)という指標で、2018年時点で、良い精度の目安値とされる0.8程度の推定性能を達成しています。最終的には、公共機器が設置される実環境での認識率70%を目指しています」と赤津は言う。 この技術がATMや券売機などの端末に実装できれば、操作に戸惑うユーザーがいた場合、端末が「何かお困りですか?」と問いかけ、対話でガイダンスを行う「ロボット端末」が実現する。
若手メンバーの原は、音声による感情推定や音声入出力技術の研究開発を進めている。
「公共機器を数多く手掛けているOKIにとって、感情推定や対話型インタフェース技術の確立は非常に重要なテーマです。私たちは常にユーザー視点でのUXを追求し、対面接客と同等のサービスの提供を目指します」(原)。
また、困り感情推定と同様のアルゴリズムでユーザーのポジティブな表情を検知し、興味・関心度を推定する技術にも取り組んでいる。この技術を観光案内用の端末やデジタルサイネージに応用すれば、ユーザー一人ひとりの興味や関心度に応じて、周辺の観光案内やそれに付随する広告なども対話形式で提供することが可能だ。
「私たちが手掛けるUX技術、つまりAIによる感情推定と対話型のコミュニケーション技術の融合は、将来的には既存端末以外への適応も考えています。UXは単にIoT技術だけではなく、心理学や認知科学など多角的な学問分野からアプローチする技術なので、相手の感情に対して配慮が求められるようなシーン、たとえば、教育や医療・介護などのコミュニケーションツールとしても役立てられると思っています」と赤津が語るように、 UXは人に寄り添う技術なのである。そのような究極のUX実現に向けて、チームでは今日も人を対象とした実験や開発が続けられている。
「UX技術は、研究の対象分野が幅広く、時には私自身が困り顔になってしまうこともあります。そんな時、必ずチームの誰かがサポートしてくれます。まさに、心強い感情推定の達人の集団ですね」と原はチームを評した。
「現在のチームメンバーは6名ですが、研究開発センターには多種多様なスキルを持ったメンバーが多数在籍し、研究の過程で自身の専門外の知識やスキルが必要な時は、部署の垣根を越えて、いつでもその分野のエキスパートに相談できる環境です。分野横断・融合的な新しい技術開発を行うのに適した環境だと思います」(深澤)。
こういった技術者同士の良好なコミュニケーションが、人と道具の最良のコミュニケーション技術を創造しているのであろう。これからもユーザーエクスペリエンス技術チーム6人の挑戦に目が離せない。
公的研究費の不正使用および研究活動における不正行為等に係る通報も上記で受け付けます。