【谷口新監督のメッセージ】
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2002年11月28日
沖電気陸上競技部監督就任について
私、沖電気陸上競技部助監督谷口浩美は、2002年12月11日付けで監督に就任することになりました。
2001年(平成13年)6月、それまで17年間お世話になった旭化成陸上部から私の希望した沖電気陸上競技部の助監督に就任して1年余を経過いたしました。廣島監督は旭化成入社にあたってもお世話になり、指導者としても大変尊敬している監督であります。その監督の指揮のもと、伝統ある沖電気陸上競技部で世界に羽ばたく女子部員の育成に努めて参りましたが、若手選手の成長という喜びもあった反面、苦難の1年でもありました。
ご案内のとおり助監督就任当時、世界陸上選手権女子マラソン代表に選ばれて最終調整に入っておりました岡本幸子選手が故障のため欠場、12月の全日本実業団女子駅伝も不本意な成績でありました。本年9月には、川上優子選手が現役引退し極めて厳しいチームの現状となっており、助監督として監督を十分補佐できなかった責任を痛感しております。
このような時期に監督交代のお話があり、私としてはもう少し助監督として修行を積ませて頂きたいとの希望もありましたが、広島監督も引退されるのではなく、今後は「総監督」にご就任され、私にご助言ご指導頂ける新しい体制になりましたので安心してお引き受けさせて頂くことと致しました。全日本実業団女子駅伝3回優勝、オリンピック2回連続出場という輝かしい実績と伝統ある沖電気陸上競技部の監督をお引き受けした以上、中長期的に先をじっくり見据えたチーム作りに努め、強い沖電気陸上競技部に向け大いなる飛躍を図るため懸命の努力をして参りますので、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
以 上
【谷口新監督のプロフィール】
- 1960年04月05日(昭和35年)生まれ
- 身長 171cm、体重 57s
- 宮崎県南那珂郡南郷町出身
- 日本体育大学卒(小林高校)
- 経歴
| • 1983年 4月 |
旭化成工業株式会社入社 旭化成陸上競技部所属 |
| • 1983年 4月〜1993年 3月 |
〃 選手 |
| • 1993年 4月〜1997年 3月 |
〃 選手兼任コーチ |
| • 1997年 4月〜1998年 3月 |
〃 コーチ |
| • 1997年10月〜1998年 7月 |
〃 アメリカコーチ留学 |
| • 1999年 4月〜2001年 3月 |
〃 ヘッドコーチ |
| • 2001年 6月16日 |
沖電気宮崎陸上競技部 助監督就任 |
| • 2002年12月11日 |
沖電気陸上競技部 監督就任 |
- ベスト記録
5000m 13分49秒17
10000m 28分34秒18
マラソン 2時間7分40秒
- 主なマラソン成績
| 1985年 2月 2日 |
別府大分毎日マラソン |
優勝 |
2時間13分16秒 |
| 1985年12月 1日 |
福岡国際マラソン |
2位 |
2時間10分01秒 |
| 1986年10月 5日 |
アジア大会(ソウル) |
2位 |
2時間10分08秒 |
| 1987年 2月 8日 |
東京国際マラソン |
優勝 |
2時間10分06秒 |
| 1987年 5月10日 |
ロンドンマラソン |
優勝 |
2時間09分50秒 |
| 1988年10月16日 |
北京国際マラソン |
2位 |
2時間07分40秒 |
自己最高 |
| 1989年 3月18日 |
|
優勝 |
2時間09分34秒 |
| 1989年 8月27日 |
北海道マラソン |
優勝 |
2時間13分16秒 |
大会新 |
| 1990年 4月22日 |
ロッテルダムマラソン |
優勝 |
2時間10分56秒 |
| 1992年 8月 9日 |
バルセロナオリンピック |
8位 |
2時間14分42秒 |
| 1993年 4月19日 |
ボストンマラソン |
4位 |
2時間11分02秒 |
| 1995年 3月19日 |
琵琶湖毎日マラソン |
4位 |
2時間11分51秒 |
| 1996年 8月 4日 |
アトランタオリンピック |
19位 |
2時間17分26秒 |
| 1997年 2月 9日 |
東京国際マラソン |
4位 |
2時間11分26秒 |
| 1998年 6月21日 |
ロックンロールマラソン (米国サンディエゴ) |
8位 |
2時間17分12秒 |
| 1999年 8月29日 |
北海道マラソン |
10位 |
2時間20分13秒 |
| 2000年 3月19日 |
東亜国際マラソン |
12位 |
2時間18分28秒 |
|