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技術広報誌 OKIテクニカルレビュー
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宇宙機器熱特性検証サービス「SimuValid™」
近年、宇宙産業や関連市場では新たな参入の動きが広がっている。特に、地上向け製品を宇宙環境で使用する際には、真空や急激な温度変化といった厳しい条件での安全性や信頼性を確保することが求められる。しかし、こうした高い設計品質の実現には、これまでの実機によるトライ&エラーや現場感覚に依存した手法だけでは、限界が生じることもある。
OKI-EMS事業部（以下、OKI-EMS）では、グループ企業各社が保有する技術、設計ノウハウ、コアコンポーネントを「新結合（イノベーション）」の考え方で体系的に融合し、新たなサービスとして「SimuValid™ (注1)（シミュバリ）」を生み出した。SimuValidは、Simulation（シミュレーション）とValidation（バリデーション）を組み合わせた造語であり、設計段階から実機検証までをワンストップで提供する新しいサービスである。本稿では、SimuValid独自のプロセスと、モノづくり現場で生み出してきた価値創出のポイントについて述べる。
技術の「新結合」が生み出す価値
SimuValidの最大の特徴は、「モノづくり」現場に根ざした専門性を持つOKI-EMSグループ企業各社が、熱課題の解決に向けて有機的に連携している点にある。宇宙機器の開発においては、真空や急激な温度変化といった厳しい環境条件下で、安全性や信頼性を担保するための熱設計が極めて重要となる。熱は、宇宙機器の故障や性能低下に直結する根本的な課題であり、ソリューションには高い設計品質が不可欠である。
SimuValidは、熱解析シミュレーション（机上検討）、バリデーション（現物評価）、放熱技術（対策技術）、原因解析（故障解析）という主要な技術領域をOKIアイディエス（以下、OIDS）、OKIサーキットテクノロジー（以下、OTC）、OKIエンジニアリング（以下、OEG）の三社の専門性でカバーしている。技術・ノウハウを「新結合（イノベーション）」で一体化することで、個社だけでは成しえなかった熱課題の本質的な解決と設計品質の向上を実現した。
実際の開発では、初期段階からOIDSが熱シミュレーションを駆使してリスク要因や放熱設計の最適解を抽出し、その設計案をもとに基板や部品配置の検討が進められる。さらに、特に熱的に厳しい箇所や、より高い信頼性・安全マージンが求められる場合、OTCが有する銅コイン基板などの高付加価値放熱技術を提案する。銅コイン基板は、OTCならではの先進技術と宇宙分野での豊富な実績に裏打ちされたソリューションであり、通常の放熱設計で対策しきれない領域やさらなる信頼性強化を図りたい場合に、その真価を発揮する。OEGによる実機評価や故障解析も有効に連動し、「机上検討＋現物評価」のフィードバックを繰り返すことで、設計品質と信頼性の向上を実現している。SimuValidを支えるこの「技術の新結合」は、熱課題の根源にアプローチすることで、お客様の現場に新たな価値を提供している。
設計品質向上とモデルベース開発
現在、宇宙機器の開発現場をはじめ、さまざまな分野の設計開発現場で「設計品質をいかに高めるか」という課題が顕在化している。地上用途では空気の流れを利用した対流冷却設計が主流であるが、宇宙空間では空冷が使えず、熱設計や部品配置そのものを根本から見直す必要がある。
SimuValidでは、まずシミュレーションとバリデーションによって設計段階の仮説と現物評価をすり合わせ、モデルの確からしさを高めている。その上で、以降はシミュレーション主導による設計検討を繰り返し、追加検証すべきポイントを的確に抽出できる体制を実現している。この一連の流れはまさに「モデルベース開発（Model-Based Development, MBD）」の考え方に合致しており、潜在リスクの早期抽出・最適設計の迅速化、結果として開発期間の短縮、コスト低減が期待できる。
SimuValidによって、設計品質を客観的に担保し、従来の経験則や都度の実機評価に頼らない論理的な設計意思決定が可能となる。顧客との合意形成や次世代設計ノウハウの蓄積にも貢献し、今後の宇宙機器開発だけでなく、幅広い分野での設計品質向上に大きく寄与していく。
本質的な課題解決を実現するワンストップ体制
モノづくりの現場では、不具合や想定外の事象への対応が「泥臭く」なりがちである。SimuValidは、OIDS、OTC、OEGが担う異なる技術領域の連携により、設計・シミュレーションからバリデーション、さらには故障解析までを一気通貫で対応する体制を構築している。
この三位一体の連携プロセスにより、部品レベルからシステム全体までを幅広くカバーし、現場で発生する不具合や課題の根本原因の特定、再発防止に直結する本質的な問題解決を迅速かつ確実に実現している。
SimuValidが「真のワンストップ」と呼べるのは、現場でのたらい回しや責任分散を生まず、設計～評価～解析という開発の全段階において、最適な技術を持つグループ企業各社が緊密に連携し、自社では成し得ない規模・深度で、現場起点から最後まで課題解決に取り組むことができる構造にある。
SimuValidは、こうしたOKI-EMSならではの高信頼モノづくり力をコアに据え、他社では実現が難しい「設計から製造・品質保証までの真のワンストップ体制」を今後も深化させていく。
SimuValidサービスの商品開発フロー
SimuValidの特徴を明確にするため、設計開発から製造までのワンストップフローを図1に示す。
（1）設計要件のヒアリングとシミュレーション活用
顧客要望・開発仕様を定義し、シミュレーションによる最適設計を提案する。ユニット、モジュール、基板レベルで段階的にバリデーションも実施する。
（2）目標未達時の設計最適化・放熱対策の提案
レイアウト最適化やOTCの放熱技術を組み合わせ、仕様達成に向けた多様な対策案を立案・実行する。
（3）不具合や想定外事象への対応
OEGの不具合解析によって根本原因を特定し、設計や実装プロセスにフィードバックすることで不具合へ対応する。
（4）問題解決・製造サポート
最適設計確定後は、OKI-EMSがグループ全体を統括し、OKIジェイアイピ―（以下、OJIP）が基板実装・組立など製造・検査・トレーサビリティまで一貫してモノづくりを支援する。（参考文献1）、（参考文献2）
図1 SimuValid 商品開発フロー
設計から製造までOKI-EMSグループ全体で連携し、顧客の課題解決をサポート
各社の技術とSimuValidが生み出す総合価値
SimuValidが現場で発揮する価値の根底には、OKIEMSグループ各社が長年培ってきた高度な専門技術と、それらの横断的な連携がある。以下では、各社が持つコア技術・ノウハウを紹介し、これらがSimuValidの総合力としてどのように「モノづくりイノベーション」を実現しているのかを解説する。
・OIDSのシミュレーション技術
OIDSは、宇宙機器に求められる熱信頼性試験や熱設計を実現するシミュレーション解析技術を有している。ロケットや人工衛星など宇宙機器は、地上とは異なり真空下での動作が前提で、熱移動も主に伝導と放射のみに着目する特殊な熱環境に置かれる。OIDSはこの環境に対応した独自の熱伝導シミュレーションを強みとしており、伝熱経路の数値モデルやプリント配線板（PCB）の各層材料、スルーホール密度、基板厚、材料の異方性熱伝導率まで正確に組み込んだモデルを開発している。
宇宙機器の熱流再現のため、ヒートマスモデルも採用している。ヒートマスモデルは、機器内部で発生した熱が本体や筐体など外部構造へ伝わる現象を、質量・物性値・接触条件まで忠実に再現する手法であり、局所加熱や熱集中、固定部伝熱、宇宙環境下での温度分布を高精度に予測できる。
さらに空冷が困難な宇宙向け電子機器には非定常熱解析を適用し、打上げ時や稼働初期など急激な温度変動もシミュレート可能である。こうした手法は、「まずやってみる」型の開発や設計初期段階の課題抽出、設計精度向上、開発期間短縮にも有効である。OIDSが蓄積した設計・評価ノウハウが高精度な宇宙向けシミュレーションの基盤となっている。（参考文献3）
・OTCの放熱技術と基板開発
OTCは、宇宙機器用基板の製造において国内有数の実績を持つ。PCBの放熱性向上を目指した銅コイン実装技術はOTCのコア技術のひとつであり、銅コインを基板に組み込むことで電子部品の熱を筐体に効率良く逃がす構造設計が可能となる。この技術は高耐熱材料や多層複合基板、応力分散、絶縁、高耐久性要求まで柔軟に対応でき、断面形状や固定法、樹脂充填・熱サイクル評価などノウハウを活かして安全性・耐久性も両立している。
銅コイン基板は設計初期から提案できるが、通常設計で十分な場合は過剰対策とはせず、マージン確保や高信頼要求時に付加価値技術として柔軟に採用する。OTCはH3ロケット向け基板の約90%を納入し、JAXA（宇宙航空研究開発機構）からの認定を受けるなど、豊富な宇宙市場での実績を持つ。設計から製造・検証まで徹底した管理とトレーサビリティ体制でワンストップサポートを実現し、用途や要求に最適な提案が強みである。（参考文献4）
・OEGの検証・故障解析技術
OEGは、部品から完成製品レベルまでカバーする幅広い信頼性評価・故障解析技術を有する。宇宙機器では信頼性要件が最優先され、不具合の根本原因を完全に特定するには、経験と高度な解析設備に裏打ちされた「泥臭い解析」が不可欠である。OEGは、外観検査やX線・超音波探査、発熱解析などの非破壊検査から、電気特性評価、断面構造解析、元素分析など各種物理・化学的アプローチまで、技術を駆使し実装工程で生じる多様な故障メカニズムに迅速かつ的確に対応している。
これらの解析を支える設備群や解析事例データベース、実績に基づくノウハウアーカイブも、SimuValidが現場発で問題解決できる強みである。OEGが介在することで、単なる絆創膏的対処に終始せず、再発防止・根本解決へと導ける。これにより設計現場から製造品質管理まで、顧客の幅広い要望にも柔軟に対応する体制が築かれている。（参考文献5）
・OKI-EMS、OJIPのモノづくり体制と高信頼製造技術
OKI-EMS、OJIPは、宇宙機器など高信頼分野での実装・製造を担う現場力を持つ企業である。設計・シミュレーションから試作・立上げ、製造、品質・トレーサビリティ管理まで一貫して「モノづくり」全体をサポートできる体制を有する。
自動車分野の電子化・高信頼設計にも即応し、0402・0603など微細部品や高密度実装、下面電極部品にも対応可能である。IPC-A-610EクラスⅢなどグローバル品質規格に準拠し、X線によるはんだ内部欠陥検査や高耐熱・高衝撃性コーティング技術も有する。
H3ロケットやJAXA関連プロジェクトなどに多くの実績を持ち、設計から製造まで現場力で顧客課題に寄り添ってきた。OKI-EMS、OJIPが加わることで、SimuValidは設計から製造・品質保証まで一気通貫となるワンストップ体制を実現できる。（参考文献6）
サービスのターゲットと活用事例
SimuValidは、地上品の宇宙対応を目指すために設計プロセス見直しやコスト効率化を図る顧客、宇宙産業参入初期段階にある顧客など、多様な顧客に幅広く訴求している。たとえば、FAN冷却を前提とした地上ユニットやモジュールを宇宙向けにリデザインする場合も、SimuValidは熱設計から放熱部材の選定・適用、実機バリデーション、製造まで一貫したモノづくり体制でサポートできる。特に、厳しい熱環境や高信頼性が求められる新市場では、初期設計段階から科学的リスク評価や最適設計検討により、品質保証とプロセス効率の向上を提供できる。
今後もSimuValidは、顧客とともに新たな宇宙ビジネスや高信頼分野でのモノづくりに挑戦し続ける、頼れる開発・製造プラットフォームを目指している。
新結合イノベーションによる課題解決
OIDS、OTC、OEG、OKI-EMSが持つシミュレーション、放熱設計技術、評価解析、製造技術を新結合（イノベーション）の理念で統合したのがSimuValidである。各社の技術が現場や設計開発で密接に連携することで、単独では実現し得なかった設計品質や難易度の高い課題の迅速な解決が可能となる。技術融合は、分野・機能を超えた新たな価値を創出し、イノベーションの実践と言える。
SimuValidは、まず「SimuValid Thermal™ (注2)（仮）」として熱課題に特化したプラットフォームから始め、今後は軽量化・耐振動・耐衝撃など新領域にも「SimuValid Structure™ (注3)（仮）」などとして展開を計画している。この進化と価値創造を支えているのが、設計から実装・製造・品質保証までの「一気通貫モノづくり体制」によるOKI-EMSを含めたグループ企業の総合力である。
今後もOKI-EMSグループは、コア技術・ノウハウを結集し、顧客の多様な開発テーマに柔軟かつワンストップで対応するプラットフォームの進化を推進し、新たな価値創造に挑戦し続けていく。
参考文献
（参考文献1）OKIプレスリリース、ロケットや衛星搭載機器向けに熱解析シミュレーション、実機検証、不具合解析を一括受託する「宇宙機器熱特性検証サービスSimuValid」の提供を開始、2025年1月28日
（参考文献2）宇宙機器熱特性検証サービス「SimuValid」、OKIアイディエス
（外部サイト）
（参考文献3）殿岡直哉、藤野啓一：ロケット搭載筺体の熱解析 ～真空空間での非定常伝熱シミュレーション～、OKIテクニカルレビュー第243号、Vol.91、No.1、pp.60-63、2024年12月
（参考文献4）山村明宏：高放熱プリント配線板の工法開発、OKIテクニカルレビュー第243号、Vol.91、No.1、pp.56-59、2024年12月
（参考文献5）熱過渡特性解析、OKIエンジニアリング（外部サイト）
（参考文献6）EMS（設計・製造受託サービス）、OKI-EMS事業部
筆者紹介
村上龍也：Tatsuya Murakami. 株式会社OKIアイディエス 事業統括部 営業SE部
西田祐太：Yuuta Nishida. 沖電気工業株式会社 EMS事業部 事業企画部
工藤真宏：Masahiro Kudou. OKIサーキットテクノロジー株式会社 営業本部 営業企画部
中村隆治：Takaharu Nakamura. OKIエンジニアリング株式会社 事業企画部
森本さくら：Sakura Morimoto. 沖電気工業株式会社 産業営業本部 EMS営業部
用語解説
- 新結合（New Combination）
- 異なる分野・機能の技術やノウハウを組み合わせることで、単独では得られない革新的な成果や新しい価値を生み出すこと。シュンペーターのイノベーション定義の一つ。
- SimuValid（シミュバリ）
- 「Simulation（シミュレーション）」と「Validation（バリデーション）」を組み合わせた造語。設計から解析・検証までをワンストップで支援するOKI-EMSグループのサービス。
- 銅コイン
- 基板内に実装し、部品からの熱を基板の表面と裏面の間で効率的に伝える伝熱部材。宇宙機器や高放熱プリント基板の代表例。
- 非定常熱解析
- 時間とともに変化する温度分布を解析する方法。宇宙機器や急速温度変動環境で活用される。
- 0402・0603部品
- 0402は縦0.4mm×横0.2mm、0603は縦0.6mm×横0.3mmサイズの表面実装型チップ部品規格を表す。電子機器の小型化・高密度実装用途で用いられる。
- IPC-A-610EクラスⅢ
- 北米IPC（Institute for Printed Circuits）が定めるプリント配線板組立品の国際的品質規格のひとつ。クラスⅢは「宇宙航空・医療機器など、特に高信頼性・高安全性が要求される最上位品質レベル」を示す。
- JAXA認定
- 宇宙航空研究開発機構による品質・安全性認定。宇宙向け基板、部品、装置などに付与される。
- (注1)SimuValidは、沖電気工業株式会社の日本における商標です。
- (注2)SimuValid Thermal、沖電気工業株式会社の日本における商標です。
- (注3)SimuValid Structure、沖電気工業株式会社の日本における商標です。
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