技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

新技術および新商品紹介

尿管理業務自動化に向けた光学式尿中血液濃度測定技術の開発

現代日本では少子高齢化が進み、医療の需要が増加する一方で、医療従事者不足からなる業務負担の増加、医療の質の維持・向上の必要性が高まっている(参考文献1)。解決策の一環として、医療現場の効率化・品質維持を目指し、デジタル化やビッグデータ活用による医療DX(Digital Transformation)の推進が期待されており、とりわけアナログ作業が中心の領域での自動化は、遠隔管理やデータ利活用など新たな価値創出が期待されている。

このような社会的背景を踏まえ、本研究では尿管理業務に着目した。特に「尿中血液濃度測定(以下、血尿測定)」の自動化を目指し、臨床現場で使いやすい光学測定技術の開発を行った。

現状の尿量・血尿測定業務と課題

通常、重篤な手術後の患者は自力での排尿が困難であるケースが多く、この場合は尿道から膀胱までカテーテルを挿入し、このカテーテルを通じて尿が排出され、ウロバッグという専用の袋に流入・貯留される。

尿管理方法の詳細は病院によって異なるが、通常、図1のようにウロバッグに貯留した尿を、1時間ごとに目視観察・計測し、電子カルテなどに尿量と血尿の色を手入力で記録することが多い。


図1 尿管理業務の一般的ルーチン

また、血尿が伴う症例については、血尿スケールと呼ばれる図2のようなHt(ヘマトクリット:試料中の赤血球の割合)ごとの色見本を参照した目視による5段階評価が主流であり、異常が伴う場合は採尿の後、精密検査などを行う。ただ、これらの業務は、多忙な時間帯では記録ミスや作業遅延のリスクが高まるなど、効率面で課題がある。担当者の経験や主観に依存し、夜間の視認性の低下や評価のばらつきなども含め、ヒューマンエラーの原因となる。


図2 血尿スケールイメージ

尿量測定は自動化も進みつつあるが、血尿測定は依然として目視確認に依存している。

目標測定精度の設定

研究目標測定精度は、図2の血尿スケールの5段階評価をもとに、図3のように「±1段階以内」の誤差を目標精度の閾値とした。

たとえば、Ht0.175%~0.375%の場合、血尿スケール上のHt0.25%の領域に含まれると考える。この場合は下限を-1段階のHt0.1%の領域の下限Ht0%までを誤差許容範囲とし、上限は+1段階のHt0.5%の領域の上限Ht0.75%までを誤差許容範囲と設定した。


図3 目標精度範囲

これは、詳細検査や医師対応の必要性、並びに血尿の回復傾向確認などの初期スクリーニングに利用されるため、実用上十分と判断できるレベルである。

実験方法

血尿測定の原理は、ヘモグロビンの波長吸収スペクトル特性を用いる(参考文献2)。測定にあたり、低コスト・小型化の観点よりLEDとフォトダイオードを組み合わせた測定法を検討した。LEDはヘモグロビンの光学特性から、吸光されにくい赤色LED(635nm)と吸光されやすい緑色LED(530nm)の2波長を選択した。

血尿の透過光もしくは反射光を用いた測定には、ランベルトベールの法則により以下の関係式が成立する。

関係式1

ここで、関係式2は入射光強度、関係式3は透過光もしくは反射・散乱光強度で、εは吸光係数、Cは溶液の濃度(ヘモグロビン濃度)、lは試料長(一定)である。

(1)を関係式4を分子と、関係式5を分母して除算すると

関係式6

となり、(2)の両辺において対数を取ると

関係式7

ここで、関係式8は実験環境上出力調整にてコントロール可能なため、定数Aとみなす。

また、関係式9は波長(LED色)と経路長で決まり、これを係数Kとすると

関係式10

となり、実験環境がコントロールできており、LEDの明るさや試料長が一定な環境において、赤色LEDと緑色LEDの比を取れば、C:ヘモグロビン濃度との相関がある値が得られる。

実験にあたり、測定精度・再現性確保のため、図4に示す金属治具を用意した。治具側面には試料を入れたチューブを固定する溝を構成し、上面には2種類のLEDと受光用のフォトダイオードを挿入固定できる穴をあけてある。また底面にもLED挿入固定可能な穴を設けてある。

これらにより、試料長および素子配置を一定化した。


図4 測定用金属治具

試料は倫理・安全上の配慮よりブタ血液(3個体より採取)を生理食塩水で希釈したものを用い、血液の凝固を防ぐ目的で少量のヘパリンを添付した。この試料をウロバッグ付属のチューブ(外径9mm、厚み1.3mm)に気泡が入らないように投入し、前述の測定用金属治具を用いて短径を8mmに均一化するように設置した。

実験結果

まず、透過光にて各試料の測定を行い、縦軸に赤色LEDと緑色LEDの透過光量比、すなわち

関係式11

を取り、横軸に実際のヘモグロビン濃度をプロットしたものを図5に示す。なお、高濃度になるにつれ多重散乱などによりランベルトベールの法則において変化が鈍くなる現象が知られており、プロットデータに対する回帰式には指数関数を採用した。また、先に設定した目標精度範囲に対し、最もマージンの小さいプロットを丸で囲んだ。


図5 透過光による血尿測定結果

透過光測定では、全てのプロットデータが目標精度閾値内となったが、目標精度閾値に対し十分な余裕が得られなかった。試料数もN=3であり、試料数を増やすと閾値より外れる可能性が高い。

次に反射・散乱光による各試料の測定を行う。縦軸には透過と同様に赤色LEDと緑色LEDの反射・散乱光量比、すなわち

関係式12

を用い、横軸に実際のヘモグロビン濃度をプロットしたものを図6に示す。なお、反射散乱光測定は光が試料表面やごく浅い部分で反射・拡散して検出される場合が多く、測定透過光測定と比較して高濃度までリニアなデータが得られやすいことが知られており、回帰式にも一次関数を使用した。また、透過光と同様に目標精度範囲に対し、最もマージンの小さいプロットを朱記で囲んだ。


図6 反射・散乱光による血尿測定結果

反射・散乱光測定は、目標精度閾値とのマージンにおいて透過光より改善が見られた。

考察とハイブリッド式測定

先の実験により、反射・散乱光による測定は透過光測定と比較してマージンの改善が見られたが、さらに改善する方法について考察した。

血液濃度が低い場合、試料も澄んでいるため、光が透過しやすい。よって、比較的透過光測定の精度も確保しやすくなる。

血液濃度が高い場合は、試料の濁度も高く、光が透過しにくい。一方、それだけ光を反射・散乱する物質が多いということになり、比較的反射・散乱光測定が有利になることに着目した。


図7 血液濃度の濃淡に関する各測定法の優位性

このため、濃度条件で測定法を切り替えるハイブリッド方式を検討した。実験データからヘモグロビン濃度(Ht換算)1%を閾値とし、それ以下を透過光測定、それ超えた場合を反射・散乱光測定を実施した。従来どおり、縦軸はそれぞれ測定法別の光量比を採用し、横軸に実際のヘモグロビン濃度をプロットしたものを図8に示す。

なお、本実験では試料数が不足しているため、暫定的に今回得られたデータで回帰式の決定係数が最も高くなるポイントを閾値として設定した。実運用では実際のHtが不明であり、十分なデータサンプルから算出された回帰式を用いて閾値を設定することが望ましいため、試料の取得も含めた検証は今後の課題である。


図8 ハイブリッド測定による血尿測定結果

最後に、それぞれ「透過光測定」「反射・散乱光測定」と「ハイブリッド測定」の結果を比較し、最も精度よく測定できた方式を確認する。

「透過光測定」「反射・散乱光測定」のプロットのなかから、目標精度閾値に対するマージンが最も少ない点(図5図6における丸で囲んだ点)を抽出し、「ハイブリッド測定」の同じHt値におけるマージンと比較し表1にまとめた。

表1 各測定法とハイブリッド測定におけるマージン比較

表1のとおり、透過光測定とハイブリッド測定を比較した場合、Ht0.37%の時の目標精度閾値に対するマージンにおいて、15倍程のマージンが得られた。また、反射散乱光測定とハイブリッド測定を比較した場合にも、1.4倍程のマージンを得る事ができた。

今回の測定環境下では、「透過光測定」「反射・散乱光測定」といった単一の測定方式よりも、濃度に合わせて測定方式を変える「ハイブリッド測定」の方が優れていることが確認できた。

今後の展開

本研究環境の場合、「透過光測定のみ」や「反射・散乱光測定のみ」は、濃度に依存する精度の優劣がついてしまう課題を払拭できなかったが、今回の血液濃度に応じて測定方法を切り替える「ハイブリッド測定」を行う事で高精度化に寄与する可能性がある。

現在、尿中血液濃度をウロバッグ付属のチューブの上から非侵襲的に測定する機器において、透過光と反射・散乱光を濃度で切り替えるハイブリッド式を用いたものは存在せず、本領域において先駆的な研究になったと考える。

ただし、動物モデルでかつ試料数が少ないなど本研究の限界があり、さらに臨床応用に向けては各種チューブへの対応や気泡混入など非理想要因への対応や十分な追加検証が不可欠であるが、医療の安定供給に向け今後の展開においてさらなる研究開発が期待される。

参考文献

(参考文献1)「医療需要の将来推計」厚生労働省
(参考文献2)「THE ABSORPTION SPECTRA OF HEMOGLOBIN AND ITS DERIVATIVES IN THE VISIBLE AND NEAR INFRA-RED REGIONS」, B.L. Horecker
(参考文献3)「血尿診断ガイドライン2013」血尿診断ガイドライン編集委員会

筆者紹介

上田誉:Homare Ueda. 沖電線株式会社 技術本部 技術部

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