中期経営計画2025の最終年度を迎え、OKIは「社会課題の解決と未来社会を支える」という存在意義をより具体的な事業成果として結実させつつある。経営スローガンである「成長への舵切り 1st Stage」においては、現場課題の深い理解とお客様との共創を起点に、ものづくりの強みとデジタル・サービスを融合し、レジリエンス、サステナビリティ、セキュリティなど、社会要請に応えるソリューションを磨き上げてきた。ゼロエナジーIoTによるインフラ遠隔監視、製造・物流現場の自律化、鉄道の安全支援、グローバルでの現地実装、先端技術の実装や半導体技術のブレークスルーなど、領域横断の成果は「お客様とともに築いた」具体的な価値として市場に現れ始めている。本総合報告では、時宜にかなう特定事業として「社会インフラ・レジリエンス×ゼロエナジー&デジタル」を中核に据え、その市場動向、OKIの目指す姿、技術的な強みと今後の開発・展開を総合的に論じるとともに、関連領域での進展を通じて成長基盤の全体像を提示するものである。
社会インフラの老朽化、気候変動による水災害・土砂災害の激甚化、労働力人口の減少と技能伝承の課題、地政学リスクとサプライチェーンの再編、そしてサイバー・フィジカル両面のセキュリティ脅威の増大が、公共から産業、生活のあらゆる場に影響を与えている。インフラ分野では、遠隔・常時監視と予兆保全の仕組みがレジリエンス確保の要件となり、電源アクセスや保守性の制約が厳しい現場では超低消費電力・自立電源技術の重要性が増している。鉄道分野では安全・安心の高度化が求められている。駅ホームの転落検知や踏切・線路周辺の監視など、人と設備を守るシステムの需要が高まっている。河川・ダムなど水関連では面的・連続的な観測の高度化が強く求められている。
製造・物流分野では、需給変動に対応する柔軟性と自律化の同時実現がテーマであり、AMR(自律搬送ロボット)やビジョンAIの導入が加速する一方で、現場はマルチベンダー混在設置環境への対応やTCO最適化という課題に直面している。情報通信では放送のIP化が本格化し、品質・レイテンシ・セキュリティ要件を満たす製品・システムが求められる。オフィス機器・プリンターにおいては環境・セキュリティ規制の強化に伴い、省エネ・長寿命化と製品セキュリティの両立が不可欠である。
半導体・エレクトロニクスでは、AI需要の爆発に伴いHBMをはじめとする広帯域メモリーの検査難度が急上昇し、高多層・大判・高精細のプリント配線板技術が検査装置分野で鍵を握る。同時に、異種材料の三次元集積(先端パッケージング)による性能・小型化・放熱の統合課題が深まっており、異分野共創型のソリューションが期待されている。宇宙機器では高信頼かつ迅速な熱設計・検証の需要が増している。これらの潮流は、OKIが長年培ってきた社会インフラ領域の現場知見と高度なものづくり力、さらにはサービス化・グローバル共創への舵切りによって、持続的成長と社会価値創出の新たな機会へとつながっている。
OKIが目指すのは、電源制約の厳しい屋外・辺境を含む現場にセンサーと通信を広く行き渡らせ、ゼロエナジー技術で自律稼働させ、AI×データアナリシス技術で価値化することで、社会インフラを「賢く、強く」変えることである。具体的には、ゼロエナジーIoTシリーズを核にしたインフラモニタリング、鉄道の安全支援、水文観測、災害リスク可視化といった領域を重点として、現地の設置・運用条件に適合する形でソリューションを設計・実装する。設計思想は、現場起点・顧客共創・プラットフォーム化に置いている。製造面では、内製ASICを用いた共通プラットフォームや共通基板、省電力化技術をベースに、永きにわたりお客様の信頼に応えてきたものづくりで差別化を図る。事業面では、サービス比率の拡大とサービスプラットフォームを通じた継続価値提供を推進する。グローバルでは、現地SI・販売パートナーと連携した実装・事業化を加速させ、APACの展開モデルを確立する。こうした取組みについて営業部門をはじめとする社内横断の「One Team」で推進し、全員が「お客様とともに築いた成果」を自分ごと化することが、OKIの競争力の源泉である。
以下、社会インフラ分野での実装を牽引する中核ソリューションの現在地と次の一手を述べる。
ゼロエナジーIoTシリーズは、太陽光発電などのエナジーハーベストによって電池交換・充電不要で長期稼働を実現するインフラモニタリングの基盤である。ゼロエナジーゲートウェイは、過酷環境下での安定動作と設置・保守の容易性を評価され、防災・インフラ監視用途での適用が進む。一方で、発電・蓄電容量を増大し高頻度データ取得を可能にすること、低照度環境での稼働安定性向上という課題に対し、電源基板の改良試作を行い、低照度条件での発電効率改善と高照度時の受電最適化の両立を図っている。これにより、データ取得の分解能・確度が上がり、予兆検知やリスク評価の精度向上に資する見通しである。
2022年にリリースしたゼロエナジー高感度カメラの次世代機では、難照明環境下での撮影成功確率の向上を重点テーマとしている。低照度下のS/N最適化、動体・薄暮・逆光条件への適応、消費電力最適化と耐環境性の強化を並行して進め、画像と他センサーからのデータ融合によるイベント検知の信頼度を高める。これにより、鉄道沿線・河川・道路など電源・通信制約下での新たな監視ユースケースが創出される。
お客様との共創で開発した駅ホーム転落検知システム(参考文献3)は、LiDARセンシングを用いてホーム縁端の危険状態を検知し、実駅での運用を開始している。人流の季節変動・時間帯変動や混雑環境でも安定検知するアルゴリズム設計、保守運用の簡便性が評価のポイントである。河川観測(参考文献4)では、ミリ波レーダによる面的な流速観測技術を開発し、無人・省人の連続観測を実現する技術的基盤を整備している。波形処理・ドップラー解析・外乱耐性の工夫により、現場で求められる信頼性の確保とデータの価値化(洪水予測モデルへの入力、河道変化の検出など)を見据えた設計としている。
トルコ・インドネシアにおける実証実験では、鉄道分野でゼロエナジーIoTシリーズを用いた現地設置・運用下での実用性と、インフラ管理者による評価・受容性を確認した。現地の通信事情、設置環境、保守体制に合わせた設計・導入手順の標準化を進め、今後のグローバル展開におけるテンプレート化とパートナー連携の枠組みを整備している。トルコ国鉄との共創は、衛星画像解析技術との組合せによる災害リスク評価の高度化にも波及し、補助事業採択を含む公的支援との連携によって社会実装の速度を高めている。
OKIグループの工場は、多様な業種・規模に対応するため、マルチベンダーAMR制御システムRAT(参考文献7)を開発・適用し、工場毎の独自開発投資と時間の削減によるOne Factoryの実現を進めている。RATは複数ベンダーのAMRを統合制御し、現場の導線・混在環境・安全要件に合わせた柔軟な運行を可能にするプラットフォームである。導入・拡張・保守の全ライフサイクルを見据え、モデルベースでフローを定義・最適化できる点が特長である。今後は国内外パートナーとの連携強化とともにRATの外販・グローバル展開を検討する。
これらの取組みにより、社内現場で磨いたソリューションを迅速に市場へ転用する「自分ごと」の連鎖が生まれ、お客様の現場課題解決へ加速している。
内製ASICを活用した共通プラットフォーム(CG1)(参考文献8)は、製品群の共通化・省電力化・開発生産の合理化を通じて、短期開発とライフサイクルコスト低減、信頼性向上を同時に実現する取組みである。電源・熱設計の標準化は、ゼロエナジー機器の効率向上、屋外機器の耐環境性強化にも寄与する。次世代AI半導体向け検査装置に対応する124層の高多層・高精細・大型プリント配線板技術(参考文献9)の開発に成功し、従来比約15%の多層化を実現した。微細配線・低ビア抵抗・寸法安定・熱拡散といった相反課題の両立は、AI時代の検査装置性能を支える重要なブレークスルーである。
先端実装では、CFB® (注1)(異種材料接合/集積)ソリューション(参考文献10)を通じ、パワー半導体、アナログIC、フォトニクスの各分野で共創を進めている。各社との共創事例は、材料・デバイス・プロセス・設計の垂直統合的最適化により、新たな半導体の進化に貢献するものである。宇宙機器分野では、熱特性の解析・実機検証から放熱技術提案、異常時の部品レベル原因解析まで一気通貫で提供する「SimuValid™ (注2)、(参考文献11)」により、高信頼開発をワンストップで支援している。既存システムの延命・刷新に向けた「マイグレーション統合サービス」(参考文献12)では、設計資産が乏しい老朽システムでも当社独自プロセスで機能・性能同などのリビルドを実現可能とした。CATVのIP放送システム(参考文献13)では、新規格対応の放送サーバーと放送品質省令対応の監視システムにより、IP化の品質・運用要件に応える製品群を整備している。オフィスプリンターでは、強化される環境・セキュリティ規制に前広に対応した新A4モノクロLEDプリンターB433/B533(参考文献14)を開発し、省エネ・長寿命化に加え、小型化・ユーザーメンテ性向上といった顧客価値を両立した。
生成AIアプリ「ダ・ビンチ グラフ® (注3)、(参考文献15)」は、3C/4P、知財分析などフレームワークに基づく思考・対話を構造化し、因果・意味関係をグラフで可視化することで、社内外のイノベーション創出を加速させる。営業・開発・製造・サービスの各機能が共通の知識グラフを介して洞察を共有し、課題定義から仮説検証、価値提案までの速度と精度を高めることができる。Global Innovation Hub(参考文献16)を文字通り、各機能のハブに、現地SI・販売パートナーと連携したグローバル展開も具体化しつつあり、現地要件・規制・運用の知見を迅速に取り込む体制が整ってきた。
社会課題は現場ごとに固有であり、その解は顧客と向き合う共創から生まれる。お客様と共創した駅ホーム転落検知は、都市鉄道の安全性に寄与する実運用事例であり、今後の横展開の礎となる。トルコ国鉄との社会インフラ防災プラットフォーム実証は、衛星画像解析とゼロエナジーIoTの複合により、災害リスクの可視化・予兆に挑む取組みである。インフラ管理者からの受容性を高めるには、精度だけでなく、設置・運用・保守の容易性、費用対効果、データの業務統合といった実装の作法が決定的に重要であることを再確認した。半導体・先端実装では、材料・デバイス企業、学術機関とのコラボレーションにより、次世代のパワー半導体、アナログ、フォトニクスの課題に応え、検査装置分野の高多層PCB技術はAI時代の品質確保に直結する競争力をもたらした。製造DXでは、RATによるマルチベンダー統合と階層的行動認識(参考文献17)の組み合わせが、現場の自律化と人中心の安全・品質向上の両立に資する手応えを得ている。これらは営業・開発・製造・サービスが一体となった「一気通貫」の実践であり、営業部門を含む社内関係者全員が「自分ごと」として成果創出に貢献した証左である。
データガバナンス・サイバーセキュリティ・安全規格といった「非機能要件」の先取りと、現地実装での運用設計(ヒューマンファクタ、保全設計、ライフサイクル費用)を第一級の設計要件として織り込む。標準化・リファレンスアーキテクチャーへの寄与を通じて、レジリエンス・防災の国際的エコシステム形成に積極的に関与する。
社会課題は単独の製品や技術では解けない。OKIは「お客様とともに築いた成果」を次の現場へ、次の国・地域へとつなぎ、未来社会を支えるレジリエンス、低環境負荷、安心・安全の実装を粘り強く進める。OKIの強みは、社会インフラの現場に深く根差した課題理解と、確かなものづくり、そしてお客様とともに価値を創る姿勢にある。中期経営計画2025の3年間を通じ、「成長への舵切り 1st Stage」で築いたのは、「ゼロエナジー×つながる×AI」を核に、インフラ、製造、半導体、通信、オフィス、宇宙・医療にまたがる横断的な提案力と実装力、およびお客様との共創によって培った実績である。営業・開発・製造・サービスの全員が自らの現場から価値創出に関与する「自分ごと」の文化は、お客様とともに成果を築く推進力である。次のステージに向け、OKIは社会課題の解決と未来社会を支えるパートナーとして、現場起点の共創をさらに広げ、技術・サービス・グローバル実装の三位一体で、より安全に、より持続可能に、より豊かな社会の実現に貢献していく覚悟である。
(参考文献1)上村和久、島田友憲、久保祐樹:ゼロエナジーIoTシリーズにおけるエナジーハーベスト電源の大容量化と高効率化、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.8-11、2025年12月
(参考文献2)古川貴仁、久保祐樹:ゼロエナジー高感度カメラを活用したインフラ監視の高度化 ~実証実験事例の報告と次世代機における機能進化の展望~、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.12-15、2025年12月
(参考文献3)平本美智代、内田真広:曲線ホームの安全を支援する3D LiDARを用いた転落検知システムの技術開発、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.16-19、2025年12月
(参考文献4)佐野弘樹、藤田雅則:ミリ波レーダを用いた河川観測技術、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.20-23、2025年12月
(参考文献5)福島浩之、吉原和英、牛窪裕一、井上敦夫:お客様とともに築いたイノベーション戦略、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.66-67、2025年12月
(参考文献6)橋爪洋、丸田雄介、佐藤基博:インフラモニタリングシステムのグローバル展開に向けた実証実験 ~ゼロエナジーIoTシリーズを用いた鉄道分野での現地実装~、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.26-29、2025年12月
(参考文献7)山田圭祐、中島裕司、宮井敦司、倉林涼:マルチベンダーAMR制御システム、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.30-33、2025年12月
(参考文献8)金井拓也:エッジデバイスの共通化・小型化・省電力化技術、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.34-37、2025年12月
(参考文献9)中條颯太、新保靖行:次世代AI半導体の検査装置用124層PCB技術開発、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.38-41、2025年12月
(参考文献10)古田裕典、鈴木貴人、谷川兼一、中井佑亮、松尾元一郎:CFBソリューションによる技術革新の共創~オープン・イノベーション事例~、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.42-45、2025年12月
(参考文献11)村上龍也、西田祐太、工藤真宏、中村隆治、森本さくら:宇宙機器熱特性検証サービス「SimuValid™」、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.46-49、2025年12月
(参考文献12)池田祐一、殿岡直哉:CPU置換ソフトウェア開発におけるマイグレーション統合サービス、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.50-53、2025年12月
(参考文献13)上田剛弘、渡邉和浩、稲生智久、平岡冠二、任哲弘:ケーブルテレビ向けIP放送システム、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.54-57、2025年12月
(参考文献14)石原睦、佐藤敏治:各種環境・セキュリティ規制に対応。省エネ・長寿命化で環境にも優しい新A4 LEDモノクロプリンターB433/B513の開発、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.58-61、2025年12月
(参考文献15)三村典雅、小川哲也、村田稔樹:生成AI活用イノベーション創出支援システム「ダ・ビンチ グラフ」、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.62-65、2025年12月
(参考文献16)河村慎太郎、林淳:お客様と共に築いたグローバル戦略、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91
(参考文献17)ファンチョンフィ:製造現場に向けた階層的な詳細行動認識、OKIテクニカルレビュー第244号、Vol.91 No.1、pp.68-71、2025年12月
中山泰輔:Taisuke Nakayama. 技術本部 技術企画部
寺村浩二:Koji Teramura. 技術本部 技術企画部