技術広報誌 OKIテクニカルレビュー

新技術および新商品紹介

ミリ波レーダーを用いた河川観測技術

近年、気候変動の影響による水害の多発・激甚化が深刻な社会課題となっている。地域社会や住民の安全を守るには、河川の状態をモニタリングし、災害を正確に予測することが不可欠である。

OKIは現場を遠隔から監視できるインフラモニタリングシステム「ゼロエナジーIoTシリーズ」を開発し、河川水位の遠隔観測をはじめとした災害対応業務を支援する防災DXの実現に取り組んできた(参考文献1)

本稿では、従来の河川水位の観測から一歩進めて、ミリ波レーダーを活用した「水位および流速」の面的計測技術を紹介する。

背景

地球規模で進行する気候変動の影響により、近年、集中豪雨や大型台風などの異常気象が頻発し、国内外で大規模な洪水や浸水などの水害が相次いで発生している。こうした災害は人的・物的な被害をもたらすだけでなく、社会インフラや経済活動の停滞・寸断、さらには地域コミュニティに長期にわたって影響を及ぼすため、対策強化が急務となっている。特に、河川管理では雨量や水位の変動を正確に予測・把握し、早期警戒や迅速な初動対応につなげる高度な防災体制の構築が求められている。

こうした社会的背景から、国土交通省による革新的河川技術プロジェクトで開発された、洪水時の観測に特化した水位計の普及が進み、OKIのゼロエナジーIoTシリーズ(写真1)の水位計をはじめ、各企業が開発した製品が中小河川を含む全国の河川現場に導入されてきた。これにより、水位データの収集の緻密化と情報提供の迅速化が可能となり、災害対応力や地域の安全性向上に大きく貢献している。


(左)超音波水位計付、(中央)水圧式水位計付、(右)高感度カメラ付
写真1 ゼロエナジーゲートウェイ(ゼロエナジーIoTシリーズ)

流速観測が求められる理由

河川の管理者は大河川を中心に、水位だけではなく、流速・流量も観測し、河川の管理に活用してきた。たとえば、本川と支川の合流点では、本川の流量が急増するため、この流量変動を適切に管理することで、堤防の安全性や氾濫リスクを高精度に評価できる。また、水位が上昇している場合でも、流速が低ければその後大きな増水に至るリスクは小さい。一方、流速が高いまま推移した場合は、今後さらに増水や氾濫が発生する危険性が高まる。このように、流速・流量データは、河川全体の動的な変化を予測し、状況に応じて適切な治水対策や緊急対応策を講じる際の根拠となる。

このため河川の管理者は定期的に、若しくは洪水時などに流量観測業務を発注し、主に浮子法による流速・流量データを収集している。浮子法は浮子(浮き)を河川に浮かべ、所定距離を流下する時間を計測することにより流速を算出する方法である。一方、浮子法のような人力での観測は、技能者の減少や高齢化に伴う人員不足のほか、洪水の激甚化によって人が観測すること自体の危険性が増しているなどの理由により、受注できる観測業者が見つからない状態が各地で頻発している。こうした背景から、河川観測の高度化の一環として、流量観測の無人化や省人化への期待が高まっている。

従来技術の課題

従来、河川の流速を非接触に計測するにはミリ波レーダーを用いる電波式流速計とカメラ画像を用いる画像式流速計が利用されてきた。電波式流速計ではドップラー方式が利用される。これは、機器が発射した電波が水面の波に衝突して反射し、そのドップラーシフトによる周波数変化量から流速を求めるものである。本方式は一般に、計測箇所の位置を分離識別できないため、水面上の複数箇所からの反射を同時に検出した場合には、それらを区別できず計測誤差の要因となる。これを低減するため、アンテナの指向性を高めて、水面の限定的な一点を対象に計測する。従って、本方式の流速計は、水面の局所的な速度変化や異常のリアルタイム計測で有用であるが、原則として一点観測となるため河川の流れ全体を正確に把握するには限界がある。

特に大河川の場合、横断面にわたって流速の空間分布が大きく変化する。通常は流速計を河川断面上の複数の箇所に設置することで河川全体を観測することが可能となるものの、機器の導入コストや設置スペース、メンテナンス性の観点から高密度で設置することは現実的に難しい。従って、従来の一点観測による流速計では、大河川での設置間隔が数十メートルとなることもあり、全体的な流況や一時的な流れの変化、澪筋(流れの主流部)の位置移動などの実態を把握することが困難となる場合がある。

一方、画像式流速計では、河川の広範囲を同時に観測可能であるが、画像解析の処理時間によりリアルタイム計測に課題がある。

技術コンセプト

河川の広範囲を同時に観測し、リアルタイムの流量計測を可能にするという従来技術では困難な目標を達成するために、OKIは交通分野での活用が進むFMCW方式のレーダー技術に着目した。FMCWレーダーは、広範囲に電波を照射し、複数の物体からの反射波を受信・解析することにより、各物体の位置および速度情報を同時に高精度で取得可能である。従来、本技術は車両や歩行者の検知・分類・移動追跡を主な目的として利用されてきた。たとえば、交差点に路側センサーとして設置することで、交差点へ侵入する車両に対し、その死角にいる歩行者の存在を報知し、交通の円滑化を支援するなどの活用が期待される(図1)


図1 交通分野での活用イメージ

この技術を河川観測に活用するため、河川に向けて広範囲に電波を照射し、車両・歩行者などの代わりに水面上に多数存在する波の位置および速度を検出する(図2)

検出した波紋の位置情報を用いて水位を推定し、速度情報を用いて流速を推定できる。さらに、本方式は、信号処理手法やアンテナなどのハードウェア構成を最適化することで、高い空間分解能で物標位置および速度を検出できるため、河川の流況を詳細な分布として観測できる効果が期待される。


(左)路側センサー          (右)流速センサー
図2 技術コンセプトのイメージ

原理

FMCWレーダーは、周波数変調を施した連続波を用いるセンシング技術である。送信信号として用いる「チャープ」は、時間軸に対して周波数が線形に増加する特性をもつ(図3)


図3 チャープ信号とフレーム構成

FMCWレーダーの構成要素は、VCO(電圧制御発振器)、送信アンテナ、受信アンテナ、PA(パワーアンプ)、LNA(低雑音増幅器)、ミキサー、LPF(ローパスフィルター)、ADC(A/Dコンバーター)そしてデジタル信号処理部などを基本とする(図4)


図4 FMCWレーダーの基本構成

VCOへの入力電圧を適切に制御することで、チャープ波形を生成し、送信アンテナから電波として放射する。放射された電波はターゲット(ここでは水面上の波など)に到達して反射し、その反射波が受信アンテナで取り込まれる。反射波の到達には、ターゲットまでの往復伝搬時間が必要となるため、その間にも送信信号の周波数は変化し続けている。従って、反射波と送信波の間には、距離に比例した周波数差が生じる。ミキサーにより送信信号と受信信号が掛け合わされ、二つの周波数の和の周波数成分および差の周波数成分の信号が得られる。LPFで差の周波数成分だけを抽出し、IF(中間周波数)信号を得る(図5)。このIF信号の周波数は、ターゲットまでの距離に比例し、FFT(高速フーリエ変換)などで解析することにより、ターゲットの存在する距離を正確に算出できる。これを距離FFTと呼ぶ。たとえば複数のターゲットが異なる距離に存在する場合、それぞれのターゲットからの反射による周波数成分が現れ、各ピークを解析することで、複数ターゲットを同時に識別できる。


図5 IF信号の生成

ターゲットの速度計測は、等間隔で連続的に送信した複数チャープからなるフレーム単位でのデータ解析により実現される。移動する物標からの反射波は、チャープごとにわずかに異なる位相を持つ。これを時系列で並べ、二次元目のFFT(ドップラーFFT)を実行すれば、物標の移動速度に応じて生じる位相変化量が周波数成分(ドップラー周波数)として現れる(図6)。移動速度が速いほど、チャープ間の位相変化が大きくなり、高いドップラー周波数成分として抽出される。この処理によって、等距離に複数のターゲットが存在していても、異なる速度を持っていればそれぞれ個別に分離・識別できる。


図6 ドップラーFFTを用いた位相解析

加えて、角度情報の取得にはフェーズドアレイアンテナ技術が利用される。受信アンテナを一次元直線、若しくは二次元面状に複数配置することで、ターゲットの方向に応じた位相差がアンテナ群で取得できる。各受信アンテナで前述のFFT処理を施した後、受信アンテナの並びに沿って三次元目のFFT(角度FFT)を行えば、ターゲットの方向ごとのピークが現れ、角度を推定できる。アンテナ数が多いほど角度分解能は高まる。さらに、MIMO技術を用いることで、送信・受信アンテナの組合せパターンから仮想的なアンテナ数を増やして、より高精度な角度検出が可能となる。

このような信号処理により、FMCWレーダーはターゲットごとに距離・速度・角度を同時かつ高分解能で取得でき、距離と角度から対象の空間座標を極座標系で特定できる(図7)


図7 FMCWレーダーを用いた観測イメージ

これを河川水面に適用すれば、水面上の多数の波や流れの個々の位置・速度を詳細にマッピングできる。さらに、レーダー設置高や川底地形データと組み合わせて、水位推定や流速分布解析・流量計算が可能となる。

導入効果

FMCW方式をはじめとした面的な観測を可能とするレーダー技術を導入できれば、河川観測の現場には大きな変革がもたらされると予想できる。まず、従来のドップラー式電波流速計などでは点的にしか観測できなかった流速や水位を、面的かつ広範囲に高分解能で計測できるため、河川全体の流況を網羅的に把握することが可能となる。これにより、澪筋の位置変動や、降雨や増水による流速分布の急激な変化など、従来技術では検出が難しかった複雑な流況変化もリアルタイムかつ詳細に追跡できるようになる。

また、面的かつマルチポイントの観測によるデータは、河川管理や防災対応に対する予測の高精度化にも寄与することが期待できる。水面上の広範囲かつ時系列の流速分布情報を把握することで、増水時や氾濫リスクのきめ細かな予兆検知、堤防や護岸の設計・運用の最適化が実現できる。

加えて、ミリ波レーダーの持つ高い環境耐性も大きな強みである。画像式と比較して夜間や濃霧などの視界不良時でも安定して計測できるほか、適切にクラッタ除去などの対策を講じれば、大雨などの悪天候にも対応できる。

こうした利点によって、季節や天候に左右されず安定的かつ継続的な河川監視が可能となり、今後の高度な河川管理や災害リスク低減に向けた取組みの中で重要な役割を担うことが期待される。

まとめと今後の展望

OKIの「ゼロエナジーIoTシリーズ」による防災DXの発展形として、FMCWレーダー技術を用いた河川の水位・流速分布観測の新たなアプローチを紹介した。従来の点的な計測に比べて、面的かつ高分解能で河川全体の流況をリアルタイムに把握できる本技術は、氾濫リスクや流量変動の早期検知、高度な治水・防災体制の構築に大きく寄与する可能性を示した。また、非接触かつ無人での運用が可能であるため、作業員の安全確保、技能者の不足や高齢化といった社会課題への対応手段として期待される。

社会の安全・安心を支えるインフラの実現に貢献していくために、OKIでは、本技術の早期実用化を目指し、センシングおよび情報を融合した技術と製品の開発に取り組む。

参考文献

(参考文献1)橋爪洋:防災DXを実現する「ゼロエナジーIoTシリーズ」~電源・配線不要、インフラや災害の現場を遠隔でモニタリング~、OKIテクニカルレビュー第242号、Vol.90、No.2、pp.20-23、2024年2月

筆者紹介

佐野弘樹:Hiroki Sano. 技術本部 先行開発センター センシング先行開発部
藤田雅則:Masanori Fujita. 技術本部 先行開発センター センシング先行開発部

用語解説

FMCW
周波数が時間とともに変化するチャープ信号を利用することで、簡単な回路構成ながらターゲットの距離と速度を同時計測できる技術。自動運転など交通分野での活用が進む。
MIMO
送信と受信で複数のアンテナを利用する技術。通信の分野では通信速度や容量を向上させるために利用されるが、レーダーの分野ではアンテナ配置を適切に構成することで、疑似的にアンテナの本数を増やす仮想アンテナの構築ができる。
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