グローバル化の進展や技術革新、人口減少による人材不足といった複雑な社会課題を前に、企業や社会の持続的成長と新たな価値創出には、従来型の手法を超えた変革が求められている。OKIは、生成AIの高度な情報解析力と創造的アイデア生成能力に着目し、イノベーション推進の基盤技術として体系的な活用を推進してきた。さらに、IMS(Innovation Management System)の実践を通じ、質の高いアイデアの迅速な仮説検証と知識資産の有機的活用を目指し、アイデアや対話履歴を体系的に整理・活用できる生成AI活用イノベーション創出支援システム「ダ・ビンチ グラフ® (注1)」を開発した。本稿では、その概要と特長、IMS活動における貢献を論じる。
現代社会は、グローバル競争の激化、技術革新の進展、人口減少に起因する人材供給の逼迫など、多角的かつ複雑な課題に直面している。このような状況で、企業および社会が従来型の手法だけで持続的成長や新たな価値創出を実現することは、ますます困難となりつつある。こうした背景下、生成AIは単なる事業効率化や競争力強化に留まらず、膨大な情報資源を解析し、人間の発想を超える革新的なアイデアや解決策を迅速に提示できる技術であり、社会課題の解決、新産業の創出など、イノベーション創出の根幹を成す基盤技術として不可欠な存在である。
実証例として、2023年9月に、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)による共同研究が報告されている。当該研究では、生成AI(大規模言語モデル)を用いたコンサルタントチームは、非利用グループに対し作業完了速度が25%向上し、成果物品質でも40%の向上が認められた(参考文献1)。
現在OKIが取り組んでいるIMSの文脈においては、質の高いアイデアの迅速な仮説検証が競争優位確立の鍵である。生成AIは多様なフレームワークや分析手法および思考法を組み合わせることで、多元的な観点から質の高いアイデアを高速で生成することを可能とする。またテキスト・画像・動画・コーディングなどの情報生成能力を最大限に発揮することから、MVP(Minimum Viable Product)による機動的な仮説検証プロセスを強力に支援する。加えて、イノベーション創出過程で生じるさまざまな疑問への対応に際して、生成AIを対話型メンターとして位置づけることにより、場所や時間を問わず迅速に助言を得ることが可能となり、利用者の成長を促進する存在として機能する(図1)。最終的には、社内エキスパートによる高度なプロンプト設計およびAI活用の教育や継続的な機能開発を通して組織全体に対するイノベーション推進AI基盤の構築を目指している。

図1 イノベーション創出における生成AIの役割
OKIは、イノベーションの質と量、さらには推進速度の飛躍的向上を目指し、IMS活動で「ダ・ビンチ グラフ」を開発した。本システムは、社員によるイノベーション創出の支援に加え、アイデアをグラフ文書(詳細後述)として体系的に蓄積・可視化することで、社内知的資産の共有と活用を促進している(図2)。
ダ・ビンチ グラフは、複数のテーマに対してそれぞれ、3C分析、4P戦略立案、知財分析などの多様なフレームワークおよび思考法に応じたタスクに対応するシステムである。ユーザーとシステム間の対話内容を構造化し、各対話単位をノードとして要約・記録するとともに、因果関係や意味関係をラベルとして付与したエッジ(リンク)で有機的に接続し、グラフ文書として視覚的に蓄積する。これにより、思考の流れが直観的かつ体系的に把握でき、洞察の深化およびアイデア発想の展開が飛躍的に促進される。

図2 ダ・ビンチ グラフとは
本システムは、図3に示す4つの特長を備えている。

図3 ダ・ビンチ グラフの4つの特長
①IMSに基づくイノベーション活動支援
OKIは、ISO 56000シリーズ規格に基づくIMSガイドラインを遵守し、2025年7月、国内製造業では初のISO 56001認証を取得した。ダ・ビンチ グラフは、「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」など、IMSのコンセプト開発プロセスの主要フェーズで、活動効率化と質の向上を実現する。
②直感的インターフェースと多様な戦略分析タスク
本システムは、多様な戦略分析用タスク群を包括的に提供し、PEST・3C・SWOT分析からSTP・4P戦略立案しBMC作成に至るまで一連のプロセスを豊富なタスクでアジャイルに遂行可能とする(図4)。フレームワークの活用方法や意義でもティーチング機能を備え、ビジネス戦略学習の場としても機能する。加えて、アイデア創出、画像生成、知財情報を基盤とした分析など、生成AIの得意タスクを最大限活用できる。さらに、直感的でビジュアルなUIと、会話数などをニューロンが成長するように可視化する機能が、ユーザーのモチベーション向上を促進する要素となっている。

図4 ダ・ビンチ グラフのカテゴリーとタスク
③対話履歴を可視化するグラフ文書技術
本システムは、AIとの対話やメンバー間の対話をグラフ文書として保存し、個々の発話の関連性や構造を明示的に記録する。これにより、過去の対話履歴を参照しながら、効率的かつ高精度な新規対話を実現する。加えて、ハルシネーションの抑制にも寄与し、より質の高いコミュニケーションを実現する。
④蓄積されたOKIの知の活用
本システムは、従来OKIが蓄積してきた技術情報やイノベーションプロジェクト情報を、RAG(検索拡張生成:Retrieval Augmented Generation)手法を用いてグラフ文書化し統合管理することで、質の高い対話生成と有機的なナレッジ共有を可能とする。
本システムの中心となる技術がグラフ文書技術である。グラフ文書とは、図5のように単語や文をノードとし、ノードとノードの意味関係をエッジで表現したネットワーク状の文書である。グラフ文書のデータは、ノードとエッジのリストで構成される。

図5 グラフ文書の例とそのデータ構造
ノードが文章の最小単位の範囲を表し、エッジが文と文の意味的な関係および構造を明示的に表す。そのため、通常のテキストで記述された文書より、人にとって一目で理解しやすい。これは、人が通常のテキスト文書を読むときに、頭の中で文書の内容を再構成するイメージに近いためだと考えられる。
グラフ文書技術とは、グラフ文書を取り扱うさまざまな技術のことを指し、本システムでは、近年大幅に進化した大規模言語モデル(以降、LLM)と組み合わせることにより、対話内容をグラフ文書として自動生成するグラフ文書対話技術や、グラフ文書をRAGの対象とするグラフ文書RAG技術を主要な技術として使用している。
①グラフ文書対話技術
一般的にLLMを用いて対話する場合は、プロンプトと呼ばれる指示文とともに対話履歴をLLMに渡すことでシステム発話が生成される。グラフ文書対話技術では、システム発話を生成するだけでなく、その対話内容を要約した追加ノードと追加エッジも生成することにより、対話内容を構造化したグラフ文書を自動生成することができる。その生成されたグラフ文書は画面上に随時描画され、ユーザーは対話履歴だけでなく、グラフ文書の構造化された形で現在の対話内容を確認することができる(図6)。また、そのグラフ文書は画面上で自由に編集することができるため、ユーザーは自分のアイデアの追加や編集ができる。さらに、LLMと対話する際には、プロンプトと対話履歴に加えて、現在のグラフ文書の内容もLLMに渡すため、グラフ文書に書かれたユーザーの考えもLLMによるシステム発話生成に反映される。
本システムは、検討したいイノベーションアイデア1つ1つをテーマと呼んでおり、各テーマに対して、1つのグラフ文書が紐づいている。各テーマでいくつかのタスクを選ぶことでアイデアの深掘りや検討を進める。その際、タスク間でグラフ文書を共有しているため、他のタスクで行った対話内容が現在のタスクの対話に反映される。それにより、多元的な観点で深い対話ができる。

図6 対話画面(対話と随時更新されるグラフ文書)
②グラフ文書RAG技術
本システムでは、社内の技術情報やイノベーションプロジェクト情報など、大量の情報に基づいて対話することができる。その際に用いているのがグラフ文書RAG技術である。グラフ文書RAG技術では、RAGの対象をグラフ文書にすることで、通常のRAGで用いられるベクトル検索(意味に基づく検索)だけでなく、ベクトル検索で検索されたノードからエッジでリンクされたノードも検索結果に加えることにより、必要な情報を漏らさずLLMに渡せるため、LLMがもっともらしい嘘を生成してしまうというハルシネーション問題を低減できる。
本システムでは、イノベーションアイデアはグラフ文書として蓄積されていくため、将来的には、大量のイノベーションアイデアの内容をこのグラフ文書RAG技術により参照することができるようになる。たとえば、同じような課題に対する対処や、ある技術の別の活用方法など、過去に考えられていたアイデアから知見を得ることができるようになる。
本システムは、2023年の社内イノベーションコンテスト(Yume Proチャレンジ)で準大賞を受賞したことを契機に開発が始まった。開発初期では、UX重視の画面設計を起点とし、バックキャスト手法を活用してUIとサーバー側機能の並行開発を超高速アジャイル方式で推進した。その結果、約半年でα版をリリースし、開発スピードは社内でも高く評価された。初回リリース後は、社内AI活用イノベーションアイデアコンテストで試行を実施し、2025年5月から全社への試行展開を開始した。2025年8月時点で、1200名超が利用している。
利用者の評価は高く、AIによる会話誘導を通じて戦略立案やビジネスモデルキャンバス作成の要素整理を効率的に実施できたこと、新たな視点の獲得に寄与したことなどの声が挙がっている。
IMSへの展開では、アイデア創造やフレームワーク分析など従来のイノベーション活動への活用に加え、マネジメントを支援する領域への応用を見据えている。具体的には、「イノベーション創出における将来動向検討支援」「ビジネスモデルレビュー時の意思決定支援」「IMS内部監査の自動化支援」などのダ・ビンチ グラフへの新規タスク実装による機能拡充を検討中である。
さらに、ダ・ビンチ グラフとそのコア技術を適用した多様な活用・共創事例が始動している。主な事例を以下に示す。
①スタートアップ人材育成プログラムへの活用
地域活性化およびDX人材育成を目的とした自治体支援プログラムでは、新事業アイデア創出とビジネスモデル構築プロセスへのダ・ビンチ グラフ活用を試みた。2025年9月から11月にかけて受講者約30名が実際に活用し、新規ビジネス検討に対する有効性が確認された。
②マニュアル・手順書運用の効率化に向けた共創
航空機整備分野などに対するマニュアル・手順書は、複雑かつ分散した多数の資料の運用効率が課題であった。対策として、マニュアルなどをグラフ文書RAG化しダ・ビンチ グラフのUIを組み合わせることで運用性向上を実現する試みを開始した。現在、マニュアル製作企業や整備専門企業との共創プロジェクトが進行中である。
③官庁調達業務における文書内容の正規化への応用
高度・複雑な機器調達時、メーカーごとに異なる機能・性能記載基準の正規化はこれまで長期間の専門家による作業が不可欠であった。そこでAIによる作業効率化を目指し、参考文献のグラフ文書RAG化による正確性の保持とグラフ文書による作業プロセスの可視化も実現しながら業務効率化を図るシステムの構築を検討中である。
本システムはイノベーション創出という生成AIが最も特性を活かせる領域のAIアプリケーションとして開発を進めている。現時点では、会話とグラフの同一画面表示など特徴的な機能を備えているが、今後は以下のような機能向上を推進する予定である。
①マルチモーダル化
テキスト・音声・画像・動画の複合入力・出力機能のほか、パワーポイントやHTMLでのWeb画面生成機能の開発を推進する。
②RAG適用範囲の拡大
社内および企業グループ内の情報を横断的に統合・活用することが、生成AI運用の中核的課題である。ダ・ビンチ グラフは既に社内技術情報DB(OKIPEDIA)との連携を実現しており、今後は分野横断的なデータのグラフ文書RAG構造での統合管理と、より正確で効率的な情報活用AI基盤の確立を目指す。
③生成AI活用システムとしてのビジネス展開拡充
本システムは、ユーザーの目的を把握し、対話やシステム連携を通じて目的達成を支援する生成AI活用システムとして位置づけられる。知識の蓄積による暗黙知の形式知化、応答生成、業務遂行支援などの役割を果たしている。今後は、LLM技術の高度化と、各種機能向上の相乗効果により、AIエージェントとしての性能進化が見込まれる。ITベンダー各社が自社の得意分野向けAIエージェントを拡大している中、OKIはイノベーション創出領域を端緒とし、AIエージェントとしてのさらなるビジネス展開拡充を推進する方針である。
(参考文献1)BCGのコンサルタント、「GPT-4」利用で仕事効率が平均40%向上-ハーバード大の研究で明らかに(外部サイト)
(参考文献2)村田稔樹、前橋祐斗、山崎貴宏:人とAIを共に進化させ、イノベーションを加速するグラフ文書技術、OKIテクニカルレビュー第243号、vol91 No.1、p.80、2024年12月
三村典雅:Norimasa Mimura. イノベーション推進室
小川哲也:Tetsuya Ogawa. 沖コンサルティングソリューションズ
村田稔樹:Toshiki Murata. 技術本部技術企画部