【廣島総監督のメッセージ】
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2002年11月28日
沖電気陸上競技部監督就任について
沖電気陸上競技部総監督就任について
私、沖電気陸上競技部監督廣島日出国は、2002年12月11日付けで総監督に就任することになりました。
1988年(昭和63年)3月旭化成陸上部監督を退任して、発足2年目であった沖電気の陸上部監督に就任。チーム名の登録も、私の提案で宮崎県内だけのチームではなく、沖電気工業株式会社という全国的な会社が宮崎に陸上部を設置したという意味を含めて「沖電気宮崎」と致しました。以来14年間男子の全国レベルの旭化成チームに対して、全国レベルの女子チームの育成に私なりに全力を傾注して参りました。その結果岡本幸子選手や川上優子選手が私の目標とした全国レベルの選手に大きく成長してくれました。そして遂に1996年(平成8年)全日本実業団女子駅伝で念願の全国制覇を果たすことが出来ました。また、川上優子選手がアトランタ、シドニーの両オリンピックに連続出場を果たしてくれました。
2001年(平成13年)6月には、旭化成陸上部から世界陸上選手権日本人男子マラソンランナー唯一の金メダリスト谷口浩美ヘッドコーチを助監督として迎え、共に力を合わせてなお一層のチーム力の向上に努めて参りましたが、このところ川上優子選手の退部をはじめ岡本幸子選手の故障等でチーム力は必ずしもベストとはいえない現状であります。
谷口助監督との監督交代時期については、チーム力の上昇時期にと考えておりましたが、チーム力を今以上に底上げ強化するには中長期的な緻密な計画が必要であるとの判断をするに至りました。現状でバトンタッチするのは本意ではありませんが、チーム力の上昇を待っていたのでは交代時期を逸すると考え、65歳の誕生日を迎えた今を節目として監督交代を決意したのであります。
今後私は、「総監督」として谷口新監督が指導力を発揮しやすい環境作りに努め、現場の直接的な指揮は谷口監督に任せて必要に応じて助言等をしていきたいと考えております。また、日本陸上競技連盟や九州陸上競技協会役員は引き続きお引き受けして日本陸上界の発展のため微力を尽くして参る所存でありますので、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
以 上
【廣島総監督のプロフィール】
- 1937年11月18日(昭和12年)生まれ
- 身長 160cm、体重 60s
- 宮崎県東臼杵郡北郷村出身
- 経歴
| • 1959年 1月 |
旭化成工業株式会社入社 |
| • 1959年 1月〜1971年 3月 |
〃 陸上部選手 |
| • 1971年 4月〜1977年 3月 |
〃 陸上部コーチ |
| • 1977年 4月〜1988年 2月 |
〃 陸上部監督 |
| • 1988年 3月〜2002年12月 |
沖電気宮崎陸上部 監督 |
| • 2002年12月11日 |
沖電気陸上競技部 総監督就任 |
- 主な役職
• 日本陸上競技連盟理事
• 九州陸上競技協会競技部長
• 九州実業団陸上競技連盟強化委員
- 主な指導実績
| 1978年〜1983年 |
全日本実業団・朝日駅伝・中国駅伝 |
6年連続優勝 |
| 1981年〜1987年 |
九州一周駅伝 |
7連勝 |
| 1996年〜1997年 |
全日本実業団女子駅伝 |
2年連続優勝 |
| 1999年 |
全日本実業団女子駅伝 |
優勝 |
| 1996年、2000年 |
川上優子選手 |
オリンピック連続出場 |
- 主な育成選手
| 旭化成 |
宗 茂 宗 猛 児玉 泰介 谷口 浩美 西 政幸 宮原 美佐子 |
| 沖電気 |
岡本 幸子 川上 優子 増田 裕美 |
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